葉山の四季

葉山の四季をお伝えしたいと思います。

2021年4月23日(金)の「しんぶん赤旗」

2021-04-23 12:30:41 | kaeruの「しんぶん赤旗」

2021年4月23日(金)の「しんぶん赤旗」

こちらをクリックしてください、

https://www.jcp.or.jp/akahata/

 

主張潮流

https://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/html/column.htm

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

速報「しんぶん赤旗」—明日の紙面の前に視聴を……。

2021-04-22 17:26:41 | kaeruの「しんぶん赤旗」

志位委員長記者会見

緊急事態宣言、発令について 2021.4.22

#志位和夫 委員長会見

youtube#video

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2021年4月22日(木)の「しんぶん赤旗」

2021-04-22 17:23:30 | kaeruの「しんぶん赤旗」

この時刻での発信では夕刊「しんぶん赤旗」になってしまいました。

2021年4月22日(木)の「しんぶん赤旗」

こちらをクリックしてください、

https://www.jcp.or.jp/akahata/

 

主張潮流

https://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/html/column.htm

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

腰砕け

2021-04-21 22:08:50 | 病は道連れ

やはり過ぎたるは及ばざる如し、でした。

調子づいて歩き過ぎました。半分の2000歩くらいで戻って来て、明日もまたと余裕をもつべきでした。今日一日腰をかばって床中心スタイル、寝ながら足首を動かしています。

昨日の「歩こう!」構えは腰砕けになり、腰抜けスタイルに……、これも我が身です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2021年4月21 日(水)の「しんぶん赤旗」

2021-04-21 10:32:45 | kaeruの「しんぶん赤旗」

2021年4月21 日(水)の「しんぶん赤旗」

こちらをクリックしてください、

https://www.jcp.or.jp/akahata/

 

主張潮流

https://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/html/column.htm

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

部分死……、そして「あの世物語」。

2021-04-20 23:57:45 | 病は道連れ

朝、足を見たら足首から先が白い、触ると冷たい、なるほど血液が足首から先へあまり行っていないのだ。19日間ほとんど歩いていなければ、血液も必要なくなるのだろう。

ということで、今日は歩いた、4000歩近く……、歩けることが分かったが歩き過ぎることも分かった。腰が痛い、帰りのバスから降りて300歩くらいが辛い、前ががみになる、杖があれば使っただろう。そういえば逗子の駅のまわり歩く老人の杖姿が目につき、それを見てあえて腕を後ろに組んで歩いてみたりした。

風呂に入る前足の色はかなり普通に戻っている、風呂上りの足はまったく元に戻っていた。我が身体を支え移動を保障する頼もしき脚である。

一昨年亡くなった娘、死に近いときの娘の足を思い出した、白く冷たく伸びていた、心臓から一番遠い身体の部分。19日間などという期間ではなく、数十日間歩いていなかっただろう。足を摩ったりマッサージ師に通ってもらったりしていたが、やはり自然の血流にはならなかったのだ。足先へ血流を届けなくなった心臓はその働きを弱めていったに違いない。

一個の人体はそれ自体一個の有機体だから全ての部分は相互関係のなかにある、部分の死は全体の死の一時期なのだ。

同じ末端であるが手首から先はまったく普段通り、それは当然で寝たきりであっても手はかなり動いている。それに何度もの採血があり、心臓へ何やらを挿入する入口にもなった、心臓を主戦場だとすれば前線基地の役割を果たしてくれた、食事をはじめよく我が身を支えてきた。

要は「使う個所には血が通う」ということなのだ、すると我が身の肝心な部分・脳に対しての血流はどうだったか?

準備された入院だったら本の1、2冊は持ち込んだろうし、アイパッドもベットの脇の置かれていただろうが、それらが無いスマホ頼りの病床生活で、スマホで書きこむというのは不自由な作業だった。とは言え、去年の腎盂炎の高熱のなかでの脳内劇場=あの世でのバスの旅物語は、面白かった、まだ書き足りない部分があるのでそのうちつぶやいておきたい。

こうなるとこの間、脳は何をやっていたのだろう、心臓に負担をかけまいと活動を自粛していたとも思えない。意識的な動きが無くてもうつらうつらの夢状況か無意識のなかか浮かんでくる意識性の影のようにものをとらえていたか。それが前にふれた心臓検査前夜の「死への意識」だったのだろう。「オイオイ何を考えているのだ」と言いきかせたと記したが、それは「やはりそんなことを考えていたのか、分かる」とうなずいたうえでの己に対する言葉だったと思う。

