MASHING UP 2022/03/24 10:30
社会課題をビジネスで解決するソーシャルビジネスは、SDGsへの関心の高まりに伴い注目を集めている。しかし日本は海外諸国に比べ、ソーシャルビジネスが育ちにくいと言われることも少なくない。今、ソーシャルビジネス大国と呼ばれる欧米では、どのような動きがあるのだろう。
先住民族のアートを知的財産として守る


© 提供:MASHING UP Roots StudioのCEO、レベッカ・ホイさん。先住民族とグローバルの大企業や高級ブランドが、対等な立場で協力しながらアートを世界に発信する場を作り続けている。
2021年11月19日に開催されたMASHING UPカンファレンスvol.5では、「クリエイティビティとビジネスが創る、サステナブルな社会」をテーマに、ニューヨークの社会起業家レベッカ・ホイさんがキーノートスピーチを行った。
ホイさんは、世界中の先住民族によるアートを知的財産としてデジタル化し、グローバルのブランドや大企業へ橋渡しするマーケットプレイスを提供するRoots StudioのCEO。創業以来、約10年間にわたって世界中の先住民族・少数民族のコミュニティと共に、ビジネスを手がけてきた。
「彼らについて持たれがちな“ただ貧しいだけのイメージ”は誤り。私が見たのは、素晴らしくクリエイティブな人々でした。世界の半分以上の人が実は農村に住んでいるのですが、都会が文化を代表しているとされることが多いため、農村はニッチな場所だと思われがちです」(ホイさん)
気候変動による影響などさまざまな理由で、農業と伝統的生活様式から離れて都市部に出ることを強いられる人が増えている。しかし少数民族や先住民族の多くは、都市部で安定的な職業に就くことが難しいという実状がある。たとえ素晴らしい伝統芸術を持っていても、これまでは都市部でそのスキルを活かす機会がなかったのだ。
皮肉な話だが、少数民族・先住民族の人々がそのような状況に置かれている一方で、先進国の有名ブランドのデザイナーは、インスピレーションを求めて世界中を旅しているのだと、ホイさん。
「しかしそんなデザイナーの多くは現地の言葉を話すことができないため、これらのアートが生まれた歴史や背景を理解していないケースがほとんど。ブランドがデザインやイメージをコレクションに取り入れると、その文化コミュニティは自ら共有し、発信する機会を奪われてしまう。そして、そのコレクションが大きな利益を出すと、米国や欧州で横行している“文化の盗用”と呼ばれる現象が起こります」(ホイさん)
文化の盗用とは、ある文化を、別の文化に属する人が私物化することを指す。その多くのケースでは、デザインや芸術文化の意味が再定義されオーナーシップが失われるため、本来の文化の出所をたどることができなくなる。
ホイさんは、異文化を取り入れること自体を批判しているのではなく、“盗用を称賛に変えるべき”だと強調した。
「本来、他の文化を称賛することは、とても美しく奥深いことです。私たちは一つの物差ししか持たない社会に暮らしたくはありません。世界がどのような方向に向かっているのかを考えるとき、非常に奥深いのは特にファッション小売業において、人々がますますただ洗練されたものや美しいものではなく、目的や価値、真の持続可能性や真実性を持ったものとの結びつきを求めるようになっているということなのです」(ホイさん)
異文化に対する「互恵・尊敬・報酬」がビジネスの柱
中には、数年に渡りブランドとコラボレーションを行うアーティストも。Roots Studioでは、デザインを販売するだけでなく、収益の25%がアーティストに、75%がコミュニティに還元される。プロジェクトの概要や民族のもつストーリーを広く伝えることも、Roots Studioが担う重要な役割だ。
ホイさんによると、文化の盗用や模倣を問題視する動きは2020年以降さらに加速しているという。そして今、ファッションやアートの業界では、先住民族・少数民族の文化に対して敬意とともに十分な報酬を払うことが、新たな常識となりつつある。
