(株)カプロラクタム-blog

果たしてココは何処なのだろうか・・・
否!ココは(株)カプロラクタム代表取締役兼社員αのweblogである!

三線

2017年01月16日 | Weblog
最近AUで浦島太郎さんが(笑)演奏している楽器ですね。

まあ我々の時代ではTHE BOOMの島唄やBEGINの涙そうそうなどが有名です。三線(さんしん)という名の通り、3つの線がある三味線のような楽器ですが、実は三味線より歴史が古く、手で直接弾いて演奏します。チューニングはシミシやドファドに合わせるようで、押さえる場所に目印などはなく大体の感覚で覚えるようです。基本的には単音を鳴らすので、弾き易い音なども当然存在するのでしょう。何となく同じようなメロディラインになるのはその辺に理由がありそうですな。

ゲストハウスで一緒になった方がこの三線を持っていて、自分も少し弾かせて貰いました。これが楽譜なのですけど、全く意味不明です(笑)まあ絶対音感で大体の場所を覚え、辛うじて海のー声がーぐらい演奏できました。これ以上はあの権利団体が来そうなので控えますけどね(笑)たまたま一緒に泊まっていた年配の方が一しきり演奏してくれ、皆で歌い楽しい夜を過ごしました。

何やら沖縄の教員採用試験には三線の実技があるとか・・・何か楽しそうだ(笑)

沖縄の食べ物

2017年01月15日 | Weblog
とりあえず、一通りの名物は食べてきました。

有名なのはゴーヤチャンプルーでしょうけど、もう一般化しすぎて地元でも普通に食べられますから、一番気になっていたのはこのソーキソバです。沖縄そばにソーキと呼ばれる骨付きの豚肉が乗っているそばですね。そばといっても原料は小麦粉なので、肉うどんのようなものです。味は薄いとんこつなので、どことなく寿がきやのラーメンのように感じました(笑)カップ麺も入れるとこの旅では3回ほど食べました。ちなみに右上の白いのはピーナッツでできたジーマーミ豆腐です。あとジューシーと言うチャーハンのような炊き込みご飯も気に入りました。
沖縄は海に囲まれているので、海なし県出身の自分としてはさぞかし魚が美味しいのだろうと思っていたわけですが、旅をしていて思ったのが魚料理よりも肉料理をメインに扱う店が圧倒的に多いと言うことです。沖縄では豚のことをアグーと呼びますが、中国の冊封使が滞在中に豚肉料理を欲したことから全島で島豚の飼育が始まり、そのうち庶民も食べるようになったそうです。今は米軍基地もありますし、海外からの観光客は肉料理の方を好むようなので、それにつられて外食は専ら肉料理店が増えて行ったのでしょう。民宿では普通に魚の煮込み料理なども出してくれましたけど、日本海側を旅すると必ず食べる刺身や海鮮丼のようなものには終ぞ出会いませんでした。暖かい海なのであまり美味しくないのかもしれませんね。

沖縄土産で今一番有名だと言えるのが紅芋タルトでしょう。もちろんちんすこうや黒糖のかりんとうなど定番もありますけど、常に売り場のベストポジションを取っていたのはこちらでした(笑)お菓子御殿という製造工場兼土産物屋で食べ放題なので、ずいぶんお世話になりました。しかもケーキのような「紅芋生タルト」なるものまであり、2個分の値段ですが非常に美味しかったです。
原料である紅芋は、外観は普通ですけど切ると中が紫色で中々グロテスクです。しかも困ったことにこの芋を好む害虫の駆除が難しいようで、現在でも島外に持ち出すことは禁止となっているようです。調理すれば問題ないので紅芋タルトに影響ありませんが、まあココでしか食べられない味と言うのも名物には必要な要素でしょう。昔はゴーヤもダメだったのですが、今では防虫対策ができて全国に広まっていますし、こちらもそのうち解決するかもしれませんね。道の駅やスーパーに行くと、変わった野菜やフルーツが置いてあって面白いです。ただ、イオンの鮮魚コーナーで見たマンボウ丸ごと19800円ってのは誰が買うのかと思いましたが(笑)

