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「スッキリ」にアイヌを「あ、犬!」と言わせたのは日本政府である アイヌへの「ジェノサイド」を謝罪し先住権を認めるべきだ

2021-03-24 | アイヌ民族関連
論座 2021年03月23日
 日本テレビ系の情報番組「スッキリ」で、「あ、犬」などという、アイヌ(*)を絶望におとしいれる言葉が公然と語られた。これが公共の電波にのって日本中に流された事実に、私は跳ね上がるほど驚いている。
(*) 本稿では、「人」、しかも「誇りある人」という、「アイヌ」がもつ語義をふまえ、単に「アイヌ」と記す。
無関心・差別意識
 「アイヌ」は、アイヌが自己確認のために用いる言葉である。だがそれは、「明治」以降ずっと、あまりに強い負の意味を背負わされてきた。おまけにそれを「犬」と結びつける悪意は、ヘイトスピーチとしてどれだけアイヌを苦しめたかしれない(貝澤正『アイヌ わが人生』岩波書店、93頁;北海道新聞社編『こころ揺らす――自らのアイヌと出会い、生きていく』同社刊、116頁)。

拡大アイヌの歴史や差別問題を学校教育でどう伝えるかについては、かねて議論されてきた=1993年、関東ウタリ会が開いたシンポジウム
 言うまでもなく、日本語では(も)、「犬」はさげすみの言葉として使われている。「犬死に」はその典型だが、「犬の遠吠え」、「犬も食わぬ」などもそうだし、犬を意味する「狗」(く)を含む「走狗」、「羊頭狗肉」も、さげすみの含みをもつ。また俗に警察官を「権力のイヌ」と言う場合もそうである。
 ふつうに日本語を母語とする話者ならその程度の意味は直ちに感じとるはずだが、今回の当事者や放送スタッフがそれを感じなかったのだとすれば、それはアイヌに対する無関心の帰結であろう。
 無関心はふつう心理的・物理的な距離から生まれる。かつて在日トルコ人が、「トルコ風呂」という名前を変えてと訴えたことがあるが、心理的・物理的な距離に甘んじた不明を、私たちは一度かえりみる必要がある。近年では「スペイン風邪」、「中東呼吸器症候群」(=MERS)、「中国ウイルス」(トランプ前米大統領)などという言葉も、同じ問題をひきおこしている。
 差別語としても機能するこれらの背景には、他民族に対する差別意識もおそらく伏在する。「中国ウイルス」の場合は、伏在どころか顕在していた。
 では、「あ、犬」はもちろん「アイヌ」にさえこめられた差別意識は、一体どこから来たのか。それは、語り手個人のアイヌについての無知に由来する部分もあろうが、それを誘発する何かが日本社会にはある。
“被告席”にすわるべき日本政府・北海道庁
 今回、メディアおよび世論は機敏に反応し、日本テレビは直ちに謝罪した。ひとまずこの事実は、当然のこととはいえ良かったと思う。また例えば北海道アイヌ協会が、局としての認識、原因究明や再発防止を日テレに機敏に申し入れた事実も同様である。
 ただ私は、“被告席”にすわるべき当事者が欠けていると思う。そこに、日本政府・北海道庁を座らせるべきである。ヘイトスピーチを行うのは個人だが、それを許す土壌は、政府・道庁によって歴史的に作られてきた。
 元々、日本のアイヌ政策は、とうてい国際的な水準に沿うものではなかった。国連は2007年、「先住民族の権利に関する国連宣言」を採択した。その際日本政府はこれに賛成したが、アイヌに対する先住権の保障を、いまだにかたくなに拒んでいる。
 なるほど2019年に成立したアイヌ新法では、アイヌを「先住民族」と明記した。以前の「旧土人保護法」はもちろん、1997年に施行された「アイヌ文化振興法」を思えば、これは画期的だった。だがアイヌ新法は、先住権(生活様式等をみずから選ぶ自決権、同意なく没収された土地・資源の返還要求権・賠償請求権等)の保障とは無縁である。
 これを保障するためには、アイヌに対して日本政府が行ってきた「同化政策」についての反省と謝罪がなければならないが、政府はそれに背を向ける(杉田「「アイヌ新法」はアイヌの先住権を葬る欠陥法」19年4月17日)。道庁もそうである。2018年、「北海道150年」を祝う大規模な式典・関連事業を行いながら、知事はついに同化政策について謝罪しなかった(杉田「むしろ「シャクシャイン独立戦争350年」事業を」18年8月20日)。
日本政府のジェノサイド
