元防衛官僚であり、現職の加茂市長(新潟県)の総理大臣宛て意見書を転載します。
<小池清彦市長略歴>
1937年2月22日、新潟県加茂市生まれ。東京大学法学部卒業。1960年、防衛庁に入庁、英国王立国防大学に留学。帰国後は防衛庁防衛局計画官、防衛庁長官官房防衛審議官、防衛研究所長を歴任。1990年、防衛庁教育訓練局長。1992年6月、防衛庁を退官。同年7月、防衛大学校学術・教育振興会理事長に就任。1995年4月、加茂市長選挙に初当選。以後4期連続当選。
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平成26年7月2日
内閣総理大臣 安倍晋三 様
元防衛庁教育訓練局長
新 潟 県 加 茂 市 長 印 小 池 清 彦
憲法解釈の変更により集団的自衛権を容認する閣議決定に
対する意見書の提出について
拝啓
時下益々御清栄のことと心からお慶び申し上げます。
標記の件について、去る6月26日意見書を提出いたしましたが、このたび
7月1日に閣議決定がなされたところでございます。
しかし、この閣議決定は、憲法違反のものであり、将来徴兵制につながる
ものであるほかに、その内容は、集団的自衛権行使の事態ではなく、個別的
自衛権行使の事態であると考えます。また、日米安保条約においては、日本
が行使するのは、個別的自衛権のみであって、集団的自衛権を行使する場面
はありえません。従って、この条釣の下部の取決めである「日米防衛協力の
指針(ガイドライン)」に集団的自衛権の行使を規定することはできません。
このような次第でございますので、再度別添の意見書を提出いたします。
総理大臣様におかれましては、くれぐれも御自愛下さいまして、益々御健
勝で御活躍下さいますよう、心からお祈りしてやみません。 敬具
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
平成26年7月2日
内閣総理大臣 安倍晋三 様
元防衛庁教育訓練局長
新 潟 県 加 茂 市 長 印
小 池 清 彦
憲法解釈の変更により集団的自衛権を容認する閣議決定に対する意見書
○このたびの意見書において新たに指摘する重要事項の要点
(1)この閣議決定の内容は、集団的自衛権行使の事態ではなく、個別的自衛
権行使の事態である。従って、この閣議決定は、集団的自衛権の行使と
いう観点から見れば、虚偽の閣議決定であり、この閣議決定によって
は、「憲法解釈の変更による集団的自衛権の容認」は行われなかったこ
とになる。
(2)日米安保条約においては、日本が行使するのは、個別的自衛権のみであ
って、集団的自衛権を行使する場面はありえない。従って、この条約の
下部の取決めである「日米防衛協力の指針(ガイドライン)」に集団的
自衛権の行使を規定することはできない。
1、集団的自衛権の行使は、いかに小さなものであっても、憲法第9条第1項
に定める「国際紛争を解決する手段としての武力の行使」であり、すべて
憲法違反であります。従って、この閣議決定は、憲法違反の閣議決定であ
ります。
2、憲法解釈の変更による集団的自衛権の容認は、憲法を改正したと同じ結
果を生じ、もはやアメリカからのアメリカ並みの派兵要求を断ることがで
きなくなります。その結果やがて自衛隊は、世界のし烈な戦場でおびただ
しい戦死者を出すことになり、自衛隊へ入る人は、きわめて少なくなりま
す。しかし、防衛力は維持しなければなりませんので、徴兵制を敷かざる
を得なくなり、日本国民は、徴兵制の下で招集され、世界のし烈な戦場で
血を流し続けることになります。
3、この閣議決定は、形式的には、集団的自衛権行使の事態について記して
おりますが、実際の内容は、個別的自衛権行使の事態であります。従っ
て、この閣議決定は、集団的自衛権の行使という観点から見れば、虚偽の
閣議決定であり、この閣議決定によっては、「憲法解釈の変更による集団
的自衛権の容認」は行われなかったことになります。その理由は、次のと
おりであります。
(1)この閣議決定には、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻
撃が発生し、」とありますが、この武力攻撃に対して武力の行使がで
きる場合は、1972年の政府の憲法解釈の基本的な論理の枠内で、「こ
の武力攻撃により、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び
幸福追求の権利が根底から覆される町白な年険がある急迫、不正の事
態」となっております。 、
(2)さて、そこで、「明白な危険がある急迫、不正の事態」とは、他国に
対して武力攻撃が行われていると同時に、① わが国に対しても武力攻
撃が行われている事態か、② わが国に対してまさに武力攻撃が行われ
ようとしている事態か、の2つのみとなります。これは、公明党が文
言をトーンダウンさせて「おそれ」の文字を削り、「明白な危険」の
みとなったため、このたびは特に明確に、この2つの事態のみとなった
