一昨日は膝が冷えると、つぶやきました。 今夜はキーボードに置く手が冷
えます。 こんな夜に思いだすのはひとつの言葉と一人の女性です。
言葉は「地球は青かった」、女性はM大学生。
この言葉を読んで「あーそうだ」と思う人も少なくなっているかも知れません。
「人類名言集」とでもいうものがあったとしたら入れられていてもいいものなの
ですが、どうやら実際に言われた言葉ではなさそうです。
言ったとされている人はユーリイ・ガガーリン、1961年に人類最初の宇宙
飛行に成功した旧ソ連邦の空軍兵士、言ったという時期は彼が地球を一周し
帰還した後のインタビューのようです。
下のURLで、
(下記URLをドラッグし右クリックしてみて下さい、該当ページに移動できます)
http://hoshi-biyori.cocolog-nifty.com/star/2006/03/post_741b.html
(このブログはガガーリン記事を追っています、あとで時間をとって読んでみ
たいと思います、みなさんも参考にしてみて下さい。ガガーリンについての概
要はWikiなどで当ってみて下さい。)
当時1961年4月頃、私は民主青年同盟の専従でした。 生活費は同盟費に
よって賄われていたので食うだけでギリギリという状況でした。メガネが必要と
なりその費用をどう工面しようかと悩んでいた時、同盟のM大学班からカンパ
が寄せられたのです。「専従者にメガネを!」という訴えが出されて、必要な金
額が寄せられました。
それを届けてくれたのが、Mという班長、ありがたく頂きながら彼女と語り合っ
たのがガガーリンのことでした。 彼が宇宙飛行を続けながら「詩」を詠ったとい
う報道があり、宇宙飛行士という高度の知識と技術を体得し、なお詩的センス
も発揮し得る人間像が「共産主義社会」で生れているのだ、ということを。
そのソ連観はいまから見ればあまりにも楽天的ですが、そのソ連共産党の苛
烈な日本共産党への干渉と闘いながら勝ちえた科学的社会主義の未来社会
論での人間観は彼女と語り合った人間像と一致しています。
仲間の暖かい思いと科学性に裏付けられた熱い展望は、こういう夜のなによ
りの暖かさで、寒い夜が教えるのは春が間近だという予感です。