「私たちは7年以上にわたり、『互恵・尊敬・報酬』を柱に世界各地の文化の架け橋となることを目指してきました。『互恵』とは、コラボレーションの方法について、双方の関係者が同等の発言権を持つという考え方です。『尊敬』とは、(当事者が)ノーということができるということ。そしてデザインが由来しているところの声を尊重し、理解するということです。そして最後の『報酬』は、正当な報酬を支払うということです。
結局のところ、多くの伝統芸術が消えていく理由の多くは、若い世代が伝統芸術では十分な収入を得られないからです。これは、彼らの経済的な問題にもつながっています」(ホイさん)
ホイさんは報酬をとりわけ重要視しており、コミュニティに確実に利益が還元されるよう、長年に渡って地道な草の根的活動と大がかりな市場構築に取り組んできた。草の根的活動では、少数民族・先住民族の出身者たちがコミュニティ・オーガナイザーとして活躍している。文化の本質を正しく理解し敬意を払うためには、当事者としての視点が欠かせないためだ。このようにRoots Studioは相互扶助と尊敬を大切にして、少数民族・先住民族の人々との信頼関係を、時間をかけて築き上げてきたのだ。
「彼らは、自分たちのコミュニティを対外的に表現することにとても意欲的です。チームにはデザイナーや物語作家、そしてIP(知的財産)の専門家もいて、その橋渡しの仕事をしています」(ホイさん)
さらに、有名雑誌の編集者など今日のカルチャーをリードする多くの人々がアドバイザーとしてRoots Studioに関わっており、その幅広いネットワークも強みだ。そして、ホイさんの挑戦はこれだけでは終わらない。
「世界中にまだ大勢いる“アクセスする手段を持たない人々”のクリエイティビティの可能性を花開かせ、グローバルに羽ばたく機会を作り続けていきたい」と、今後のビジョンを語り、スピーチを締めくくった。
ソーシャルビジネスを活発化させるカギは「インセンティブ」
英国で発行されている経済紙フィナンシャル・タイムズ在日代表の星野さんは、同国におけるソーシャルビジネスの実情にも精通している。
そして後半では、ホイさんのスピーチを受けてフィナンシャル・タイムズ在日代表 星野裕子さんとMASHING UP編集長 遠藤祐子が、英国におけるソーシャルビジネス支援について対談を行った。
星野さんは、「伝統的に、少数民族・先住民族の人々の才能は搾取されてきたと思います。Roots Studioは、収益の25%をアーティストへ還元するというビジネスモデルが素晴らしい」と評した。
「英国や欧州はソーシャルビジネス大国。日本と比べて活況な理由には、どのような社会背景があるのでしょうか?」と、遠藤。星野さんは「金融が基幹産業ということもあり、政府も民間企業もインセンティブ作りが上手。以前よりソーシャルビジネスに対して税制優遇をしたり、さらにそれらをサポートする大企業や投資家が、政府からインセンティブが得られたりする」と解説した。
ホイさんの情熱的なスピーチの余韻に浸りながら、後半は2人による対談が行われた。
日々、さまざまな文化に触れつつ生活している私たちにとっても、異文化との向き合い方は重要な問題だ。相手に対する相互扶助と尊敬はサステナブルな社会を築くビジネス全般において欠かせない要素だと、示唆に富むキーノートスピーチだった。
MASHING UPカンファレンス vol.5
クリエイティビティとビジネスが創る、サステナブルな社会
レベッカ・ホイ(Roots Studio CEO)、星野 裕子(フィナンシャル・タイムズ 在日代表 / コマーシャルディレクター)、遠藤 祐子(メディアジーン MASHING UP編集長 / メディアジーン執行役員)
MASHING UPより転載(2022年1月5日公開)
(文・吉野潤子)
吉野潤子:ライター・英語翻訳者。社内資料やニュースなどの翻訳者を経て、最近はWebライターとしても活動中。歴史、読書が好きです。
https://www.msn.com/ja-jp/news/money/先住民族のアートをデジタル化-ニューヨークの社会起業家に聞く-実現のための3つの柱/ar-AAVqVTG?ocid=BingNewsSearch