のであります。
(3)自衛権の論理は、正当防衛の論理でありますが、正当防衛が成立する
のは、まさに急迫、不正の侵害がなされた事態であり、これは、① 現
実に不正の侵害がなされた場合と、②まさに不正の侵害がなされよう
としている場合の、2つのケースなのであります。
(4)そうなりますと、この2つの事態即ち、外国に対して武力攻撃が行わ
れていると同時に、① わが国に対じても武力攻撃が行われている事態
か、② わが国に対して、まさに武力攻撃が行われようとしている事態
の2つの事態は、いずれも、わが国に対する武力攻撃の事態でありま
すので、当然明確に個別的自衛権行使の事態であります。
(5)従いまして、この閣議決定の内容は、個別的自衛権行使の事態であ
り、この閣議決定は、集団的自衛権の行使という観点から見れば、虚
偽の閣議決定となり、「憲法解釈の変更による集団的自衛権の容認」
は、行われなかったことになります。
4、次に形式的なものであるにせよ、この閣議決定が記す集団的自衛権行使
の事態を日米防衛協力の指針(ガイドライン)に規定することは、不可能
であります。なぜならば、日米防衛協力の指針(ガイドライン)の上部の
条約である日米安保条約では、日本が発動できるのは個別的自衛権のみだ
からであります。その理由は、次のとおりであります。
(1)日米安保条約第5条は、「各締約国はこ日本国の施政の下にある領域
における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を
危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従
って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」と定め
ています。
(2)ここで、「日本国の施政の下にある領域」とは、「日本国の領土、領
海、領空及びその周辺海空域」とされています。
(3)即ち、日米安保条約第5条では、日米両国は、日本国の施政の下にあ
る領域におけるいずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安
全を危うくするものであることを認めているわけであります。従っ
て、わが国の施政の下にある領域においては、米国に対する武力攻撃
であっても、日本は、これが自国の平和及び安全を危うくするもので
あることを認めて、日米は共通の危険に対処するように行動すること
になっているのであります。 .
(4)この場合、日本の施政の下にある領域において米国に対して行われた
武力攻撃は、日本の施政の下にある領域に対して行われた武力攻撃で
すから、同時に日本の主権を侵害しております。従って、同時に日本
に対する武力攻撃になります。従って、日本にあっては、個別的自衛
権の行使となります。この場合、日米共同作戦が行われることが多い
と思われますが、日米共同作戦は、日本にあっては個別的自衛権の行
使であって、集団的自衛権の行使ではありません。
(5)従って、日米安保条約における武力行使は、日本は個別的自衛権の行
使、アメリカは集団的自衛権の行使となるのであります。
(6)一方、日本国の施政の下にある領域の外の区域においては、日米安保
条約は適用されませんので、その区域において、日本が「日米安保条
約に基づき集団的自衛権を行使する」ということはありえないのであ
ります。
(7)この閣議決定に関連して、政府が示した一問一答では、「日米安保条
約の改正は考えていない。」と記されています。-方、集団的自衛権
の行使には、条約が必要です。しかし、安保条約は改正しないのです
から安保条約は現行のものとなり、この条約の下で、日本が集団的自
衛権を行使することは、ありえません。
5(1)このように、このたびの閣議決定は、内容は集団的自衛権の行使では
ありません。また集団的自衛権の行使について、日米防衛協力の指針
(ガイドライン)に規定をおくことはできません。
(2)このように虚偽の閣議決定は、早急に撤回すべきものであります。
(3)もし、撤回されない場合は、きわめて危険なことになります。それ
は、この閣議決定は、現在のところは虚偽の閣議決定であるとして
も、これがエスカレートの火種となることがあるからであります。虚
偽の閣議決定であっても、これがエスカレートして行く過程におい
て実となり、実の集団的自衛権となって行くおそれがあることは、十
分に警戒すべきことであります。
6、なお、安倍総理は、前回に引き続き、今回の記者会見でも、日本人を輸送
しているアメリカの輸送艦を日本の軍艦が護衛する行動を集団的自衛権行
使の例としてあげておられます。しかし、日本の軍艦が護っているのは、
日本人であり、日本人の生命や安全を害する行為は、日本の主権の侵害で
ありますので、日本国に対する武力攻撃となります。従って、本件は個別
的自衛権の事例であることを申し添えます。日本人を輸送しているのが、
米軍の輸送艦であっても、民間の輸送船であっても同じことです。