最後に、お世話になったものとして欠かせないのがこのさんぴん茶と泡盛です(笑)さんぴん茶とはジャスミンティーのようですが、沖縄では麦茶よりも一般的に飲まれているらしく、ペットボトルでも非常に安く買うことができます。12月とはいえ日中はTシャツでも汗ばむ陽気ですからお茶は手放せず、家から持って行った500mL容器に継ぎ足しで飲んでいました。泡盛は沖縄の焼酎で大体30度くらいあります。このサイズでも2日持ったので自分には十分すぎました。オリオンビールは若干薄味ですが、暑い沖縄ではグビグビ飲めてもってこいですね。

普通にマックや吉野家とかもあるわけですが、これだけ地域料理や特産品の多い場所は沖縄くらいでしょう。リピーターになる人が多いのも分かる気がします。

久高島

2017年01月14日 | 時事
5日目は神の島、久高島へ渡ることにしました。

最終日は元々雨が降った場合の予備日として考えており、幸いにして昨日までに行きたいと思っていた場所は全て網羅できたので、午後の飛行機の時間までフリータイムのつもりでした。しかし海中道路の先の浜比嘉島へ行った時に出会った人が離島巡りをしている人で、琉球の創造神であるアマミキヨの伝説を教えてくれ、翌日ココへ行くと話していたので興味をひかれ、最終日チャンスがあれば行ってみようと思ったわけです。まあ、ココまでほとんどが沖縄へ初めて行く人が訪れるようなビギナーコースでしたから(笑)一つ変わったところへ行って驚かせたいと言う思いが強かったですね。比地大滝では「どこ?」となってしまいますが、ここは沖縄で最も神聖な島であり、最後に訪れるにもふさわしいと言えるでしょう。
フェリーの港は2日目に寄った斎場御嶽の近くにあり、飛行機の時間を加味すると朝9時に乗って11時にはもう帰ってこないといけない強行軍ですが、まあ1周8km程度の小さな島なので何とかなるでしょう。

アマミキヨが住もうとしたけど水が出なかったという伝説の通り、一番高いところでも標高18mしかない模様です。レンタサイクルもあるようですが借りる時間すらもったいなかったので、到着と同時にジョギングを開始。気になった所で写真を撮るラン&ピクチャー作戦で行きました(笑)

居住地域の終点あたりにあった拝殿(久高殿?)です。普通なら鳥居とか仏像とかあるようなものですが、沖縄はこの場所自体で祈ることが大事なので、本当に雨風をしのげて祈るだけの建物のようですね。ちなみにフボー御嶽と言うところは一般人立ち入り禁止になっているほど神聖な場所。琉球王朝時代には、沖縄最高位のシャーマンである聞得大君(きこえおおきみ)と一緒に国王もこの島に渡って巡礼をしたそうですが、途中からは島に渡らず、代理の女性(ノロ)に任せて祈るようになったのだとか。アマミキヨが女性神だからか、沖縄は女性の方が霊力が高いとされ、昔は聖地と言えば基本的に男子禁制であり、また今でも祭りの時は島の半分ほどが立ち入り禁止になってしまうようです。あと、帰りに海ぶどうの養殖場もありましたがそこも覗けませんでした・・・関係ないか(笑)

辺野古問題

2017年01月13日 | Weblog
高速に乗る前に話題の辺野古テント村を見に行くことにしました。

本当はクイナの森からそのまま東側を通って高江のへリパッドを見に行きたかったのですけど、例のオスプレイ騒動で反対運動が沸騰していると最悪通行不能になっている可能性があるので(笑)泣く泣く迂回してきたわけです。関係のない誰かに迷惑のかかるデモはよくないですね。

実行部隊は高江の方に行っているようで、ここには留守番と思わしき高齢者が若干名しかいませんでした。まあ戦いに来たわけではないので(笑)適当に話を合わせつつ話を聞くことにしました。ココのスタンスとしてはより多くの人に実態を知ってほしいと言うもので、どんどん写真を撮ってどんどん広めて~といった感じだったので、展示物を一通り見せてもらった後で話を聞きつつパンフをもらい、100円カンパしました。いろいろグッズを売って活動資金にしているわけですね。まあ商売とまでは言えないでしょうけど、何やら高江デモに参加すると飛行機代5万円がもらえるという記事もありましたし、これだけでは資金回収もままならないので、何かバックボーンがあるのでしょう。

