北海道新聞03/11 05:00

中国大使館前で妹とともに兄の安否確認を求める由理知沙見さん(右)=2月18日、東京都港区(富田茂樹撮影)
五輪憲章が掲げる「人間の尊厳の保持」の理念が揺らいでいる。国際オリンピック委員会(IOC)は2月の北京冬季五輪に際し、「政治的中立」を理由に少数民族ウイグル族に対する中国政府の弾圧問題と距離を置いた。人権問題に目をつむり、「平和の祭典」の名にふさわしいのか。日本も先住民族アイヌへの差別の歴史を抱える。その地元札幌市は2030年冬季五輪・パラリンピックの招致に向け、アイヌ民族の権利問題にどう向き合うのか。
北京五輪開催中の2月18日、東京都港区の駐日中国大使館前。中国新疆ウイグル自治区出身で日本国籍を持つ由理知沙見(ゆりちさみ)さん(45)=相模原市=は、千葉市に住む妹(40)とともに兄アブドハリリ・アブドレヒミさん(47)の写真を手に無言の抗議を行っていた。
■「中国開催は過ち」
区都ウルムチに住む兄は昨年6月、通勤途中で強制収容所に連行されたとみられ、今も所在不明だ。「兄がどんな目にあっているのか、考えるだけでつらい」。1月中旬から連日抗議に立つ由理知さんは「ウイグル族のジェノサイド(民族大量虐殺)を進める中国に五輪開催を認めたのは歴史的な過ちだ」と憤る。
中国政府は16年ごろから過激派対策を名目にイスラム教徒のウイグル族への弾圧を強めた。これまで300万人を強制収容したとの推計もあり、遺体で戻ってきたとの報告は絶えない。
米英などはこうした中国の人権状況を問題視し、北京五輪に政府代表を派遣しない外交ボイコットに踏み切ったが、IOCは傍観する姿勢を崩さなかった。
IOCはアパルトヘイト(人種隔離政策)を理由に南アフリカの五輪参加を30年余り認めなかったこともある。国際世論の後押しもあった。ただ近年は巨額な開催費を敬遠して招致を目指す国が減っている一方、中国の影響力が増大。由理知さんを支える日本ウイグル協会のアフメット・レテプ副会長(44)は「IOCは五輪開催を優先して中国にすり寄った。平和や人権を脅かす行動には毅然(きぜん)と対応すべきだ」と批判する。
■当事者抜きで議論
日本は中国ほど露骨な民族差別はないが、アイヌを初めて先住民族と位置付け、差別を禁じたアイヌ施策推進法が19年に施行されたばかりだ。
昨夏の東京五輪ではアイヌ民族が伝統舞踊を披露する機会があり、札幌市も30年大会概要案で「アイヌ文化をはじめとした多文化への理解促進」を掲げる。
だが、札幌アイヌ協会の阿部一司会長(75)は「文化発信は大切だが、それだけでは不十分だ。日本のアイヌ政策は、先住民族の土地資源の権利回復などに取り組む世界各国より遅れている」と指摘。さらに概要案策定に際して協会には相談がなかったといい、「当事者抜きの議論で『理解促進』になるのか」と市の姿勢に疑問を投げかける。
日高管内平取町の萱野茂二風谷アイヌ資料館の萱野志朗館長(63)も「文化を紹介するだけなら先住民族政策を進めているというポーズにすぎない。五輪を招致するなら権利回復の議論に踏み込んでほしい」と訴える。
IOCは24年のパリ大会以降、開催都市との契約に「人権尊重」条項を明記する。この条項に恥じぬ大会にできるか、IOCも開催都市も本気度を問われる。(山田一輝、田鍋里奈)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/655535


中国大使館前で妹とともに兄の安否確認を求める由理知沙見さん(右)=2月18日、東京都港区(富田茂樹撮影)
五輪憲章が掲げる「人間の尊厳の保持」の理念が揺らいでいる。国際オリンピック委員会(IOC)は2月の北京冬季五輪に際し、「政治的中立」を理由に少数民族ウイグル族に対する中国政府の弾圧問題と距離を置いた。人権問題に目をつむり、「平和の祭典」の名にふさわしいのか。日本も先住民族アイヌへの差別の歴史を抱える。その地元札幌市は2030年冬季五輪・パラリンピックの招致に向け、アイヌ民族の権利問題にどう向き合うのか。
北京五輪開催中の2月18日、東京都港区の駐日中国大使館前。中国新疆ウイグル自治区出身で日本国籍を持つ由理知沙見(ゆりちさみ)さん(45)=相模原市=は、千葉市に住む妹(40)とともに兄アブドハリリ・アブドレヒミさん(47)の写真を手に無言の抗議を行っていた。
■「中国開催は過ち」
区都ウルムチに住む兄は昨年6月、通勤途中で強制収容所に連行されたとみられ、今も所在不明だ。「兄がどんな目にあっているのか、考えるだけでつらい」。1月中旬から連日抗議に立つ由理知さんは「ウイグル族のジェノサイド(民族大量虐殺)を進める中国に五輪開催を認めたのは歴史的な過ちだ」と憤る。
中国政府は16年ごろから過激派対策を名目にイスラム教徒のウイグル族への弾圧を強めた。これまで300万人を強制収容したとの推計もあり、遺体で戻ってきたとの報告は絶えない。
米英などはこうした中国の人権状況を問題視し、北京五輪に政府代表を派遣しない外交ボイコットに踏み切ったが、IOCは傍観する姿勢を崩さなかった。
IOCはアパルトヘイト(人種隔離政策)を理由に南アフリカの五輪参加を30年余り認めなかったこともある。国際世論の後押しもあった。ただ近年は巨額な開催費を敬遠して招致を目指す国が減っている一方、中国の影響力が増大。由理知さんを支える日本ウイグル協会のアフメット・レテプ副会長(44)は「IOCは五輪開催を優先して中国にすり寄った。平和や人権を脅かす行動には毅然(きぜん)と対応すべきだ」と批判する。
■当事者抜きで議論
日本は中国ほど露骨な民族差別はないが、アイヌを初めて先住民族と位置付け、差別を禁じたアイヌ施策推進法が19年に施行されたばかりだ。
昨夏の東京五輪ではアイヌ民族が伝統舞踊を披露する機会があり、札幌市も30年大会概要案で「アイヌ文化をはじめとした多文化への理解促進」を掲げる。
だが、札幌アイヌ協会の阿部一司会長(75)は「文化発信は大切だが、それだけでは不十分だ。日本のアイヌ政策は、先住民族の土地資源の権利回復などに取り組む世界各国より遅れている」と指摘。さらに概要案策定に際して協会には相談がなかったといい、「当事者抜きの議論で『理解促進』になるのか」と市の姿勢に疑問を投げかける。
日高管内平取町の萱野茂二風谷アイヌ資料館の萱野志朗館長(63)も「文化を紹介するだけなら先住民族政策を進めているというポーズにすぎない。五輪を招致するなら権利回復の議論に踏み込んでほしい」と訴える。
IOCは24年のパリ大会以降、開催都市との契約に「人権尊重」条項を明記する。この条項に恥じぬ大会にできるか、IOCも開催都市も本気度を問われる。(山田一輝、田鍋里奈)
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/655535