服装、背景、左手のブレスレット...チャールズ英国王、初の肖像画に隠されたメッセージ
ニューズウイーク4/11(火) 19:19
<戴冠式行進を4分の1に短縮するなど生活苦の市民に配慮する一方、数々の問題を抱えるチャールズ国王が肖像画で打ち出した新たな英王室のイメージ>【木村正人(国際ジャーナリスト)】

チャールズ英国王(3月31日) ADRIAN DENNIS/Pool via REUTERS
[ロンドン]5月6日に迫ってきたチャールズ英国王の戴冠式の行進ルートが発表された。慈善活動家ら2000人以上の国内外ゲストが招待され、日本からは秋篠宮ご夫妻が参列する。生活費の危機に市民が苦しむ中、「小さな王室」を目指す国王の意向で行進は故エリザベス女王の戴冠式(1953年)の8キロメートルから4分の1の2キロメートルに短縮された。
【写真】バーフォード氏と、彼が描いた肖像画/戴冠式行進のルートと国王夫妻が乗る御車
国王夫妻を乗せた御車はバッキンガム宮殿を出発、ザ・マルを通ってトラファルガー広場南側を曲がり、ホワイトホール(英国の官庁街)を下って移動、戴冠式が行われるウェストミンスター寺院に到着する。御車はギシギシと音を立てながら進むため「悩ましい揺れ」(ビクトリア女王)、「恐ろしい」(エリザベス女王)と評判が悪かったが、改良された。
英王室は内外に深刻な問題を抱えている。王室を離脱したヘンリー公爵(王位継承順位5位)、メーガン夫人との対立を和らげるため、国王は2人に戴冠式の招待状を送った。奴隷貿易について「個人的な悲しみの深さ」を表明している国王は旧植民地国の批判を受け、17~18世紀における英王室と奴隷貿易の関係を調べる研究に協力すると表明した。
女王の戴冠式が行われた53年、英国は依然として砂糖と肉が配給制で、各都市の至る所に爆撃の跡が残されていた。
いま英国をインフレと生活費の危機が直撃する。国王は戴冠式のパレードを大幅に短縮し、公務を担う現役王族の数を絞り込むなど、すでに王室のスリム化に着手している。君主に属する公有地を管理する法人「クラウン・エステート」の洋上風力発電所のリース契約による増益を公共の利益のために使う方針も打ち出している。
■肖像画の貴金属・宝石類は権力、富、地位の象徴だが
英名門ケンブリッジ大学で学んだ国王は貧困問題や環境問題に取り組み、2021年には、環境に優しい取り組みに投資するよう企業を促す持続可能な市場構想「テラカルタ(地球憲章)」を発表している。国王の権限を制限し、人々の基本的な権利と自由の信念をうたった1215年の「マグナカルタ(大憲章)」がモデルだ。
ニュースをイラスト入りで伝える雑誌イラストレイテド・ロンドン・ニュース戴冠式号で発表された初のチャールズ国王の肖像画について、英紙タイムズは「王族の肖像画に描かれる貴金属・宝石類は通常、権力、富、地位を意味する。しかし、チャールズ国王の治世で初めて描かれた肖像画には全く異なるメッセージを持つブレスレットが描かれている」と報じる。
作者の画家アラステア・バーフォード氏(36)はロンドンの外国人特派員協会(FPA)で取材に応じ、「2月にバッキンガム宮殿で開催された生物多様性のためのレセプションで国王に謁見し、2週間で完成させました。その際、国王はアマゾン先住民のドミンゴ・ピーズ氏から気候変動と持続可能性を象徴するブレスレットを贈られました」と打ち明けた。
イングランド南西部ドーセット州出身のバーフォード氏はエリザベス女王の奨学金を受け、巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ・ブオナローティを生んだフィレンツェに留学した。15年には今回と同じイラストレイテド・ロンドン・ニュースの依頼で国王の母を描いている。
「戴冠式で変わるのは国家ではなく個人」
「国王に実際に謁見できるとは思ってもいませんでした。2月ごろに連絡があり、謁見できると言われました。バッキンガム宮殿で生物多様性を支援するレセプションがあり、私は1時間にわたって、国王の前にいて出席者と交流している様子を観察しました」とバーフォード氏は振り返る。
「カメラを持ち込むことを許されませんでした。スケッチブックと鉛筆を持っていくことは許され、携帯電話で何枚か写真を撮ることはできると言われました。そこにいたフォトグラファーの1人にこれでは国王の肖像画は描けないとこぼすと、彼は王室の許可を取った方が良いとアドバイスしてくれました。国王はバッキンガム宮殿の3つの部屋を案内されました」
「最初の部屋で先住民のリーダーたちと会い、ブレスレットやネックレスを贈呈されました。ネックレスの方はちょっと華美な感じがしました。ブレスレットの方が身近な感じがしました。君主の肖像画の多くは国王や女王という個人が見失われてしまう傾向があると思います。個人は肖像画に描かれたローブや内装、建物の豪華さに埋没してしまいがちです」
「戴冠式によって変わるのは国家ではなく、個人です」とバーフォード氏は言う。「そこで私は国王が王室の伝統や文化の中にいるのではなく、もっとカジュアルな服装で、もっとカジュアルに描くことで国王という役割よりも個人を表現したいと思いました。チャールズ国王は明らかに環境問題の王様です。このブレスレットもある種の幻想なのです」
気候変動と持続可能性への取り組みこそ、国王のライフワークなのだ。
■国王が人々と接する時の繊細さと共感
肖像画にはバーフォード氏自身の国王に対する幻想が描かれている。「レセプションで国王を観察していた時、印象的だったのは、彼が人々と接する時の繊細さと共感でした。私はそれを伝えたいと思いました。バッキンガム宮殿に行き、レセプションを見学することで、自分が国王に共感できるようになるとは思ってもいませんでした」
「私が絵を描く時に求めているのは繊細さと共感です。できる限り繊細で共感的な肖像画を描こうと思っています。それは彼と出席者のやり取りを観察していると伝わってきました。撮影した多くの写真やさまざまな報道写真を調べている時、特に母親の葬儀での彼の写真を見ていると涙が出そうになることがありました。それを絵の中で伝えたいと思ったのです」
バーフォード氏は600枚ぐらい写真を撮って家に帰り、心に残った印象と、写真をひっくり返して2週間で肖像画を描きあげた。難しかったのは時間的な制約より、自分が描いている作品と一定の距離を置くことができなかったことだ。作品から離れることで自分の作品について考える間ができる。その時間がいかに重要であるかに気づかされたという。
「その2週間は絵を描いていないと罪の意識を感じていました。技術的な問題もいくつかありました。油絵には乾かす時間が必要ですが、最終的には何とかなりました。私が感じたのは国王の温かさ、思いやり、共感だったのです。彼は、人々が自分に何を伝えようとしているのか、本当に耳を傾け、気にかけているように見えました」とバーフォード氏は話した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/fae25f6538bcdbe0dc964a6d0c9dc40ae464bf5f