 日本政府・道庁(当初は開拓使)はこの150年、アイヌに対して何を行ったのか。
 アイヌモシリ(アイヌの静かな大地)を「開拓」するために、移民政策を大規模に推進し、アイヌの土地を奪った。アイヌの固有の生活様式(狩猟・漁労・採集)を捨てさせて農作業を強い(ただし「無償下付」されたのはしばしば農地として不適切な土地だった)、アイヌとしての社会・精神生活を破壊し、民族性を自覚できない状態へと追いこんだ。一方、日本語を強制してアイヌ語を消滅へと追いやり、またアイヌとしての固有名を捨てさせて「創始改名」を強いた。
 これが、日本政府がアイヌに対して行った「同化政策」の骨格である。最近、中国政府によるウイグル政策は「ジェノサイド」(民族絶滅政策)だと欧米各国が非難しているが、アイヌに対する同化政策もまた典型的なジェノサイドだったのである。
 そしてこの猛威に翻弄された少数者アイヌは、多数者=和人の社会にあって激しい差別にさらされてきた。多数者さえその多くは貧しい農民であり、厳しい「開拓」労働をよぎなくされ、少数者に対する実質的な加害者となる。くわえて加害を合理化するために、相手は劣った存在だという認知を強めようとする。北海道「開拓」の場合、その武器になったのは、「土人」もしくは「旧土人」という言葉であり、その含みが「アイヌ」という自称と分かちがたく結びつけられた。その時、誇りある「アイヌ」さえ、痛ましいことだが、アイヌ自身によって避けるべき禁忌の言葉となる。
 今日、アイヌの権利擁護・福祉に関わる「北海道アイヌ協会」が、発足後15年目(1961年)に、「北海道ウタリ〔=同胞〕協会」と改称したことに、それは象徴的に現れる。その後およそ50年、「先住民の権利に関する国連宣言」が出た後に、同協会はようやく「アイヌ」を協会名に復活させることができたのである。
人を「殺す」差別語
 総じて差別語は、人を比喩的な意味で「殺す」。「チャンコロ」=中国人はかつて文字通り殺してよい対象と見なされたが、在日コリアンに対する「チョン(コ)」、被差別民に対する「(ド)エッタ」といった差別語は今、ヘイトスピーチとなって当事者を不安・絶望に追いこんでいる。
 かつて日本人は「ジャップ」と呼ばれたが、これは「ベトナム戦争」中に南ベトナム解放民族戦線について言われた「グーク」、「ベトコン」と同じように、相手の人格性を抹殺する言葉である。アフリカ系アメリカ人等に対して使われる「ブラック」等も、そうである(杉田「「ブラック企業」の修飾語「ブラック」の使用はやめるべきだ」20年6月22日)。
 漢字文化圏では、文字においても同じ問題がおこる。「害」の字は使わないでほしいと、しょうがい者はしばしば訴えてきた(杉田「「障害者」ではなく「しょうがい者」と記そう」21年3月4日)。
 「あ、犬」は、日本において絶対的な少数者であるアイヌにとって、自己確認をさえ困難にするという意味で最悪の差別語に属する。「ジプシー」も、そう呼ばれた民族にとって屈辱的な語だが、まだしも彼らは「ロマ」という自称をもち、今日ではこの語が一般に用いられる。だがアイヌの場合は、誇りある自称自体に、和人によって差別的な意味がこめられてしまっている。
 そして社会的・経済的等の差別・被害を、今でもアイヌは受け続けている。
日本政府・道庁の立ち遅れ
 カナダやニュージーランドでは(最近ではオーストラリアのヴィクトリア州でも)、入植者が先住民に加えた被害を検証する作業が進められている。だが日本では、そうした試みの端緒さえない。
 なるほど去年(2020年)開設された「民族共生象徴空間(ウポポイ)」およびその一部をなす「国立アイヌ民族博物館」の展示を見ると、苛酷な同化政策の片りんをかいま見ることはできる(杉田「「民族共生象徴空間」(ウポポイ)になぜ慰霊施設があるのか」20年8月5日)。だがそれは、いかに国立とはいえあくまで博物館としての展示にすぎず、政府や道庁が正式に被害事実を究明し謝罪するのとは、まったく意味が異なる。究明・謝罪がなされるためには、それを明示した政策が不可欠だし、最終的にはそれは先住権を保障し差別を禁ずる立法に結びつかなければならない。
 道庁の姿勢も変わらない。道庁は2月、次期アイヌ政策(2021~25年度)の基本となる「北海道アイヌ政策推進方策」の素案を公表した。ここに同化政策に関する記述はあるが(2-3頁)、おざなりなものである。
 ここに見るように、アイヌ新法施行後も道庁は旧態依然とした姿勢を見せている。
