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近代科学の政治経済史(連載第59回)

2023-04-24 | 〆近代科学の政治経済史

十一 情報科学と情報資本・情報権力(続き)

コンピュータネットワークの開発と高度情報社会
 コンピュータが単なる電子計算機を脱してより総合的な情報装置に昇華される重要な契機は、データを分割して送信するパケット交換によるコンピュータネットワーク、すなわちパケット通信網の開発であった
 そうしたパケット通信網の世界初例は、アメリカの国防総省高等研究計画局(旧略称ARPA)が主導して開発し、1969年から運用開始したアーパネット(ARPANET)である。その開発目的には諸説あるが、高等研究計画局は軍から独立した組織ながら軍事技術の開発を担う機関であるので、軍事通信技術としての利用が想定されていたことは否定できない。
 このようなコンピュータネットワークの理論構想は1960年代前半に高等研究計画局に在籍した心理学者・情報科学者ジョゼフ・リックライダーが提唱したタイムシェアリングシステム論(複数ユーザーが一台のコンピュータを同時利用するシステム)に源流があるが、パケット交換の理論構想はアメリカの情報科学者ポール・バランとイギリスの情報科学者ドナルド・デービスが別個に提唱した。
 ARPANETはこうした二つの理論を統合しつつ、ARPAの電子技術者ローレンス・ロバーツが中心となって開発した画期的なコンピュータネットワークであり、今日のインターネットの(直接的ではないが)祖型とみなされるシステムであった。
 今日のインターネットに直結する情報技術として複数のテクストを相互に結びつけるハイパーテクストの理論は情報科学者ではなく、アメリカの社会学者テッド・ネルソンが提唱したものであるが、情報技術としての実用化には長期間を要し、1989年に欧州原子核研究機構の情報科学者ティム・バーナーズ‐リーによって開発されたワールド・ワイド・ウェブ(WWW)が決定的となった。
 一方、コンピュータネットワークとしては1986年にアメリカの連邦機関の一つである全米科学財団が開発した全米科学財団ネットワーク(NSFNet)が台頭し、先行のARPANETは1983年に軍事部門を分離したものの次第に陳腐化し、1990年に運用を終了した。
 1970年代に現れたインターネットの概念は、1986年にアメリカ政府の支援のもとにインターネット技術の標準化団体としてインターネット技術タスクフォースが設立されて以来、定着した。
 さらに、インターネットの普及を促進した商用利用に関しては1989年に設立されたアメリカ企業PSINetが先駆者であり、これを皮切りにインターネットの商用利用が拡大進んだ。1990年代にアナログ電話回線を通じてインターネット接続サービスを提供できる高速デジタルデータ通信技術としてADSLが開発されたことは、その後のインターネットの大衆的普及に決定的な役割を果たした。
 こうしたコンピュータネットワークの開発・発展によってコンピュータが相互に接続された情報通信機器として進化することとなり、電子化された情報が国境を超えて高速でやりとりされる高度情報社会が形成されていく。

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