こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

夏のフェイバリッツ⑲ HAS 「Everybody Had a Hard Year」'07

2010-09-07 01:09:20 | 音楽帳
日曜日には、京都で39.9℃の暑さという記録的猛暑となった。
「夏」は終わる気配が無い。

僕は思い出す。
おぼろげだが・・・・
「エヴァンゲリオン」で、綾波レイちゃんが、未来都市の錆びきった線路・かげろうのゆらぐ夏のさなか、彼女の住む(?)アパートに向かい歩く姿を。

たぶん、僕の記憶はおかしいのかもしれないが。
僕の頭の中には、そんなシーンが浮かんだ。

地球は、確実におかしくなっている。

僕は、それはいつかそう遠くでは無い年に来るとは思っていながら、うかつにも唐突に、それが来てしまった事にまごついている。

***

今日、帰り道、22:00頃、浅草まで来たところで、東武線が人身事故(飛び込み自殺)でストップしてしまい・・・・いつ来るのかわからない電車を待ちわびながら、結局自宅には23:00に着くハメになってしまった。

多くの自殺者、仕事に就けない人々、そして仕事をし過ぎて心身を病んでしまった障害者たち。。。。。
僕は、そういう人々に、同情の念を抱かざるを得ない。

何とか、苦しくとも・絶望しようとも、安らかに「生きる」という気持ちを捨てないで欲しいと祈るばかりだけだ。

そんな人々や生き物たちの「止まり木」に、自分はなりたいと思うばかりだ。
実に微力ながら。
人より、自分自体が不安定ではあるが、そういう優しき人々や生き物たちが安らかである事を。
さすって苦しさが取れるなら、【別に宗教や超能力ではなくとも】さすってあげたい。

***

そんな今日、僕の頭の中には、今の夏では無い⇔まともな夏の木陰が涼しく、草原や森が光合成を起こし、呼吸する自然の中の涼しさを持った中に立っているかのような、優しい自然に生かされ・気持ちをゆだねられるかのような幻想を持った、このヒューマン・オーディオ・スポンジの「Everybody Had a Hard Year」という曲が流れていた。

2007年5月19日に横浜パシフィコで、たった1回だけ行われたチャリティ・コンサート「Smile Together Project Special Live 2007」の会場で聴いた事を思い出しながら。。。。。。。



本当にステキなコンサートだった。

実は、僕はいまだにこの曲だけは、誰の曲かわからない。
レノン&マッカートニーのビートルズのにおいもするが、誰の曲でも良かった。

幸宏が歌い、アコースティックな感触の音に囲まれて、3人と高野寛くんたち他のサポートメンバーたちが奏でるこの曲には、妙な明るさと切なさが含まれていて(タイプは違うが、ロバート・ワイアットの「At Last I'm Free」のような)、過去のYMOではありえなかった新しい道を見つけたような気がした。

2010年「ワールド・ハピネス」でのピューパの「Anywhere」や、YMOの「ハロー・グッバイ」のような、暗さや重さの無い、様々な苦をくぐり抜けた後の突き抜けた感触がとても優しく感じて、自分の居場所を見つけた感じがする曲。

公園に座ってぼーっとしているときのような、安らかさを感じる。
コメント (2)
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