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近代科学の政治経済史(連載第57回)

2023-04-10 | 〆近代科学の政治経済史

十一 情報科学と情報資本・情報権力(続き)

電子計算機の発明と軍事の影
 電子計算機としてのコンピュータが発明されるためには、まず土台となる計算機の発達、とりくわけデジタル式計算機の開発に加え、電気を動力源とする電動機の発明が先行しなければならなかった。
 その詳しい発達過程を逐一追うことはここでの論題を外れるので省略するが、現代のコンピュータにつながる開発の源流はドイツとイギリス、アメリカにそれぞれ独立に存在した。しかも、そのいずれにも軍事の影が見え隠れしている。
 ドイツの潮流の中心人物はコンラート・ツーゼである。彼の本職は土木技術者であったが、第二次大戦前から独自にコンピュータの開発を進め、ナチ党員ではなかったが、ナチスの資金援助を得て、1941年に世界初の自動プログラム制御によるコンピュータ(Zuse Z3)を発明した。
 これは直接に軍事目的の研究開発ではなかったが、ナチスはツーゼの研究成果を誘導型の滑空爆弾技術に応用し、実戦使用したので、間接的には軍事的な研究成果となった。なお、ツーゼは戦後、世界初のコンピュータ企業を設立し、起業家としても情報資本の先駆けを示した。
 一方、イギリスでは数学者のアラン・チューリングがハードウェアとソフトウェアを備えた計算機の数学的仮想モデル(チューリング・マシン)を考案し、構想的な面でコンピュータの誕生を後押した。彼自身は実際にコンピュータを開発することはなかったが、理論面で情報科学の父と称されるゆえんである。
 なお、チューリングには第二次大戦中、英国政府の暗号学校でドイツが開発した暗号機エニグマによる暗号解読に貢献した軍事諜報分野での業績があり、ここにも軍事とのつながりが認められる。
 これとは別に、イギリスでは英国中央郵便本局研究所の研究チームがドイツの暗号文解読に特化した専用計算機コロッサス(Colossus)を開発した。コロッサスはまさに軍事的な目的で開発されたもので、用途も暗号解読に限定されていたが、デジタル式電子計算機としての性質を優に備えていた。
 さらに、アメリカでは陸軍弾道研究所の研究プロジェクトとして、ペンシルベニア大学を拠点に第二次大戦末期からエニアック(ENIAC)とエドバック(EDVAC)というコンピュータの開発が相次いで進められていた。特に後者のエドバックは二進法によるプログラム内蔵方式コンピュータという点で、今日のコンピュータの祖型とも言えるものである。
 このエドバックの理論構想をまとめたジョン・フォン・ノイマンは、ナチス政権を避けてアメリカに移住したユダヤ系の数学者・物理学者であり、コンピュータの父と目されている。彼はマンハッタン計画で原爆開発にも参加し、戦後もミサイル開発に寄与するなど、軍事科学者としての顔が濃厚であった。

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