実際、辺野古に移っても普天間や嘉手納が素直に返ってくるかと言えば疑問符がつきますし、返ってくると今度はこのあたりに米軍関係の需要がなくなってしまうわけですから、今までの同様の経済活動を行いつつ新しい都市計画を進めることができるかといえばかなり難しいでしょう。規模を縮小しつつ自衛隊が使うようになるくらいが関の山かもしれません。そうなると、結果的に辺野古が増えるだけで住民の不安はなくならないというのが主な主張でした。まあ現在あの辺りは住宅密集地なので、少しでも事故の可能性を減らすことは大事な視点であるわけですが、辺野古移転で全て解決するわけではないという主張も一理ありそうです。ただ、高江のヘリパッド工事にしても作る見返りにいくらかの土地を先行返還しているので、時間はかかるでしょうけど現状ではアメリカが全く約束を守らないということは考えにくいですな。

まあトランプ政権がどう出るかによっては全く事情が変わってしまうでしょうから、しばらく正念場かもしれません。

ヤンバルクイナ

2017年01月12日 | Weblog
やんばる地域に棲む固有種です。

見た目はくちばしと足が赤いカラスと言った感じで、この辺りの道路ではよく「ヤンバルクイナ注意」の看板を見かけます。ということは道路にもたまに出てきてしまうと言うことなので、大国林道ではどこかで会えないか探しながら走っていましたが、「おっ」と思ってもカラスであることが多く、近づくと飛び去ってしまいがっかりの連続でした。というのもヤンバルクイナは飛べない鳥で、木の上にいることもあるそうですが、どうやらそれは強靭な足腰でほぼ垂直に駆け上がっているとのこと。走るのも滅茶苦茶速いそうです。飛ぶと言う選択肢を排除し、森の中で生活するために適合したのでしょう。それでも飛べた方が余程良いと思うのは人間の想像力の限界なのでしょうか・・・まあハブなどから逃げるには、飛ぶより初速が速いに越したことはないのかもしれません。

そんな幻の鳥ですが、何と辺戸岬で偶然見かけたので近くまで行ってみました。

でけえええぇぇぇぇ!
・・・冗談です(笑)

辺戸岬から大石林山側をみると森の中にココを見つけることができます。展望台になっていますけど、窓はそれほど大きくはないのでモニュメントとして楽しむ感じですね。本物のヤンバルクイナには、この辺りからずっと出ている「ヤンバルクイナに会えるよ!」という看板に沿って30kmほど進んだ所にある「クイナの森」というヤンバルクイナ生態展示学習施設という所に行くと見ることができます。

人間に対する警戒心はほぼないようで、カメラを構えてもお構いなしに歩き回りながら土をつついて中のエサを探していました。ただし縄張り意識は強く、どうやら2匹以上同時に飼育するとけんかが始まってしまうため、1匹しか展示できないのだとか。定時になると自動的にエサが落ちてくるようになっており、運がいいとクイナダッシュを見ることができると言うことだったのでカメラを構えて待っていましたが、予想以上に速かったため動画のスタートが間に合いませんでした(笑)あれは最早「縮地」の域だなあ・・・

その後山の中を突っ切り西側に戻りましたけど、結局野生には出会えず。まあ夜行性なのかもしれませんけど、生息数はどんなものなのだろう?

やんばる地域

2017年01月11日 | Weblog
やんばるとは「山原」の意味で、沖縄本島北部の山林地帯を指します。

2016年2月に、新しく「奄美・琉球」の名で世界自然遺産の暫定リストに追加されました。要は南西諸島と呼ばれるこの辺りの自然を保護しようということです。ちなみに範囲は鹿児島県の奄美大島と徳之島、沖縄本島の国頭村・東村・大宜味村と西表島の3島半が対象です。まあ全部回る気はさらさらないので、この辺りの自然を満喫して踏破とすることにしました。
沖縄は南部から中部にかけては丘もありますがほぼ住宅密集地と基地(笑)ですし、やはり圧倒的に美しい海にぐるっと囲まれているため、余り山林という印象がない人が多いかもしれません。沖縄観光に来ても、例えば2泊3日程度では那覇市や首里城、海中道路、美ら海水族館辺りまで行けばリミットですし、もう1日増やしても南部か西部の観光が増えるくらいで、中々やんばる地域まで行こうとする人は少ないのではないでしょうか。自分も暫定リスト制覇という目的がなかったら迷ったかもしれませんが、今回は4泊5日の旅で天候にも恵まれたため、4日目をかけてぐるっと回ることにしました。

