WedgeONRINE2023年4月4日
堀井伸浩 (九州大学経済学研究院准教授)
今年4月に札幌で開催される主要7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会合に向けた準備会合において、議長国を務める日本に欧米勢が批判を強めているらしい。日本が準備した共同声明原案について、石炭火力の全廃時期を明示していないことに反発しているという(「日本の共同声明原案、他のG7が反発 石炭火力の全廃時期示さず」)。
昨年ドイツで開催した際にも、欧米勢は具体的な全廃時期として2030年という目標を明示するように主張したのに対し、日本はあくまで時期を示さない「段階的廃止」を譲らなかった。今回も同様の書きぶりで臨もうとする日本に対し、欧米勢は不満を強めているというのだ。
建前もかなぐり捨て化石燃料を爆買いする欧州
しかし自らを棚に上げてよくぞ言えるなと呆れるばかりである。欧州はウクライナ戦争の開戦以降、世界中から化石燃料を買い漁っており、目の敵にする石炭についても欧州は昨年1億7600万トン輸入している。これは世界の石炭輸入量の13%に当たり、大きなシェアではないが、日本をわずかに下回る水準でそれなりの存在感があるとも言える。
注目すべきは、ロシアへの制裁の一環として22年8月以降、欧州連合(EU)はロシアからの石炭輸入を禁止しているにもかかわらず、22年は20年に比べ石炭輸入量が38%も大幅に増加している点である。ロシアからの輸入分を他国からの輸入で代替するだけに止まらず、輸入量全体を大きく増やしたというわけだ。
前年のEU(本稿で欧州という場合、EU加盟国以外の国々も含む欧州全体を指す。したがって欧州の石炭輸入量とEUの石炭輸入量は一致していない) のロシア産石炭の輸入量は5200万トンで輸入量全体の45%を占めていた。代替先の一例はコロンビアからの輸入であるが、欧州は従来コロンビアの石炭は先住民族を圧迫し、環境問題を発生させている「血まみれの石炭」として糾弾してきた。しかし自国のエネルギー供給が危ういと見るや手のひらを返し、ドイツのシュルツ首相はコロンビア大統領に「個人的に」電話してコロンビア炭の出荷増を要請、実際にドイツの22年10月までのコロンビアからの石炭輸入は前年比4倍となったという(「脱炭素はどこへ?「血まみれの石炭」に手を染める欧州」)。
似たようなことはガスでもあり、ロシアからガス供給を絞られ代替供給先を探していたドイツはカタールと液化天然ガス(LNG)の大型長期契約を22年11月に結んだ。ちょうどサッカーワールドカップ(W杯)開催期間中であったが、W杯ではドイツをはじめ欧州の国々は開催国カタールの人権問題について強烈に批判していた。
一方でカタールをこき下ろしながら、自国のエネルギー確保のためにはその相手と握手をしているわけで、要するに、欧州の国々は平気で二枚舌を使って交渉しているということだ。欧州の言行不一致は人権問題に限らず、気候変動問題でも同様である。カタールのエネルギー相は「石油、天然ガスを掘る企業は悪魔のようだと非難していた国が、いまはもっと掘れだ」と皮肉たっぷりにインタビューに答えたというが、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)などの場で石炭をはじめとする化石燃料排斥を声高に叫んできた欧州が化石燃料買い付けに躍起になる姿は滑稽である。
再エネ主力電源化は程遠い欧州の現実
欧州はあくまで緊急時にやむなくそうしているだけだというスタンスなのだろう。但し、ロシアから輸入していたガスや石炭を他の国からの輸入に振り替えているだけというわけでもない。
例えば、22年の石炭消費量が欧州全体で6億8500万トンと20年比で17%増加しており、そのうちEUは4億7800万トン、同22%の増加となっているのだ。
そもそもロシアからガスや石炭の輸入が出来なくなったのなら、これまで化石燃料を貶める代わりに持ち上げていた再エネで減少分を埋め合わせればいいではないかと言いたくもなる。ところが再エネの発電量自体は拡大したものの、化石燃料の占めるシェアは一向に減少してこない。
図1はEUの2022年の発電量について電源別に前年度からの変化を示したものである。図の通り、石炭火力は26テラワット時(TWh)もの大幅な増加になっているし、ガス火力も12TWhの増加である。