意識が脳の機能の現れであると同様無意識も脳機能であれば、作用と反作用の関係にある。意識の弁証法ともいうべき相互関係のなかで相互に深みを増していく、そんなふうに思える。死生観とか「生きる死ぬ」を意識の水準に置いてみると、同様な関係が見えてくる。足なら足、手なら手の部分死と身体全体の死との関係にそれは見られると思う。あわせて肝心なことは部分が同時に全体であるような、心臓とか脳あるいは肺などは、その部分の死が全体死につながっている。

なかでも脳の独自機能の意識する能力、その本質的機能である創造性が生の達成点として死(あくまでも個体としての)をとらえれば、死は生のなかに包みこまれていくに違いない

さてこれは、平熱のもとでの「あの世物語」の続編なのだろうか。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2021年4月20 日(火)の「しんぶん赤旗」

2021-04-20 10:35:25 | kaeruの「しんぶん赤旗」

今日から再発信します、宜しくお願いします。

2021年4月20 日(火)の「しんぶん赤旗」

こちらをクリックしてください、

https://www.jcp.or.jp/akahata/

 

主張潮流

https://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/html/column.htm

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生の床、死の床。

2021-04-19 19:20:18 | 病は道連れ

18泊19日という日程で旅をしてきました、とつぶやきたいものですがここは入院を終えました、と記すところです。

心臓の検査が予定された前日、どういうわけか明日の夜もこうして目を天井に向けているのだろうか、という思いが浮かんできて「オイオイ何を考えるのだ」と自分に言いきかせていました。やはり心臓に難があるらしいということが潜在している思いを浮かびあがらせたのでしょう。

手術の前夜は全くそんな気も起きてこないのですから、人の気持ちはわかりません。それにしても病院のベットは幾人もがそういう思いで目を天井に向けた場であったでしょう。ある意味ではそれは生の床であり同時に死の床でもあったのです。

そんなことを考えて、我が家の我が床に身を横たえると、なるほどここが我が身の収まるべき床であると深くうなずけるのです。

帰りの車中で、妻から近所のご婦人の訃報を聞きました。80歳5、6だったでしようか、10年ほど前にご主人を亡くされひとり暮らしを続けてこられていました。この半年くらい軽い認知症という感じで挨拶をしても反応がなかったりしてました。少し前に自宅前で役場の人2、3人が息子さんらしい人とご本人を囲みながら話しているのに出会いました。

4、5日前に息子さんが連絡を入れても返信が無い、急ぎ来てみたら自宅の炊事場で倒れてすでに亡くなっていたとのことです。息子さんが同じ町内会の組のなかを挨拶にまわられて話されたそうです。

次もひとり暮らしの訃報、私のこのブログで以前何回か「つぶやき」ました小父さんのことです。昨年の今ごろでしょう、それまで定期的に夫婦で伺い夕食と晩酌を共にしていたのですが、私の体調不良もあって伺えない月が重なっていたある日、息子さんから妻に電話、父と電話連絡が取れない様子を見て来てくれないか、とのことでした。

小父さんの息子さんは勤務先であり世帯を持っているのが仙台市近く、毎週日曜日夜には必ず父親と電話で交信してきたそうで、今までなかったことで心配ですと。妻が駆けつけたが鍵がかかっていて入れず、救急に来てもらい一緒に入ってわかったのはやはり室内で倒れていたそうです。声かけに反応があり直ぐ救急車で病院へ向かったとのことでした。

半月ほどその病院で様子をみていましたが、息子さんの判断で自宅の近くの病院に移りましたが半年くらいで亡くなりました、意識は戻らなかったとのことです。

こういう例はそれほど珍しいことではなくなっているのではないでしょうか。「2025年問題」と称されることがあります。

この「つぶやき」では、ここでいう〝団塊の世代〟の一世代上の世代ですが現在の70 歳台は接続した世代として、今のままでいくと同様なことがもっと広がっていくのではないでしょうか。とても自助では解決しません、互助も大切ですがこれもお互いが同じような状況ですから、頼り過ぎるわけにはいきません。やはり公助=政治が本気になって対応するという構えに立てねば解決の道は見えてこないでしょう。

