語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【言葉】対話的人間

2010年05月05日 | 批評・思想
丸谷(才一) ・・・・聞く、聞き終わる、読み終わるという読解力が対談術の基本なんだと思います。

山崎(正和) それには古典的な先例がありましてね。プラトンの『ゴルギアス』という対話編の中に大変な名言がある。プラトンがいくら説得しても、ソクラテスの哲学がわからない人に対してプラトンは、「わたしが答え手になろう、あなたが語りなさい。そうするとあなたは問題を理解するであろう」というんです。つまり、よき聞き手というのは聞くことを通じて相手を開発するんですね。(中略)ギリシア哲学者の田中美知太郎さんによると、「ソクラテスの対話」では、ソクラテスが言い負かされることを通して真実が出てくる、と言うんです。つまり対話の一番理想的な場合には、どこかに神様がいて、二人の対話を通して真実を発見させる。場合によっては、一人の人間の敗北を通して真実が見えてくるというようなものであるはずなんですよ。

丸谷 そう、勝敗じゃなくて、共同作業による真実の探求みたいなものだね。いい聞き手は、相手の言わんとするところを聞くものです。どうでもいいところはあえて聞かない。大局を問題にする。つまらない間違いにこだわって、そこのところをつついていけば、論争には勝てる。でも、それではつまらない対談になっちゃう。

【出典】丸谷才一・山崎正和『対話的人間とは何か』(『半日の客一夜の友』、文芸春秋社、1995。後に文春文庫、1998、所収)
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書評:『バースデイ・ブルー』

2010年05月05日 | ミステリー・SF


 詐欺、放火、金融犯罪を専門とする私立探偵V.I.ことヴィクトリア・ウォーショースキーのシリーズ第8作めである。
 事務所が停電する場面から物語ははじまる。低家賃の、ただし老朽化したプルトニー・ビルからなかなか移転できないのだ。稼ぎがわるいせいで。事件の発端となるメッセンジャー家のカクテル・パーティで、片隅の席を与えられてヴィクは自嘲する。「仕事の上で選択をするたびに、意識的に自分を富と権力から遠ざけてきたんだもの。富と権力を持つ階級からしめだされたことに憤慨するのはばかげている」

 亭主から虐待されて身を隠す妻と子どものために奔走しても、14歳の少女を性的虐待を加えた父親から守っても、銀行の口座は増えはしない。怪しい事業所へ夜明け前に侵入するのも、罠を承知で飛行場へ忍びこむのも、もとはといえばフェミニストの同志への無償の支援に発している。
 だが、ロー・スクールの恩師マンフレッド・ヨウはいう。「わが校の卒業生の多くが正義より依頼人への請求金額を重視していることを、恥ずかしく思っている」

 わが党の士は、ヨウ一人ではない。一作ごとにヒロインに年輪が加わるこのシリーズ、大団円では40歳の誕生日をむかえるのだが、亡父の僚友マロリー警部補夫妻をはじめとする数々の友人たちがヴィクをとりまいて、共に満月が沈むまでダンスに興じるのだ。

 本書にかぎらず、このシリーズの特徴だが、事件はヒロインの血縁や地縁、学校時代の仲間といった交友圏に惹起し、またその中へ収斂していく。反面、個人的な関わりのない抽象的な社会悪には関心が薄いし、何があろうとも最後まで依頼人につくすという非情なまでのペリー・メイスン的職業倫理、契約の観念はヴィクには絵空事にすぎない、という感じだ。ヴィクの世界は狭いが、現実的といえば現実的だ。これが女性の感性だ、というと言い過ぎだろうが、まんざら間違いではないような気がする。だとすると、逆にみれば、探偵することによって広がっていく女性の世界がヴィク・シリーズだ、ということになる。

 会話の前後に情念の揺れがくどいほど書きこまれている。これも女性の感性というものか。
 軽口と情感の波が全編を埋めるから、大部な本書だが、長く感じさせない。

□サラ・パレツキー(山本やよい訳)『バースデイ・ブルー』(ハヤカワ文庫、1999)
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