 2019年9月、紋別アイヌ協会の会長が、許可を申請せずにサケを捕獲した。だがそれは法律違反だと、道庁は紋別署に刑事告発した(朝日新聞北海道版19年9月6日付)。ちなみに2020年にサケ捕獲は行われなかったが、それは同会長が体調不良だったからである(同20年9月6日付)。もし許可申請なしに捕獲したなら、道庁は再び同氏を訴えたであろう。
 また、「ラポロアイヌネイション」(旧浦幌アイヌ協会)は、サケ漁をアイヌ固有の先住権と認めさせようと政府・道庁を相手に提訴したが、道庁は政府とともにこれの棄却を求め、また無許可のサケ捕獲に漁業法上の根拠はないと、あえて主張している(同12月18日付)。
 だがこうした姿勢こそ、改められなければならない。アイヌ政策の最前線の役所として、むしろ日本政府をけん引すべきではないのか。
重要なのは不正義の究明・謝罪と先住権の保障
 さて、アイヌ新法にさえいまだにアイヌを観光資源として見る根強い傾向がある中で、アイヌに対してとってきた政府・道庁の不正義がまともに追及されず、謝罪されてもいないという現実を、私たちは重く見るべきである。
 そうした政府・道庁の姿勢は、いやがおうでも日本社会ににじみ出る。私は「ウポポイ」は重要な施設だと思うが、アイヌ政策がこの水準に止まるかぎり、アイヌにとって自己確認の手立てとなる民族衣装・祭祀等さえ経済的・観光的な資源としてしか認められず、むしろアイヌに対する偏った民族観を強めかねないことを恐れる。
 重要なのは、アイヌがその文化・価値を、固有の権利(先住権)として実現できるよう保障することである。そのためにも、政府・道庁はこれまでの同化政策(ジェノサイド)の不正義を究明・謝罪して、アイヌを「二級市民」におし止める力学を解体しなければならない。
 そして政府や道庁が、究明・謝罪の過程と同時に、アイヌに保障されるのは特権なのではなく日本政府が剥奪してきた固有の権利なのだと、学校教育を含む多様な機会に、また多様なメディアを駆使して、国民にていねいに伝えるのでなければならない。
 それらの努力なしには、アイヌに対する差別はなくならない。
杉田聡 帯広畜産大学名誉教授(哲学・思想史)
https://webronza.asahi.com/culture/articles/2021032100004.html

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「アイヌ」商標登録拒否、特許庁

2021-03-24 | アイヌ民族関連
共同通信 2021年3月23日10:23
 中国広東省の個人が日本の特許庁に「AINU」を商標登録出願し、一部のアイヌ民族から「便乗商法だ」などと反発の声が上がっていた問題で、民族の誇りが尊重される共生社会の実現の障害となる恐れがあるとして、登録を拒否していたことが23日、同庁の開示資料で分かった。
 開示資料で、「AINU」が「先住民族であるアイヌのローマ字表記と容易に認識させる」と指摘。アイヌ施策推進法が施行され文化振興への意識が高まる中、「商標を独占的に使用することはわが国の社会公共の利益に反し、公序良俗を害する恐れがある」とした。
https://jp.reuters.com/article/idJP2021032301001500

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高橋尚子さん「変化のきっかけに」 東京五輪組織委、再スタート

2021-03-24 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2021/03/23 00:06
 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は22日、森喜朗前会長の女性蔑視発言を受けて女性理事を増やした新体制で初の理事会を開いた。男女平等を含む多様性を推進するための「TOKYO2020宣言」策定も決めるなど、新たなスタートを切った。
 女性理事12人を新たに迎え、理事45人のうち19人が女性となって、比率は4割を超えた。理事会の冒頭、新任の中京大の來田享子教授は「せっかく出会えたので、何か新しいものを生み出せたら」とあいさつ。理事会後に取材に応じたマラソンの五輪金メダリスト、高橋尚子さんは多様化の推進について「4、5カ月で解決する問題ではない。五輪・パラリンピック後に社会でどう変化があるか、きっかけとなる大会になるようにしっかり土台作りを進めていく」と語った。
