アルバム「12」は発売日(1月17日)に届いてからずっと聴いていたが、教授の死を境に、これ以上聴き続けるのが無理になった。こちらの心身が耐えられなくなり、いったんやめた。
その後、ぼうっとした日々が続いた。
「12」以外の何らかの音を聴き、すでに予約済みだったコンサートに行き・・・それでもぼうっとしていた。これは幸宏と教授の死に脳天を打たれた影響だろうか?実は痴呆症なのではないか?そんないつものぐるぐる思考に巻き込まれてしまう。しかし、そうしていてもラチがあかないので、亀のような歩みを一歩でも進めるために、最近また聴き出した「フィルハーモニー」について、雑記メモをまとめてみた。今回もあくまで個人的な備忘録として。
このアルバムを聴くと、1982年の初夏の空気を感じる。80年代において、この地点が幸福の頂点だったのかもしれない、などという錯覚。
A面
1/ピクニック・・・アルバム「フィルハーモニー」は「フニクリ・フニクラ」「L.D.K」から録音は始まったらしい。そのスタジオに最新鋭のサンプリングマシン「イミュレーター1(ワン)」が届き、その日すぐにこの曲は出来たという。新しい機材/楽器が新しい音楽を産み出す。そういうことはよくある。そんな意味ではアルバム「フィルハーモニー」も、イミュレーター1(ワン)との出会いが産み出した一枚ともいえる。
「ピクニック」の出だしのコロコロした音、その後に始まるオルガン的なピアノ音のシークエンス。ゲルニカの影響も感じるが、同時にすごく日本的/和的な手触りを感じさせる。このアルバムと同じ1982年に清水靖晃は「案山子」という名盤を出しているが、すごく手触りが似ている。お互いにパクリがあったわけではなく、底通する空気が1982年に流れていただけだ。
2/フニクリ・フニクラ・・・19世紀イタリア登山鉄道の曲をテクノでカバーしたもの。「フニクリ・フニクラ」は細野さんがYMOのツアーの合間によく歌っていた曲とのこと。「白銀は招くよ」もよく歌っていたらしいが、こちらは幸宏がカバーしており「ぼく大丈夫」のミニアルバムに収録された。
3/ルミネッセント/ホタル・・・細野さん流ガムラン。ミニマルミュージックからの影響を素直に出している。涼やかな音は毎年私の初夏~夏の定番曲になっている。今年は早々と夏日をむかえ、愛聴している。
4/プラトニック・・・「I Love」というサンプリングされた声が延々繰り返されるが、愛や甘さとは無縁なハードな曲。この新譜発売当時、ラジオ番組ではアルバムから色々な曲が選曲されたが、この曲が掛かることはなく、私はLPレコードを買って初めてこの曲に出会った。そのせいで当時はアルバムの中で一番違和感がある曲だった。
5/リンボ・・・「せっせっせっ」といった拍子の音。この曲も「ピクニック」同様、わらべうたを想い出したり、教授の「左うでの夢」や、その源にあるアッコちゃん(矢野顕子)の曲を想い出したりする。
そういえば、1983年アルバム「浮気なぼくら」発売に応じて、深夜3時の番組「マイ・サウンド・グラフィティ」では改めてYMO特集が組まれ、3人がゲスト出演。その際、細野さんのソロ特集日には、この「リンボ」が選曲された。MCとのやりとりの中で、細野さんは「リンボ」を「前にも後ろにも行けない状態=地獄」と説明していた。高校生の自分は、やけに意味深な言い回しだな、と思っていた。YMO最終アルバム「サーヴィス」にも「リンボ」という曲があるが、これとは全く違う曲である。
深夜3時も回った時間、その静かな闇の中聴いていた記憶。
B面
1/ L.D.K(リビング・ダイニング・キッチン)・・・過去作った曲をお蔵出しでリメイクしたもの。すごいカッコいい出来上がりとなった。昔作ったものがスライ(&ザ・ファミリーストーン)そっくりで没になった経緯を、教授のサウンドストリートで話していた。L.D.Kはこのアルバムが録音されたスタジオの名前。
YMO時代3人とも時間が無いせいもあり、スタジオに入ってから曲を作っていくスタイルだったが、スタジオ代が膨大に膨らんでいた為、YENレーベル発足時に、YMOのパトロンだった村井邦彦さんが自費でL.D.Kスタジオを設立。細野さんらが自由自在に使える空間となった。ここに細野さんは一人こもって「フィルハーモニー」を制作した。
2/お誕生会・・・細野さん&イミュレーター1&プロフィット5&MC-4だけのアルバム制作。そんな孤絶された世界に色んな人が慰問にやってくる。その人たちが残した一言コメントや呼吸音などでこの曲は構成されている。
私が初めてこの曲を聴いたとき、この不気味で不思議なエネルギーに驚いた。ピーター・バラカン先生が初DJだった番組「スタジオ・テクノポリス27」にデヴィッド・シルヴィアンがゲスト出演した際、この曲をリクエスト、「happy birthday・・・hosono」と言っていたのがとても印象に残っている。確かに細野さんじゃなければ作れないような世界観。
中村とうようさんもミュージックマガジンのレビューでこう言っている。
「・・・(お誕生会)もちょっと南アジア的で、ベルの音とプシュッというような電気音と遠くで聞こえる人声とから成る、ぼくにはビルマあたりの仏教音楽を思い浮かばせる、静けさの中に胸さわぎを秘めた音楽だ。」
3/スポーツマン・・・明るくポップなイメージだけども、今回聴くと「TAISO/体操」(テクノデリック)の続編みたいに聴こえた。幸宏の初ソロツアーでも、細野さんのコーナーとしてこの曲は全員で演奏された。
4/フィルハーモニー・・・この曲も「ピクニック」同様、イミュレーター1(ワン)が届いた日に出来上がったという曲。即興演奏から発展させたものだが、「ハッハッハッハッ・・・」という拍子は、まさかローリー・アンダーソンの「オー・スーパーマン」からの影響ではないよな?などと今になって急に思ったりした。1982年前半に細野さんは聴いてはいただろうが。
5/エア・コン・・・ブライアン・イーノの「ミュージック・フォー・エアポーツ」収録の「2/2(ツー・オーヴァー・ツー)」に酷似している。アルバム最終の曲として、「BGM」収録の「LOOM/来るべき世界」みたいに気流音が空中を舞う。
その音は全体を鎮め、音量を下げていき、アルバム「フィルハーモニー」は終わっていく。
背後で鳴っている音が、踏切の警報音のようで、黙示録的な隠喩のように聴こえる。
■YMO 「Sportsmen」(Live in London 2008)■