語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】ネット社会における人間関係

2010年05月15日 | 批評・思想
 この論文が発表されたのは、1996年である。当時盛んだったパソコン通信は、NIFTY SERVEにせよ、PC-VANにせよ、この10年間余のうちに消滅した。 しかし、会費をとらないパソコン通信とでもいうべきソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が普及しつつある今日、この論文を再読してみるのは無駄ではあるまい。ただし、ここでとりあげられたモデルにもっともあてはまるのは、都会の孤独な人間ではないかと思われる。
 森岡正博は、ほぼ以下のように説く。ここでパソコン通信はSNSと置き換えて読んでも、大差はないと思う。

 パソコン通信/インターネット(や電話という制限メディア)のコミュニケーション類型は二つある。(1) 情報通信と(2) 意識通信である。
 (1) 情報通信は、情報のキャッチボールである。メディアを道具として使うもので、データ/用件/知識などの情報をAからBに、またはその逆に一方向/双方向に受けわたすことを目的とするメディアの使い方だ。
 (2) 意識通信は、意識交流と心の変容である。それ自体の楽しみのために、たとえばメディアの中で誰かと会話すること自体を目的とするようなメディアの使い方だ。
 現実には、この二つの側面は混じりあっているのだが、パソコン通信/インターネット(や電話という制限メディア)の場合、意識通信の側面がきわだっている。

 深夜、チャットをするのは、用件の伝達というよりは、自分の寂しさをまぎらわし、不安をとり除き、ほんの少しのやすらぎや癒しを得る(自分の心の状態や形を変容させる)というのが大きな動機である。
 意識通信のモデルには、7つの要素がある。すなわち、「意識交流場」「交流人格」「触手」「人格の形態」「自己表現」「意識」「構造」である。
 人と人とが出会うときに意識交流場が設定され、そこでお互いが触手を触れあわせ、その触手を伝わってお互いの意識が流出する。流出した意識は意識交流場で交わりあい、相手の人格の内部へはいって、その底にある心の構造を変容させる。
 チャットを例にとると、電話回線をつうじてチャット・ルームで出会い、Aからメッセージが流出し、Bからメッセージが返され、メッセージが交錯していき、それぞれの心の構造を変容させる。
 意識通信のモデルの核心は、「触手」の触れあいと流出した意識の「意識交流」にある。「断片的人格」(匿名の相手が送りだす人格の断片にもとづいて受け手の想像力のなかで組みあげられたもの)の一部がアメーバのように長く伸び、会話する相手から伸びてきた触手とからまりあい、押したり引いたりする。

 この触手の運動をつうじて、個人の意識がコミュニケーションの場(意識交流場)へ流れだす。お互いの触手から流れだした意識が混ざりあい、混ざり合った双方の意識は相手の意識の痕跡を自分の内に刻印し、ふたたび触手を逆につたわって自分の人格のなかへ逆流する。逆流した意識は、変容を受けており、さらに自分の心に影響を与えて、自分の心の底にある独自の傾向性にも影響を与えることがある。
 「触手」「流動体としての意識」は、多方向コミュニケーションに関する新たなパラダイム創出のための装置だ。この装置を採用することで、たとえばチャットで時折訪れる異様な臨場感、画面から溢れでてくるようなコトバの肉感的なインパクトを説明できる、と思う。

【参考】森岡正博「意識通信の社会学」(井上俊・上野千鶴子・大澤真幸・見田宗介・吉見俊哉編『岩波講座・現代社会学第22巻 メディアと情報化の社会学』、岩波書店、1996、所収)
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書評:『タイムライン』

2010年05月15日 | ミステリー・SF
 卓抜な歴史小説『大列車強盗』を書いた鬼才、マイクル・クライトンの一風かわった歴史小説である。

 クライトンは、一作ごとに新しい題材に挑戦した。本書で挑戦したのは、時間旅行である。
 いや、時間旅行ではない。作中の一登場人物はほぼ次のようにいう。「そもそも、時間旅行という概念自体、ナンセンスだ。時間は流れているわけじゃない。時間そのものは不変なのだよ。過去は現在から隔たっているわけじゃないから、そこへ移動することはできない」
 にもかかわらず、主人公たちは現代の合衆国から中世のフランスへ旅立つ。
 これがどうして可能なのか。解は「量子テクノロジー」と「多宇宙」の二語にある・・・・。

 マイクル・クライトンには科学啓蒙家としての稟質があるらしく、時間旅行学について前書きでも小説の中でも噛んで含めるがごとく解説しているのだが、申し訳ないことに、このあたりは駆け足で通りすぎてしまった。ゆえに、論理的帰結として、時間旅行の理屈は評者には依然としてナゾである。
 冒険小説の読者としては、現代人が中世を旅するという根拠がどこかで説明してあれば、それで十分なのだ。むろん、SFの読者は別の読み方をするにちがいない。

 冒険譚はイェール大学歴史学科教授の失踪に始まる。
 この報を受けた主人公、同学のアンドレ・マルク助教授ほか3名の大学院生は、ニューメキシコ州のITC社へ飛ぶ。ここで驚くべき企業秘密を明かされる。並行宇宙への一種の空間移動を実現する転送装置である。教授は1357年へ転送されたまま、帰還しなかった。そこで、この時代に詳しいマルクたちに救出の白羽が立ったのだ。