 アイヌ文化を伝える北海道登別市の刺しゅうサークル「登別アシリの会」の芳賀美津枝代表も加わった。芳賀さんは理事会で「人間を含め自然界すべての存在に意義があって役割がある」とアイヌの世界観を紹介。「しっかり頑張りたい」と意気込みを語った。
 新体制での理事会の雰囲気の変化について、組織委の武藤敏郎事務総長は「ジェンダーに関する質疑がかなり増えた」とコメント。「新鮮な目で見て、新しい風を吹き込んでいただいた」と歓迎した。【松本晃】
https://news.goo.ne.jp/article/mainichi/sports/mainichi-20210323k0000m050001000c.html

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台湾オードリー・タン「ハッカーとしての素顔」 オープンソースとシビックテックへの思い

2021-03-24 | 先住民族関連
東洋経済 2021/03/22 10:00

台湾にさまざまなイノベーションをもたらし続ける、台湾デジタル担当政務委員大臣のオードリー・タンさん。彼女のこれまでの仕事と思考について、オードリーさんへの丹念なインタビュー取材を元にいきいきと描き出した『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』より抜粋してご紹介します。
今回は、彼女の過去の特筆すべき活動のひとつ、シビックハッカー・コミュニティ〈g0v〉への参加と〈萌典〉の経緯についてです。
オードリーがデジタル担当大臣として入閣した2016年からさかのぼること4年前に始まり、彼女が今でも参加し続ける、シビックハッカー・コミュニティ〔g0v(零時政府)〕(ガヴ・ゼロと読む。以下〈g0v〉と記載)。
シビックハッカーとは社会問題の解決に取り組む民間のエンジニアのことで、台湾における彼らの数は、世界でも3本の指に入ると言われている。シビックハッカー内にもさまざまなコミュニティが存在しているが、その中でもソフトウェアのソースコードを開放する〈オープンソース〉に関心のある者が集うコミュニティから〈g0v〉は生まれた。
数字のゼロを使った〈g0v〉という名称は、政府の略称が、government に由来した〈gov〉であるのに対し、彼らは「政治をゼロから再考する」というスタンスを表したもの。
「『なぜ誰もやらないのだ?』と聞くのをやめて、まずは自分がその『やらない人』の1人であることを認めよう。万能な人は存在しない」。これが彼らのモットーである。私自身も耳が痛くなる言葉だ。
従来の社会運動にテクノロジーコミュニティを結び付けることで、環境や労働など、社会問題をテーマにしたプロジェクトに取り組んでいる。2年に1度、国際サミットを開催したり(2018年には30カ国近くが参加)、総額1000万元以上のシビックテック・イノベーション助成金を発行するなど、その規模は決して小さくない。
オードリーを語るとき、この〈g0v〉は重要なキーワードだと言えよう。2014年の〈ひまわり学生運動〉でもオードリーは〈g0v〉のメンバーとして貢献しているし、入閣後は自らプロジェクトを実行することはなくなったものの、今でも〈g0v〉のSlack(チャットルーム)に入り、やりとりは続いており、時には問題解決をサポートすることもある。2020年のコロナ禍でマスクマップを開発したのも、彼女が〈g0v〉と共に行ったことだ。
ここでは〈g0v〉のあらましと、オードリー自身がそこで手がけたオンライン言語辞典の〈萌典 moedict〉を紹介する。
きっかけは、台湾史上最悪の広告
〈g0v〉が始まるきっかけとなったのが、2012年2月に行政院が打ち出した〈経済力推進プラン(原名:経済動能推升方案)〉の動画広告だ。ちまたでは「台湾史上最悪の広告」と呼ばれている。
この動画広告で流れるナレーションの拙訳は以下の通り。
「〈経済力推進プラン〉とは、何でしょうか? 私たちはわずかな言葉で簡単に説明して、皆様にご理解いただきたいと強く思っています。ですが、わずかな言葉数では、こんなにたくさんの政策を説明することはできません。