石炭の消費量ひいては輸入量が増えたのと同様、ガスや石炭を用いた発電量も増加している。他方、EUが従来より注力してきた風力は32TWh、太陽光は38TWhと合わせて70TWhと、確かに化石燃料の合計38TWhの倍近い大幅な伸びを示している。
とは言え、原子力と水力による発電量が大幅なマイナスとなったことで22年は発電量全体では84TWhもの大幅な減少となった。原子力は合計118TWhもの減少でとりわけフランスの減少が著しい。
フランスの原発は老朽化に直面しており、22年夏には総数56基のうち18基が定期点検、12基が原子炉の配管の腐食などの不具合のため、すなわち半数を超える30基が停止中であった。またフランスの原発は河川から冷却水を得ており、干ばつで水量が大きく減ったことで運転中の原発も出力を低下させざるを得ない状況だったという(「猛暑で原発が出力低下?深刻な“電力危機”に直面するフランス」)。また水力も干ばつの影響を受けるなどして64TWhもの大幅な減少である。
水力の不調は気候条件によるものであり、ひとまず措くとして、原子力の118TWhもの減少がなければ化石燃料による発電の増加は必要なかったとは言えるだろう。原子力の脱落は一時的な影響であり、再エネ導入がここ数年を更に上回るペースで進んでいけば、2年程度で原子力の抜けた穴を埋め、その後ガスはともかく石炭による発電は減らしていけると見えるかもしれない。
しかし図2を見ると、19年から22年に至るまで、再エネの発電設備容量は相当に増強されたにもかかわらず、再エネによる発電量全体に占めるシェア(図中のオレンジの折れ線)が一向に上がっていない。具体的に言えば、19年から21年にかけて風力は16%、太陽光は22%も大幅に設備容量が増加したが、図2の通り、再エネのシェアは高い月で45%、低い月は35%を割り込んでしまうことは変わらない。
この再エネの大きな出力変動によって不安定化する電力供給に対して、火力が臨機応変に出力を調整することで供給バランスを維持する役割を果たしている。先程の再エネによる発電シェアの折れ線とほぼ相反する動きで火力発電の占めるシェア(図中の茶色の折れ線)が変化しているのはその表れである。
リスクの高いガス火力による供給調整
もう一点、注目すべきは22年の年初から9月までの火力発電のシェアが過去2年よりも高い水準で推移していることである。10~12月のデータが原稿執筆時点で未公開なので冬季の推移は不明であるが、春から夏にかけては20年と21年よりも火力発電のシェアが大幅に高い(19年よりは低いが、同年は再エネのシェアが低い)。
これは夏に原子力と水力の出力が低下した際に、再エネはその穴をカバーすることができず、火力発電が代わって役割を果たしたことを意味する。当時ガスも石炭も価格が高騰しており、経済性から言えば火力発電を運転するメリットが小さかったことを考えれば、再エネが供給増の期待に応えることができなかったということになるだろう。
以上のような現状を踏まえれば、G7において石炭火力撤廃の期限を30年までと定めたとして、欧州の国々が実現できるのかどうかは甚だ疑問である。出力変動の大きな再エネの比率をこれまで以上に引き上げていくことと、火力の比率引き下げを同時に行おうとするなら、蓄電池のような出力変動の調整手段が必要となるが、経済性の面から負担可能な水準になる時期は現状見通せず、少なくとも30年までにとは到底あり得ないだろう。
また水力が想定通りの出力を出せない事態はここ数年だけの特殊な状況とも考え難く、今後も発生することになりそうだ。気象条件悪化などによる突発的な出力低下をカバーできるのは柔軟に出力調整できる火力発電であり、再エネでは難しい(そもそも自らが火力の柔軟性におんぶにだっこの状態だ)。
そして石炭火力を撤廃してガス火力だけでその任を担わせるとして、ガス価格が高止まりした場合に本当に可能なのか。世界のガス供給の主軸を担っていたロシアが30年までに市場復帰する可能性は非常に低いだろう。それなのに欧州が煽っている脱炭素キャンペーンで、石炭はもちろん、石油・ガスの上流投資は16年以降冷え込んでおり、ロシア以外の供給能力の増強にも期待できない。
そのような状況の下、石炭排斥で代替としてガス需要が伸びた場合、ガス価格の更なる上昇が予想される。その場合に、ガス火力だけで必要な調整力を担うことは家計や産業に与える経済的打撃を考えると可能とは思えない。欧州の国々で昨年、エネルギー高騰に反発するデモが頻発し、各国政府もさまざまな補助金でなだめようと必死だったことを想起すれば尚更である。