 一行は、ドルドーニュ川沿いのカステルガールに到着した。当時、残虐で知られるサー・オリバー・ド・ヴァンヌが支配していた地域である。対抗勢力アルノー・ド・セルヴォルの軍勢との間に、まさに戦端が開かれようとしていた。
 一行は両者の争いに巻き込まれ、息をつがせぬ展開となる。
 一方、ITC社でも問題が生じていた。装置に大幅な修理が必要になり、一定の時間は帰還できない状態になったのである。しかも、システム上、37時間を過ぎると現代に戻れなくなる。
 章ごとに残り時間が表示され、緊迫感を増す。
 時間切れ寸前に、マルクは誰も思いもよらぬ決断をする・・・・。

 クライトンは、娯楽小説のツボを心得た作家である。医学部出身で、人気TVドラマ「ER」の原案者であり、『大列車強盗』ほかの映画監督もつとめた。ゲームの会社も興している。こうした多芸多才ぶりが本書にも反映している。すなわち、映像になりやすい情景描写、波瀾万丈のストーリー、盛り沢山のアクション場面、である。
 脇役にもそれぞれ活躍の場が与えられ、これら小さな挿話が全体の厚みを増している。

 ところで、本書には歴史的なナゾが少なくともひとつある。中世の騎士が概して膂力にすぐれる、とされている点だ。スポーツマンで中世の武器の練習をおさおさ怠らなかったアンドレ・マルクさえ圧倒されるほどの怪力の持ち主が、わんさといたのだ。このアイデア、マイクル・クライトンはどこから得たのだろうか。マルクが意外に感じたところからして、中世史の常識ではないらしい。恐山の巫女の力をかりて泉下のクライトンを呼び出し、尋ねてみたい気がする。

□マイケル・クライトン(酒井昭伸訳)『タイムライン』(早川書房、2000)
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【旅】スイス ~モントルー~

2010年05月15日 | □旅
 レマン湖の湖盆は三日月の形で、面積は琵琶湖よりもやや小さめの9割弱である。
 湖の東端、ジュネーブから東へ車を約1時間走らせるとモントルーに到着する。人口2万人足らずの小さな町だが、保養地として知られる。1967年に始まるジャズ・フェスティバルは世界的に名高い。少なくとも宿に置いてあった「リヴィエラ・ニュース」によれば「モントルーはジャズのメッカだ」と鼻息があらい。
 ただし、「町ぐるみのカーニバル」が始まる時には、私たちはモントルーを去っていた。

 日中は町の中心部にあるコングレス・ホールに顔を出し、夕されば散策し、闇の訪れとともにワインの栓を抜く、といった日々だった。
 ワインはこの地、ヴォー州産のものである。ヴォー州はヴァレー州とならんでワインをおおく生産する。ジュネーブからの道中、山の斜面に海のようにうねる葡萄畑をいたるところに見かけた。緑の海に点在する農家は瀟洒で、こうした住居で生涯をすごすことができるなら至福というものではあるまいか。葡萄は陽あたりのよい土地にできる。当然、人間が住まうにも適しているはずだ。

 日本を発つ前、モントルーの近くの山ロシェ・ド・ネ登山をもくろんだが、まとまった時間がとれなくて果たせなかった。
 そのかわりに湖畔を散策した。
 湖岸には散歩道がある。路傍には白赤黄の花々が色鮮やかに咲き乱れる。老人夫婦が仲むつまじく散歩する。哲学的な風貌の髭の青年がジョギングする。
 「スイス人の船長」は形容矛盾としてよく引合に出されるが、実際にいる。湖面を走る船をあやつるのだ。
 湖にはヨットの白い帆の群。水鳥がのどかに浮きつつ沈みつつ、折ふし水面を蹴って飛翔する。

 メイン・ストリートは勾配があるから、疲れたらカフェの道にはりだしたテラスでコーヒーを喫するのだ。さわやかな風が吹きつけてくる。
 2輌連結のトロリー・バスに乗ってもよい。トロリー・バスは鈍重な見かけによらず軽やかに疾駆して乗客を湖を眺めわたせる高みへ連れていく。
 投宿したホテル「ボニファード」は、バス停からさらに坂道を上がってようやくたどり着くから眺望はよい。眼下にはバイロンの詩で知られるション城、湖をへだてて対岸には切り立つ屏風のような山塊。ミネラル・ウォーターを産するエヴィアンの地は対岸にある。そのはるか彼方にはモン・ブランを含むシャモニー地方の山々、白い嶺・・・・。

 自然は光の加減でその表情を変える。ベランダから眺めると、ことに宵には刻々その相貌が変化する。
 夏とはいえ、ヨーロッパの、しかも山国の夜は急速に冷えこむ。閉ざした窓の向こうはまさに大木実の短詩「山の湖」の光景である。

  山の湖に
  昼は山が映っていた
  夜は湖畔の村々の燈火が映った
  燈火は風に揺れながら夜更けにひとつづつ消えていった
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