なぜなら、経済発展のためには完璧な計画が必要であり、それでこそ経済は動き出せるのです。
だからこのプランは当然複雑になります。 重要なのは『たくさんのことが今、加速して進行中』だということです。これを実行すれば、間違いない!」
開いた口が塞がらなくなるような、まったく中身のない内容だが、これは当時の政府が実際に流した広告なのだ。
これに対して、「政府は国民のためにあるものなのに、政策を説明せずに進めるのはおかしい」と立ち上がったのが、高嘉良(ガオ・チャーリャン)、吳泰輝(ウー・タイフォイ)、陳學毅(チェン・シュエイー)、郭嘉渝(グゥオ・チャーユー)ら4人のシビックハッカーだ。彼らは、台湾Yahoo! 奇摩が主催したハッカソン〈Yahoo! Open Hack Day 2012〉に参加し、政府の予算データをオープンデータ化してみせた。
台湾Yahoo! 奇摩主催のハッカソン〈Yahoo! Open Hack Day 2012〉に参加した高嘉良(写真左)ら、4人のシビックハッカーたち。賞金5万元を獲得した(出典:オードリー作成 〈萌典與零時政府〉)
ハッカソン(Hackathon)とは、ハック(Hack)とマラソン(Marathon)を組み合わせた造語で、エンジニアやデザイナーらが一定期間、集中して開発作業を行うイベントのことである。IT業界では頻繁に開催されているもので、特定のチームを組み、意見やアイディアを出し合いながら制限時間内に出したアウトプットで成果を競う。
行政ごとの各支出項目とその額について年単位での推移を可視化(出典:零時政府 中央政府総予算)
上の図を見てほしい。これは、行政ごとの各支出項目とその額について年単位での推移を可視化したものだ。たとえば「社会保険」にまつわる総合支出は年間およそ1971億元で、そのうち最も多い支出は労働部管轄の「労働保険業務」のおよそ1454億元。2020年の予算配分は前年比で+17.23%ということが、一目でわかる。 
2カ月に1度、ハッカソンを開催
これをきっかけに、プログラマーの高嘉良(シビックハッカー・コミュニティでは愛称〈clkao〉と呼ばれることのほうが多い)とその妻、作家でドキュメンタリー監督の瞿筱葳(チュー・シャオウェイ、愛称:ipa)が共同発起人となり、〈g0v〉は2012年末に設立された。〈g0v〉の代表的な活動の1つが、2カ月に1度開かれる70〜100人規模の大ハッカソン。市民から自発的に議題を上げてもらい、そこに政府の関係者や専門家などに加わってもらいながらオープンな場で討論するというもので、誰でも無料でエントリーすることができる。
2020年10月24日に開催された〈g0v〉ハッカソンの様子。子どもから大人までがリラックスした雰囲気でさまざまなプロジェクトを進行していた。このときも会場に高嘉良の姿があった
この〈g0v〉において、オードリー自身の手でメンテナンスされた唯一のプロジェクトが、2013年1月のハッカソンで提案・開発され、今でも台湾で広く使われているオンライン言語辞典〈萌典 moedict〉(以下、萌典と記載)だ。
この〈萌典〉には、約16万もの台湾華語(北京語が台湾にローカライズされて台湾独特の表現が増えたもの。とくにその差を強調する必要のある場合を除き、本書では「中国語」と記載している)、約2万の台湾語(ホーロー語)、1万4000の客家語が収録されており、英語、フランス語、ドイツ語の対訳が付けられている(日本語訳のボランティアに名乗りを上げたいところ。有志求む)。
台湾で最も権威ある国語辞典のウェブ版
もともと台湾の教育部にも、1996年に公開されたウェブ版の〈重編國語辞典改定本〉というものがあった。台湾華語の定本として貴重な辞書であり、公開以来の17年間で訪問回数は約2億回と、多くのニーズがあることをうかがわせる。ただし、このウェブ版は公開後ほぼ更新されていない。そのため、スマートフォンやタブレットでは閲覧できず、外部によるリンクの設置が許可されているのはトップページのみで、下層の個別ページへリンクを設置する際には許可が必要など、使い勝手に大きな課題があった。
教育部によるウェブ版〈重編國語辞典改定本〉(出典:オードリー・タン作成〈萌典與零時政府〉)