事前の計画では大石林山と最北端の辺戸岬に行くことにしていましたが、とりあえず道の駅で情報収集をした結果、まず山の中のトレッキングを兼ねて比地大滝という所へ行ってみることにしました。自然遺産候補なのでやはり自然の中を歩かないといけませんね。往復3kmほどなので、滝までは30分ほどで行くことができました。南国の秘境という感じで中々風情がありますな。

その後森の中を貫く大国林道という道を通り、一路北へ。これまで大体10kmも進めば次の観光地があったのに、流石にここからは30kmコースですね。大石林山はこれまでの山林地域とはまた一転して、巨大な花こう岩がそびえる迫力ある場所でした。この辺の雰囲気はどことなく屋久島に似ていますね。沖縄もまた火山島でない証拠であるといえるでしょう。あちらでは見に行けなかったガジュマルの森もここで見られるようです。
余談ですが沖縄には日本列島津々浦々に存在する温泉というものがほとんどありません。当然全国でも最低で、天然温泉は数ヶ所しかないようです。まあ火山島でないからというよりは、年中暑いので湯船に浸かるという習慣すらないという理由もあるでしょうけどね。民宿ではユニットバスどころかシャワートイレ状態の所が多かったです。

駐車場からシャトルバスで入口まで行き、その後色分けされた4つのコースを自由に回るようになっていました。緑は駐車場まで歩いて戻るコースで、青は体力に自信のない方のためのエッセンシャルコース。つまり全部見るためにはまず黄コースに入り、ココのメインである写真の悟空岩に合流したらそこから赤コースに抜け、最後に緑コースで帰ると一筆書きにするように網羅できる模様です。巨石群から辺戸岬が一望できる絶景、そしてガジュマルの森と、非常に見所の多い場所でした。

沖縄最北端の辺戸岬。この写真の方角ではありませんが、対岸の与論島がはっきり見えました。本来は奄美大島も琉球王国の一部だったのですけど、江戸時代に薩摩藩に侵攻され、現在でもあちら側は鹿児島県になっている模様です。つまり米軍占領時には与論島までは日本だったわけで、向こうからこの沖縄の辺戸岬を見ていたわけですね。「祖国復帰闘争碑」というものが建てられており、占領時にここでのろしを上げて本土復帰を祈っていたということのようです。

沖縄本島で最南端より最北端が重要視されているわけは、この辺の歴史にあったのですね。

美ら海水族館

2017年01月10日 | Weblog
ツアーで申し込むと必ずと言って良いほど入っている有名な水族館ですな。

ここ海洋博記念公園はかつて沖縄万博があった跡地のようで、水族館を含めた非常に広いスペースの国営公園になっています。沖縄が返還されたのが1972年で万博が75年ですから、本土復帰記念の一大イベントだったようですね。自分は生まれていませんが、現在沖縄にある様々な公的施設に比較的新しいものが多く見えるのも、沖縄自体まだ40年ちょっとの歴史しか歩んでいないことにあるのでしょう。
ジンベエザメのいる黒潮水槽の大きさは、建設当時世界一の大きさだったとか。ジンベエザメ自体は最近それほど珍しくもなく、自分も海遊館で見たことがあるので、沖縄に行く前は正直寄るかどうか迷っていましたが、今後また行けるか分からない中、敢えて避けることもないかと思い(笑)事前に可能な限り安く行ける方法を模索していました。

通常料金は1850円ですが、4時から入館すると1290円で済むので、まずはそこに焦点を絞りました。海遊館もそうでしたけど、まあ内部見学は1時間も見れば十分ですからね。実はここのイルカショーは無料区域の公園内にあるので、3時ごろに到着して無料区域をウロウロしつつ、3時半からのイルカショーを見て4時に入館するのがお勧めコースのようです。マナティーや海亀も無料区域にいるので、もっと早く着いても楽しめるでしょう。
で、ここからがさらに安くする裏技(?)です。実は事前に何らかの方法で割引チケットを購入し、4時以降に入館ゲートで見せると、ある程度差額の返金が受けられるという制度があるようです。その額は370円。つまり1660円より安くチケットを購入できればその分お得に入れるということです。国際通りのアンテナショップやコンビニなどでも購入できますが、一番安いのはどうやら昨日も触れた道の駅許田で買える1600円らしく、これで差し引き1230円になり、60円安く入れる計算ですね(笑)