途上国が見透かす欧州の欺瞞
つい最近EUは、2035年に電気自動車以外の自動車の販売を禁止するとしていた従来の目標をe-fuel(再エネ由来の合成燃料)を使用するエンジン車についても販売を認めると修正した。電気自動車は中国勢と米国のテスラが気を吐く現状で、欧州自動車メーカーの立ち入る余地はなさそうである。そのためドイツやイタリアなどが国内の自動車産業の衰退を懸念して目標の「下方修正」を求めたということのようだ。いずれガソリン車も何らかの形で販売が認められるまで目標は「下方修正」されるという見方もある。
筆者はこうした欧州の現実路線への転換(敢えて変節とは呼ばない)は歓迎すべきことだと考える。そもそも気候変動の国際交渉における極度に理想主義的で現実性を欠いた欧州の態度が問題であり、実際、途上国は反発を露わにしている。
COP27ではインドが、カーボンニュートラルを言うのであれば石炭だけでなく、全ての化石燃料の段階的削減をすべしという趣旨の声明を出し、環境保護団体などは大いに沸き返ったようだ。しかしインドの言わんとすることは、自分たちはちゃっかりガスへと転換した上で、石炭を悪の元凶のようにしてこき下ろして途上国にも石炭撤廃を迫ってくる欧州に対する当てこすりと捉えるべきだろう。
ガスは途上国にとって高価なエネルギーであり、多くの途上国が経済成長を実現するために石炭が果たすことのできる役割は依然として大きいのである。COP27ではインドに限らず多くの途上国から、欧州が化石燃料を爆買いし、化石燃料の価格を高騰させた結果、例えばパキスタンやバングラデシュでは停電が頻発するなど、途上国のエネルギー調達を困難に陥れたと、非難の声が数多く上がった。
COP27は先進国と途上国の断絶が明白で、最終結果は途上国の勝利とする論評は多い。経済成長を気候変動よりも優先、気候変動への取り組みは先進国による経済支援が大前提、別に気候変動で途上国が被ってきた被害も補償、という途上国のスタンスがほぼ認められる結果で終わった。欧州が必死に押し込もうとした、気温上昇を1.5度以下に抑えるために温暖化ガスを更に排出削減する対策強化の提案は黙殺された。
それなのに相も変わらず理想論を振りかざし、非現実的な目標を言い募るばかりか、途上国にも無理な対策を講じるよう圧力をかけることは分断を更に広げるだけだ。欧州の電力供給の現状を見ると、今回のG7で30年までの石炭火力撤廃を打ち出すことは電気自動車の目標「下方修正」と同様の無責任な結果となる可能性が高いというのが本稿の見立てである。そうなったら欧州、ひいては先進国への途上国の視線は一層厳しいものになるだろう。
その意味で、日本が段階的廃止の期限を示さないことは現実的で責任ある態度と言うべきで欧州に非難される筋合いはないと考える。わが国は火力発電の脱炭素に向けたさまざまな取り組み(例えば水素・アンモニア混焼や二酸化炭素の回収・利用・貯留(CCUS))をきちんと進めているからだ。
G7アジア代表として低炭素化推進が求められる日本
わが国はG7の構成国の中でアジアに位置する唯一の国である。世界の石炭の半分以上を消費している中国を除いても、世界の石炭消費の80%がアジアで消費され、中国を除いた石炭消費量でみてもその56%がアジアの国々による消費である。
現状は過去に石炭を活用しながら経済発展に成功し、その後石炭への依存も低下させた国々が石炭を悪魔化して、今後の経済成長を目指して石炭を必要としている途上国に圧力をかけている構図である。先進国は割高でもガスを使う余裕があるが、途上国はエネルギーコストを節約し、その分を成長投資に振り向けたいと考えるのは当然である。
先進国が石炭を排斥し、ガス消費量を増やせばガス価格上昇を招き、途上国の負担はますます大きくなり、経済発展が制約される。これがインドの言わんとするところなのだ。
欧米の非現実的な理想論に唯々諾々と迎合するのではなく、わが国はアジアの代表として、石炭火力の低炭素化をアジアの国々とともに進めていくことこそ経済成長と両立する現実的に有効な気候変動対策であるとG7では堂々と主張してもらいたい。

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