北海道新聞 08/18 10:37
朝鮮学校への補助金停止に反対する声明を出したことなどで千通近い懲戒請求を受けた札幌市の弁護士３人が今月下旬、道内の請求者５２人に対し、損害賠償を求める訴えを札幌地裁に起こす。問われるべきは、在日韓国・朝鮮人を批判する匿名ブログにあおられた請求者の「軽率さ」でなく、請求書一枚一枚ににじむ、激しい差別的主張だ。特定の人種への憎悪をあおり差別を助長しようとした、この「ヘイトスピーチ」の本質を、私たちは法廷を通じ、しっかり見極めなければならない。
ヘイトスピーチは「差別扇動表現」と訳され、法務省によると、特定の人種や民族などに対する脅迫的言動や侮辱的言動、社会からの排除をあおることなどを言う。２０１２年ごろから東京・新大久保や川崎市などで激化。「国へ帰れ」「○○は殺せ」などと主張するデモが頻発した。
道内も例外ではない。私が初めて、ヘイトスピーチによるデモと、それに反対する「カウンター」の大規模衝突を取材したのは１７年夏。札幌市中央区の大通公園周辺、多くの買い物客や親子連れが集う中で、あんな「闘い」が起こるとは思わなかった。
差別に反対する約１００人の「カウンター」が「レイシスト（差別主義者）帰れ！ 帰れ！」と激しく抗議し、特定の民族への憎しみをあおるヘイトスピーチをかき消した。警察官に何度も歩道に押し戻されながらデモ隊に詰め寄り、行く手を阻んだ。行動で差別を止めようとしていた。
ヘイトスピーチ対策法施行から３年以上が過ぎたが、同法に罰則規定はなく、路上でもインターネット上でもヘイトは後を絶たない。在日韓国・朝鮮人だけでなく、アイヌ民族に対しても、存在そのものや、先住性を否定するなどの差別的発言が渦巻く。だが戦前に言論統制があった日本では、今も「表現の自由の侵害につながる」とヘイト規制への慎重論は根強い。
「表現の自由」。憲法２１条に定める民主主義に不可欠な、この大事な権利について、深く考える機会があった。
参院選終盤の７月中旬、安倍晋三首相の演説中、道警の警察官らが、ヤジや批判の声を上げた男女を現場から引き離し、プラカードを掲げようとした市民団体の女性を取り囲んで遮る事件が起きた。
政権へのヤジや批判を、恣意（しい）的に排除することは決して許されない。一方で、差別や憎悪をあおるヘイトスピーチは排除しなければならない。政権批判の機会を守ろうと主張する私たちも、差別的発言を正当化する人々も、同じ「表現の自由」を掲げる。一方の表現は守り、他方は排除する。私はその理由をどう説明するのか。必死に考えた。
個人の尊重をうたう憲法１３条は「最も重要な条文」とも言われる。一人一人を自律した個人として尊重する考え方は、基本的人権につながる憲法の要だ。とりわけ弱者・マイノリティーの尊厳が守られなければならない。個人を尊重することは個人が属する集団を尊重することでもある。
さらに、法の下の平等を定める１４条は１項で、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」により、政治的、経済的、社会的関係で差別されないと明示する。ヘイトスピーチは、このどちらの条文にも、憲法の理念にも反する。
１４年７月、大阪高裁は、京都の朝鮮学校に対して「朝鮮半島に帰れ」などと繰り返したヘイトスピーチについて、「人種差別にあたる」と判断。「表現の自由の濫用（らんよう）であって、法的保護に値しない」とした判決が確定している。
差別的表現で攻撃する人と、差別的表現で被害を受ける人との間は、対等ではありえない。激しい攻撃に恐怖を感じ、傷つく当事者が言葉を失っていく。それこそ、表現の自由の侵害に他ならない。ならば、周りの一人一人がカウンターとなり「間違っている」と叫ばなければならない。
差別的言動を行う人々は「ヘイト」と呼ばれることに反発する。ネットを含めて、さまざまな形で猛抗議する。だが差別的発言や扇動はヘイトであり、ヘイトは「表現の自由」の範疇（はんちゅう）にないと、毅然（きぜん）と向き合わなければならない。
私たちの社会のあちこちで、今も差別と反差別の闘いが続く。どちら側の人間として生きるか。差別する側には立たない、力で押さえ込もうとする側には立たない。闘う覚悟を持ち続けたいと思う。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/335697