メインはやはり黒潮の海。超巨大な水槽にジンベエザメやマンタが悠々と泳いでいました。ジンベエザメの3匹同時飼育は世界初らしいです。ただ、現在は繁殖実験中ということで自分が行った時は残念ながら2匹の展示となっていたようです。大きさも違い、泳ぐ速度も違うようで、しばらく見ていると2匹が同時に姿を現すようになりました。さらにその後に片方が方向転換し、写真のようにすれ違う様子も見られ、歓声が上がっていました。

5時から餌やりが始まり、世にも珍しいジンベエザメの立ち泳ぎも見ることができました。他にも巨大なメガマウスの歯の模型や標本、ザトウクジラの骨格標本など、面白い展示物がたくさんあり、やはり1度は訪れるべき施設だったと認識を新たにしました。

今帰仁城跡

2017年01月09日 | Weblog
世界遺産になっているグスクの1つです。

琉球王朝が首里に統一される前は北山、中山、南山と3つに分かれて争っていたらしく、ここはその北山王の居城になります。基本的に山や丘の上にあり、グネグネと曲がった城壁に囲まれています。陵線に沿っているわけでなく、わざと曲げているのは「龍」をイメージしているという説があるそうです。万里の長城も曲がっていますから同じかもしれません。中国の龍は水龍なので、火災予防の魔よけの意味もあるのだとか。

世界遺産になっているグスクのうち、ココと中城城は有料になっています。逆に勝連城と座喜味城は無料のようですが、どう違うのかはよく分かりません。確かに写真にあるような看板やカメラ用の三脚もありましたし、入口の工事(発掘調査?)をしていたので、有料なのはそういう整備費の違いかな?と思いました。ちなみに道の駅許田という所では、ココや美ら海水族館、大石林山など12の観光地のチケットがほぼ2割引(団体料金)で買えました。ゆいレールの1日券と同じような感じです。もしかしたら、沖縄の観光地はちゃんと調べていけば大体割安で行けるようになっているのかもしれませんな。

頂上からは四方を見渡せるので、王様気分でその土地の風景や昔の人の暮らしに思いを馳せることができました。あと、冬なのに沖縄ではセミが鳴くようで、しかもその鳴き声がチュンチュンという鳥みたいな変な音でした。ツクツクボウシの固有種でオオシマゼミというらしいです。流石常夏の国・・・夏に来たらさらにうるさそうだ(笑)

どうでもいいけど中城城(なかぐすくじょう)って絶対腹痛が痛いことになってるよなあ(謎)

古宇利島と海カフェ

2017年01月08日 | Weblog
というわけで、3日目のメインは名護市周辺散策です。

昨日触れた古宇利島(奥)と、そこに架かる古宇利大橋です。全長2km近くあり、沖縄本島では最長の橋ですね。橋の直前に駐車場と展望所があって、絶景を堪能できるようになっていました。ちなみに県内では宮古島に架かる伊良部大橋が何と3.5kmもあり、無料で渡れる橋としては日本最長だそうです。冬休み、BSプレミアムでやっている「こころ旅」の最終回で映っていましたが、ここもそうですけど流石にあれだけ長いと歩きや自転車で通ろうとは思いませんな(笑)

古宇利島の奥にあるハートロックです。岩が波によって削られ、キノコの山のように(笑)なる光景は前日浜比嘉島でも目にしましたが、見事にハート型に見えます。どちらかというと奥がクジラの尾ヒレで手前が潮吹きに見えるので「クジラ岩」とでも呼んだ方が海から出ている状況に合いそうですが、どうやら嵐がここでCM撮影してハートロックと宣伝したようで、付近はこういう場所にありがちな私営の有料駐車場で溢れ返っていました(笑)ちなみに1kmほど先のトケイ浜という所に岩をくりぬいたような穴(ポットホール)が見られる場所がありますが、そこの駐車場は無料なのでそこから歩くのがよろしいようです。サトウキビ畑が広がり気持ちの良い散歩コースでした。