そんなことを考えると、これは気張らねばとの思いが強まります、やはり一番元気になるのはこれかな。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

尿瓶の俳句

2021-04-18 16:24:47 | 病は道連れ

尿瓶(しびん)をはじめて使いました。尿瓶、日常どこにもあるというものでもないので一応写真を、

これは病院のものではありません、ネット上の商品広告です、使ったのは円筒の感じで色は白で使い古した感じでした。15日の心臓手術のあと病棟が替り病室のベットに尿瓶がセットされていました。

泌尿器科では何回も入院をして来たのですが尿瓶は見たことがありませんでした、術後の対応として尿道に管を入れるということが多かったし、おむつの使用という対応でした。

使ってみると便利、家でも使いたいと思いました。

尿瓶を手にしたとき、金子兜太のNHKの「ようこそ先輩」という番組を思い出し、尿瓶を詠んだ俳句とか母校の小学六年生の教室で尿瓶を片手に話されていた画像が頭に浮かんで来ました。何かしながら見た所為もあり尿瓶ということで、子供に対してなぜ尿瓶なのか?という違和感もあった気がします。

ネットで見ましたら2006年12月の放映で、手にしていたのは文字通り瓶、ガラス製のものだったと思います。ですからその時詠んだ句のひとつに、

小学生尿瓶透かして枯山見る

があります。ガラスの筒を透かして見る周りの山は見なれた形ではなく、歪んだり広がったりして面白く見えたことでしょう。泌尿器とか排泄とか日常的には隠すべき「生活」、それとつながった器を子供たちの手に渡し、自由に使わせる。そこに金子兜太の生命観人間観社会観につながる俳句観があります。

去年今年生きもの我や尿瓶愛す   (兜太遺句集『百年』)

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「二病息災」

2021-04-17 14:12:08 | 病は道連れ

「一病息災」を借りて言えば「二病息災」ということになってしまいました。

 15日の手術、説明書には「経皮的冠動脈形成術・ステント留置術」とありますが、この手術の結果最初、追加検査、必要なら追加手術と言われたのです。幸い「これから一カ月毎の定期検査で様子をみましょう」ということになりました。

 それならば直ぐ退院を、と思ったら息子の方が「オヤジが退院できない、と言うから仕事を組んじゃったよ、月曜日一番で行くから」と言う訳。一日に入院したので退院日含めて19日間、十数年前に小腸の切除手術の時退院まで1ヶ月は、と言われたが半月で出て来れた、それを越えた。当時はかなり体力があったということでしょう。

 膀胱がんの検査が3カ月ごとに対して、心臓の方は1ヶ月ごとと言うことは、こちらの方が変化が早いと言うことでしょう。2016年に不整脈ということでCT検査を受け、その時から薬の服用がはじまったのですが、今回手術を要したということは血管の詰まりが現れはじめたのでしょう。

 その時、検査が終わりその場で医者から「特に問題はないです」の一言がいまでも耳に残っています。その後モニターを見ながらの説明を受け、毎日の薬の服用の必要が告げられたのでした。自分の心臓の動きを自分の目で見ながら「なるほど」と思ったのですが、今回手術中もモニターが時折見れました。

 画面に血管が映し出され鼓動につれてかなりせわしく動いています、つい脇の医者に「84年間こうやって動いて来たのだから、故障も出てきますよね」と余計なことをつぶやいていました。84年間は出産後ですから胎児の頃も含めれば、と気付くと胎児の心臓はどのくらいから機能しはじめるのか? 知りません。

 そういう目で見ると、我が身体も何やら新しい意味をもってみえてきます。そう言えば、膀胱がんで、これは手術後モニターで膀胱内を見たとき、普段は真っ暗なのでしょうが肉色の内部を「我がものと思えば……」と感じながら見たものでした。

後で川柳を一句、

がん病んで膀胱内を観る奇遇

 毎日使っている自分の内臓ですが、病にでもならなければなかなか観る機会はないでしょう、奇遇というべきです。心臓と言い膀胱と言い、自分の実態を実感するうえでこれを目で見ておくことはかなり大切なことだと気付きました。

 さて、膀胱に加えて心臓、がんに加えて狭心症というかなり普通の厄介な病気になり「一病」が「二病息災」になったと、ならばそれに相応しく「つぶやき」をはじめたいものだとベットのうえで考えるているところです。     

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする