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北海道新聞2023年4月29日 14:00
生涯をかけて問い続けてきたアイヌ民族の誇りを次世代へ-。アイヌ民族の権利回復運動の草分け的存在で、詩人、古布絵(こふえ)作家の宇梶静江さん(90)=北海道・胆振管内白老町在住=のドキュメンタリー映画「大地よ~アイヌとして生きる~」(藤原書店製作、金大偉監督)の劇場公開が4月29日、東京都内の劇場を皮切りに始まりました。幼少期から大切にしているアイヌ民族の知恵や文化、土地や言葉を奪われた民族としての葛藤や差別の経験など、宇梶さんの語りや詩、古布絵作品の表現を通じて、自然と共生するアイヌ民族の精神を伝える内容です。映画公開を迎えた心境を宇梶さんに聞きました。(東京報道センター 大沢祥子)

インタビューに答える宇梶静江さん=4月25日午後、東京都内(金田翔撮影)
うかじ・しずえ 1933年(昭和8年)、北海道・日高管内浦河町生まれ。札幌北斗中を経て23歳で上京。72年に朝日新聞に「ウタリたちよ、手をつなごう」と投稿してアイヌ民族の団結を呼びかけ、反響を呼んだ。96年からは古い布に刺しゅうを施して叙事詩ユカラ(「ラ」は小さい字)の世界を表現する独自の手法「古布絵」作家としても活動する。2010年公開のドキュメンタリー映画「TOKYOアイヌ」に出演。11年に吉川英治文化賞、20年に後藤新平賞を受賞した。著書に「大地よ!」(藤原書店)など。21年11月に胆振管内白老町へ移住した。一般社団法人「アイヌ力(ぢから)」代表。俳優の宇梶剛士さんは長男。
■北海道は「無理のない風景、居心地良い」
――撮影・編集に約5年かかった映画がいよいよ公開です。長男で俳優の宇梶剛士さんがナレーションを務めています。
「実はまだ、剛士がナレーションをしている完成版は見ていません。どういう映画になったのか私自身とても楽しみです。アイヌは自然に対して祈り、対話する。北海道の大地も見どころで、自然の風景を目に焼き付けてほしいですね」
――2020年に出版した自伝「大地よ!」(藤原書店)が映画化につながったそうですね。
「まさか映画までできるとは思っていませんでした。本の編集作業の時などに金大偉監督が来てカメラを回していました。本を作る過程の延長のような形で映画化が決まったので、私自身は特に映画と意識せず、普段から思っていることをカメラの前でそのまま話していたわけです。撮り始めたころは、北海道に移住するとも思っていませんでしたね」
――2021年11月、65年間住んだ関東から北海道・胆振管内白老町にUターンしました。
「まず、良かった、というのが一つの答えです。やっぱり、海があって山があって、自然がたくさん。これが無理のない風景なんです。その環境にいることがとても居心地がいいですね。応援してくれている仲間がいて、アイヌの行事に呼ばれたり、何かあると私も積極的に行って勉強したりしています」
■競い合いや議論「やったれやったれ」
――北海道の生活でどんなことを感じていますか。
「今、アイヌが動き出しているのを感じています。例えば、刺しゅう。前は誰かがアイヌのことをやるとアイヌの中で引っ張り合いをして悪口ばっかり言ってたんです。いまは、誰がうまいとかどの賞をとったとか、刺しゅうの腕の競い合い。これは良いことなんですよ。やったれやったれ、あなた方がそういうディスカッションをするとアイヌが動くのよ、って私は喜んでいます。女の人たちが芸術で競っていると男の人たちも動かされるんですよ。木彫りも盛んになってきて、海外に広めようっていう人たちもいる。全般的な動きというのを感じますね」
――アイヌが動き出しているという良い手応えがあるんですね。
「この頃、『前はアイヌやってないからアイヌじゃなかった』『アイヌをやる人たちを批判していたけど、この間からアイヌ問題をやりだした』なんて冗談を言いながら私のところにやってくるアイヌたちがたくさんいます。そうだよねと納得できる。私だってアイヌをやるために東京に行ったわけじゃない。でも和人の勉強をしていく中で文字を持って世界の本を読んだことで、アイヌはどうなっているだろうと考えることから始まって、触発されてアイヌ問題をやろうと高まっていったわけです。そういう冗談を言って笑えるのは、自らをアイヌだと自覚するアイヌが多いということ。自分自身が認めるだけでも違うじゃないですか。そういうふうに思ってくれれば、自分を語れる。そういう中から、『俺も』『私も』となって文化になっていくのかなと思います」
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https://www.hokkaido-np.co.jp/article/838946/