島を出る前に、折角なので海と橋が見渡せるカフェにも入ってみました。るるぶによると、沖縄では海や山を見ながらカフェを楽しむのが流行りなのだとか。ちょうどお昼時だったのでランチを食べつつ、デザートを頼んで高級リゾート気分を満喫しました。

・・・そういえば海カフェなのにコーヒーは頼まなかったなあ(笑)旅行中は車にペットボトルを積んで紙コップで飲んでいるので・・・

離島と海中道路

2017年01月07日 | Weblog
沖縄本島は近くの離島まで橋が架かっていることが多く、小さいのも含めると10以上あるそうです。

飛行機から島が見えた時に撮ったものです。立派な橋が架かっているのが上空からでも良く分かりますね。一番有名なのが全長2kmの橋が架かる古宇利島なので、撮った時はてっきりそこだとばかり思っていましたが、後でグーグル地図で比べてみると、ゴルフ場などの位置関係からどうやら美ら海水族館の近くの瀬底島だった模様です。飛行機のルートまでは分からないからなあ・・・

こちらは沖縄中部の東側にある海中道路の模型です。4つの島がそれぞれ橋でつながっており、本島からは5kmほどありますが、ずっと埋め立て道路が延びています。例の島根県にある大根島のような感じですね。元々浅瀬だったので干潮時には人が歩ける状態になっていたらしく、始めは住民主導で埋め立てが始まったのだとか。そのうち島に石油基地を作るという名目で予算がつき、現在のような立派な道路になりました。真ん中に海の駅があり、この模型がある資料館や道路を見下ろせる展望台もありました。ちなみに海中道路自体を見たいのなら少し南にある藪地島に架かる橋からだと綺麗に見えますし、上から見下ろしたいのなら勝連城跡に行くと良いそうです。このように道ができると人の往来が活発になりますし、観光客にとってはありがたい限りですな。ただ、島って遠くから眺めたり橋から見える風景は綺麗ですけど、上陸してしまえばただの大地ですからね(笑)

海中道路からさらに橋を渡って南にある浜比嘉島は、琉球創造の神アマミチューとシルミチューの暮らしたとされる洞窟や墓がありました。アマミキヨとも呼ばれるこの神様は、最初に久高島へ降り立ったそうですが、水が出なかったのでこの島に移ったとのこと。確かに久高島は標高の高い山はありませんから、今でも本島から水道を引いているという話です。真水がないと生活もままならない・・・あまりにも人間くさい逸話なので、本当にそういう人、あるいは民族が沖縄に渡って住みだしたのだろうなあと思っています。

まあ今でこそつながっていますが、一応島なので沖縄本島ではないのですよね・・・コロンブスの西インド諸島到着がアメリカ発見になったみたいなものかな?

オスプレイ訓練再開

2017年01月06日 | 時事
空中給油再開か オスプレイと空中給油機が離陸
墜落事故を受けて中止していたわけですが、本日より空中給油訓練が再開となった模様です。

まあ事故原因は給油中のホースがプロペラに巻きついたためということなので、以前より指摘されていたような飛行機自体の欠陥ではないという主張が通り、飛行訓練そのものはもう事故後1週間で既に再開をしていたわけです。おかげで自分も中城城周辺を走行中に見かけ、写真を撮る事ができました。

思いっきりプロペラが前になっていますね。普天間や嘉手納に配備され、本島の東側で訓練を行っているようですから、どうしてもこの辺りは毎日飛行するルートになってしまっている模様です。まあ自分は観光客なので、むしろ初めてオスプレイを見られて興奮したわけですけど(笑)オスプレイに限らず軍用機は普通の飛行機やヘリよりも大きな騒音がしますから、これを始終聞いている住民は不安をぬぐえない、という気持ちも良く分かります。この日泊まった宿の女将は「もっと落ちて問題になればいいのに」と言っていました。決して良い表現ではありませんが、何も起きないと軍備は拡張する一方なわけですし、現地住民の生の声そのものなのでしょう。ただ、辺野古や高江に行ってくれれば静かになるということも期待していた様子だったので、行く前に思った通り、オスプレイ反対と基地移設反対はイコールではなさそうです。米軍完全撤退は現実的ではないので、危険な飛行機だから事故が心配ならば、人のいない場所で訓練するようにしてもらうのがよりベターな選択となるでしょう。その際に多少自然を壊すことになりますけど、それは軍事施設でなく道路や原発を作っても壊れますからね・・・