2013年に開かれたハッカソンに、アメリカからオンラインで参加した教授の葉平(イエ・ピン)は、この〈重編國語辞典改定本〉をオープンデータ化することを呼びかけ、それに応えたオードリーを含む30名ほどのハッカーらが、夜通しの作業でこの〈萌典〉を開発した。同年3月23日のハッカソンから始まり、ローンチ(公開)したのはその翌日だったというからものすごいスピードだ。その後、数カ月の審議を経て教育部はこの〈萌典〉を認可し、現在では毎月数百万もの訪問がある、台湾になくてはならないツールとして定着した。
ちなみに、若い世代の日本人なら誰しも〈萌典〉の「萌」という文字が気になるところだと思うが、これは教育部(Ministry of Education)を表す略称〈MOE〉の発音が、ちょうど日本の若者を中心に流行した、可愛いという意味の「萌え」の発音と同じであったこともあり、この名前を付けたという。こんなところに思いがけず日本とのつながりがあったことに、嬉しくなってしまうのは私だけではないはずだ。
〈萌典〉の使い方はとても簡単だ。前頁の写真を参考にしてほしい。たとえば、「國語」を調べるとこのように結果が表示され、各説明文内の単語をマウスオーバーすると、さらにそれぞれの言葉の意味が表示される。中国語は、日本語と同じ漢字であっても、筆順や止め・跳ね・払いなどの筆画が違うものもあるが〈萌典〉ではそれぞれの漢字の筆順まで見ることができて、音声読み上げ機能もある。
オードリーは、「一つひとつの言葉にパーマリンク(それぞれに独立した重複しないURL)が必要で、それをシェアしやすいようにすることが大切」だと話す。実際、「國語」について記載されているページのURLをFacebookでシェアしようとすると、写真のようなOGP(ページ情報)が表示される作りになっている。
シェアしやすいように考案された〈萌典〉のパーマリンク
また、〈萌典〉は〈重編國語辞典改定本〉を基盤としながらも、後から複数の辞典の情報が追加されることでその網羅性をさらに高めている。そのため〈萌典〉内で同一の内容に関して異なる表記が存在することも起こりうるが、その場合、アクセスしたユーザーらにどちらが正解かの判断を求め、最適解を探る仕組みが採用されている。実際、とある誤植に関しては、18日間で5602人もの参加者により補正されたことがあるという。
「言語の保存・継承」にデジタルで貢献
台湾には、政府に認定されているだけでも16の原住民族がいて、それぞれ文化も言語も異なる。原住民族とは、17世紀頃に中国大陸から漢民族が入ってくる以前より、もともとこの地で暮らしていた先住民族のことだ。台湾の中国語で「先住民」とは「すでに存在しなくなった」という意味合いがあるため、政府公認で「原住民族」という表記が使用されている。その中でも最大の人口を持つアミ族(約21万人)についても、翌2014年のハッカソンで、専門の〈アミ語萌典〉が開発されている。なんと、わずか53時間で8万語以上のアミ語が登録された。
2014年のハッカソンで開発された、台湾最大の原住民族アミ族専門の〈アミ語萌典〉
多民族国家である台湾ではほかにも、古くから使われていた台湾語や客家語、台湾華語など、言語文化の保存と継承が重視されるようになってきている。また、年々増加する海外からの移民の言語にも向き合おうとしている最中だ。さらに逆に台湾から海外に移住した台湾人の中に、「自分たちのルーツである台湾華語を子どもたちに継承していきたい」というニーズもある。このように、オードリーら〈g0v〉のメンバーは、台湾にとって重要なテーマである「言語の保存・継承」にシビックテックやオープンソースといった概念で大きく貢献した。
中国語の学習者であり、人に物事を伝える仕事に携わる私自身も、日々の執筆の際にほぼ毎日、この辞書に当たっている。台湾で使われている中国語(台湾華語)は、同じ北京語でも中国で使われているものと単語や意味合いが大きく異なる。だが、日本で一般的に流通している北京語の辞書がカバーしているのは中国版であるため、ほぼ使うことができない。
だから、安心して参照できる情報の拠り所があるというのは、本当にありがたいことこの上ない。こうして言語が継承され、学習され、台湾の文化の礎となることに対して、〈萌典〉の存在は重要な役割を果たしていると言えよう。
著者:近藤 弥生子
https://news.goo.ne.jp/article/toyokeizai/business/toyokeizai-414987.html

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