朝鮮学校への補助金停止に反対する声明を出したことなどで千通近い懲戒請求を受けた札幌市の弁護士３人が今月下旬、道内の請求者５２人に対し、損害賠償を求める訴えを札幌地裁に起こす。問われるべきは、在日韓国・朝鮮人を批判する匿名ブログにあおられた請求者の「軽率さ」でなく、請求書一枚一枚ににじむ、激しい差別的主張だ。特定の人種への憎悪をあおり差別を助長しようとした、この「ヘイトスピーチ」の本質を、私たちは法廷を通じ、しっかり見極めなければならない。
ヘイトスピーチは「差別扇動表現」と訳され、法務省によると、特定の人種や民族などに対する脅迫的言動や侮辱的言動、社会からの排除をあおることなどを言う。２０１２年ごろから東京・新大久保や川崎市などで激化。「国へ帰れ」「○○は殺せ」などと主張するデモが頻発した。
道内も例外ではない。私が初めて、ヘイトスピーチによるデモと、それに反対する「カウンター」の大規模衝突を取材したのは１７年夏。札幌市中央区の大通公園周辺、多くの買い物客や親子連れが集う中で、あんな「闘い」が起こるとは思わなかった。
差別に反対する約１００人の「カウンター」が「レイシスト（差別主義者）帰れ！ 帰れ！」と激しく抗議し、特定の民族への憎しみをあおるヘイトスピーチをかき消した。警察官に何度も歩道に押し戻されながらデモ隊に詰め寄り、行く手を阻んだ。行動で差別を止めようとしていた。
ヘイトスピーチ対策法施行から３年以上が過ぎたが、同法に罰則規定はなく、路上でもインターネット上でもヘイトは後を絶たない。在日韓国・朝鮮人だけでなく、アイヌ民族に対しても、存在そのものや、先住性を否定するなどの差別的発言が渦巻く。だが戦前に言論統制があった日本では、今も「表現の自由の侵害につながる」とヘイト規制への慎重論は根強い。
「表現の自由」。憲法２１条に定める民主主義に不可欠な、この大事な権利について、深く考える機会があった。
参院選終盤の７月中旬、安倍晋三首相の演説中、道警の警察官らが、ヤジや批判の声を上げた男女を現場から引き離し、プラカードを掲げようとした市民団体の女性を取り囲んで遮る事件が起きた。
政権へのヤジや批判を、恣意（しい）的に排除することは決して許されない。一方で、差別や憎悪をあおるヘイトスピーチは排除しなければならない。政権批判の機会を守ろうと主張する私たちも、差別的発言を正当化する人々も、同じ「表現の自由」を掲げる。一方の表現は守り、他方は排除する。私はその理由をどう説明するのか。必死に考えた。
個人の尊重をうたう憲法１３条は「最も重要な条文」とも言われる。一人一人を自律した個人として尊重する考え方は、基本的人権につながる憲法の要だ。とりわけ弱者・マイノリティーの尊厳が守られなければならない。個人を尊重することは個人が属する集団を尊重することでもある。
さらに、法の下の平等を定める１４条は１項で、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」により、政治的、経済的、社会的関係で差別されないと明示する。ヘイトスピーチは、このどちらの条文にも、憲法の理念にも反する。
１４年７月、大阪高裁は、京都の朝鮮学校に対して「朝鮮半島に帰れ」などと繰り返したヘイトスピーチについて、「人種差別にあたる」と判断。「表現の自由の濫用（らんよう）であって、法的保護に値しない」とした判決が確定している。
差別的表現で攻撃する人と、差別的表現で被害を受ける人との間は、対等ではありえない。激しい攻撃に恐怖を感じ、傷つく当事者が言葉を失っていく。それこそ、表現の自由の侵害に他ならない。ならば、周りの一人一人がカウンターとなり「間違っている」と叫ばなければならない。
差別的言動を行う人々は「ヘイト」と呼ばれることに反発する。ネットを含めて、さまざまな形で猛抗議する。だが差別的発言や扇動はヘイトであり、ヘイトは「表現の自由」の範疇（はんちゅう）にないと、毅然（きぜん）と向き合わなければならない。
私たちの社会のあちこちで、今も差別と反差別の闘いが続く。どちら側の人間として生きるか。差別する側には立たない、力で押さえ込もうとする側には立たない。闘う覚悟を持ち続けたいと思う。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/335697