いずれにせよ、事故が二度と起きないよう気をつけてもらいたいものです。

アルファ碁無双

2017年01月05日 | 時事
ネット上の謎棋士「マスター」、正体はアルファ碁進化版
ちょっと沖縄記で離れていたうちに囲碁界がものすごいことになっていた模様です(笑)

アルファ碁の説明は要らないでしょうけど、あれから自己研鑽を続けてさらに強くなっていると言う噂は去年からありました。そして野狐囲碁という対局サイトの公式ツイッターが、「アルファ碁が来年(今年)驚くべき成果を見せる」などと予言めいたメッセージを残していました。年末にはGodMovesという謎のアカウントが出現したようで、この前趙治勲名誉名人に1勝してトッププロと互角に渡り合うと証明された日本のDeepZEN碁に3連勝し、あまりの中央経営のうまさにアルファ碁じゃないのかという噂が立ちましたが、それは結局まだ正体不明のままの模様です。布石のナメプ具合(笑)がAIというより人間っぽく、序盤の数手だけ人間が打った中国のAIなのではないかと思っています。時期的に首相の真珠湾訪問で歴史的和解となったはずのアメリカがそんなことをするとは思えませんし・・・偏見かな?

GodMovesはその3局だけで消えましたけど、この冬休みはネット碁界でAIの群雄割拠状態となっていたらしいです。日本のDeepZEN碁はKGSだけじゃなく東洋囲碁でも最高位の9段相手に勝率9割あるようですし、上記で推測した中国AIは刑天というアカウントで、野狐囲碁の9段やプロ相手に勝率8~9割を誇り、現在世界ランク1位のカケツにも勝ち越す実力を見せていました。そして記事にあるMasterですが、東洋囲碁と野狐囲碁に相次いで登場し、韓国のマークがついている以外は正体不明で、9段どころかプロアカウント(P9段)にも驚愕の勝率10割(無敗)というにわかには信じられない強さで無双していた模様です。自分が初めて知ったのは我らが日本のトップである井山6冠を倒した時で、その時点で既に40連勝間近でしたが、その後も中国韓国のトッププロを軒並み撃破し、その後カケツも韓国1位のパクジョンファンも手も足も出ずに敗退、昨夜もトッププロとばかり10局こなし、ついに無傷の60連勝を決めた時点で、米google社が新型アルファ碁だったと公表したというわけです。

まあ何故韓国国旗だったのかと言う謎は残りますが、例のイセドルとの対局の後で韓国棋院からアルファ碁に9段を名乗る資格を授与されていましたから、その関係だったのかもしれません。よく回線切れを起こしていたのは韓国のネット事情のせいでしょうか(笑)まあネット碁でプロと対局するには9段のアカウントが必要ですし、トッププロがいくら年末年始だからといっても偶然延べ60人こぞって対局を行うはずがないので、おそらく事前にある程度仕組まれた手合いだったのでしょう。当然野狐囲碁や東洋囲碁などのサイト関係者も知らないはずはないので、みんなして年末年始に「謎の最強棋士」を演出していたというわけですな(笑)人類の完敗・・・と言いたい所ですけど、今まで数局しかなかったアルファ碁の棋譜が一気に60局もできたわけですから、囲碁界にとっては大きなお年玉をもらった気分ですね。今後研究が進み、AI対策や新たな定石が生まれてくるのかもしれません。

どうせならsaiって名前にしてくれたらもっと盛り上がったのに・・・日本棋院は蚊帳の外かorz

斎場御嶽

2017年01月04日 | Weblog
沖縄最大の聖地です。

沖縄は日本の古代神道に近い宗教観をもっていて、岩や穴など、自然に存在するその場所そのものを聖地として定め祀る風習があるようです。神社やお寺もありますけど、偶像崇拝とは明らかに違う模様です。御嶽(うたき)と呼ばれる聖地は本島各地に存在し、グスクにも必ずあったのだとか。自然に対する畏敬の念が生まれるのは、その土地に天変地異が多くあった証拠です。さしずめ台風でしょうか?もちろん沖縄は古来より海上交通の要所でもあるので、海が荒れることだけでなく予期せぬ外敵の侵入なども脅威だったかもしれません。昔の人は自然の猛威を鎮め、平和と安寧が続くようにと自然そのものに祈りを捧げていたのでしょうね。その最上級の場所がココ斎場御嶽(せーふぁうたき)で、世界遺産に選ばれています。最上の斎場・・・げふごふ(笑)

この直角三角形の巨大な岩の割れ目が中でも一番の神聖な場所で、三庫理(さんぐーい)と言うそうです。岩であって、穴でもあるわけで、それだけで聖地の中の聖地なわけですが、何とこの穴を抜けると、琉球創造神話の神が降り立ったとされる久高島(くだかじま)がピンポイントで拝めるのです。また、久高島と斎場御嶽を結んだ直線を延ばしていくと、ぴったり首里城に当たります。まあこれは首里城をわざとそこに建てたということなのかもしれませんが、正に神が作った奇跡としか言いようのない場所なのですな。

平和祈念公園

2017年01月03日 | Weblog
喜屋武岬もそうでしたけど、沖縄南部は戦争慰霊碑が滅茶苦茶多いですね。

理由ははっきりしていて、沖縄は日本で唯一本土決戦のあった場所だからです。何故南部に慰霊碑が集中しているかは、その沖縄戦の経緯を知る必要があります。と言うわけで訪れたのが平和祈念資料館。一応教員の端くれなので、こういう施設は外せませんね。広島・長崎の資料館も行きましたけど、やはり現地なので沖縄戦に関してはここが一番詳しいでしょう。

まずアメリカ軍は慶良間諸島から中部の読谷村に上陸して占領し、沖縄を南北に分断した後に北部と南部へ戦線を同時展開しました。戦力を二分された日本は北部を諦め首里で徹底抗戦を図りましたが、陥落しそうになるとどんどん南部へ逃げたため、最終決戦がここ糸満市で行われてしまったのです。ひめゆり学徒隊などおよそ戦力と言えない兵士達や、巻き込まれた住民も含め全体で20万人が犠牲になったそうです。なお、米軍も2万人犠牲になっています。10対1とはいえ、本土決戦は壮絶な殲滅戦になってしまうということですな。

展示は広島以上にグロいものもあり、戦争の恐ろしさを感じさせるにはこれ以上ない施設です。ただ、高校の修学旅行程度ならまだしも、小学生に見せるのは抵抗がありますね。気になったのが蛍の光の歌詞。卒業式や閉店ソング(違)として有名ですが、実は4番まであり、「千島の奥も沖縄も八島のうちの守りなり」と続くようです。1番は中国の故事「蛍雪の功」なので、勤勉の象徴の歌だと思っていましたが、がんばって国を守れよという歌だったとは・・・世の中、まだまだ知らないことが多いなあ。

やはり現地にいくって大事ですね。

沖縄最南端

2017年01月02日 | Weblog
2日目に那覇市内でレンタカーを借り、まずは南下することにしました。

当面の目的地は沖縄本島最南端の喜屋武岬です。日本最北端である宗谷岬は2010年に踏破しましたが、自身の最南端は屋久島の縄文杉・・・と言いたい所ですけど、どうやらそこへ向かう安房付近のバスの中という感じではっきりしていませんでした。鹿児島県の佐多岬はそれより北ですから改めて行く気は起きませんし、今来ている沖縄が間違いなく一番南なので、是非押さえたい場所ですね。

レンタカーでもらった地図にクーポンがついていて、色々サービスを受けられることが分かりました。那覇空港近くのパイナップルランドではカップパインやアイスがもらえましたし、ここはシークワーサージュースが飲み放題で、アンケートに応えると持ち帰り用に一本もらえるようでした。まあクーポンに頼らずとも沖縄の土産物屋は基本試食できるようになっているので、沖縄旅行中はお菓子に困りません(笑)蛇口からジュースが出るという面白い趣向になっていました。ただ、いくら飲み放題と言ってもコップが小さすぎませんかね・・・?

途中道を間違えたようで未舗装の道路に出てしまい苦労しましたが、何とか辿り着きました。しかしここはさびれた灯台と平和記念碑があるだけで、特にメイン観光地というわけではないようです。後に行く沖縄本島最北端の辺戸岬はしっかりと観光地化され土産物屋がありましたけど・・・まあ沖縄の場合、まだ南に石垣島とか波照間島とかもあるわけで、本島の南端に対する執着は余りないのかもしれません。