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近代革命の社会力学(連載第238回)

2021-05-19 | 〆近代革命の社会力学

三十四 ハンガリー民主化未遂革命:ハンガリー動乱

(5)限定的自由化への収斂
 ソ連がハンガリーの民主化革命を軍事介入によって粉砕した1956年の出来事は、あたかもその二年前の1954年、中米のグアテマラでアメリカがクーデター支援介入によって当時のアルベンス革新政権を転覆した出来事に相応するものであり、米ソともども、自国の覇権を維持すべく、敵対的とみなした同盟内の政権を軍事的に排除し合った、まさに冷戦時代の産物である。
 軍事介入後に衛星的な政権に建て替えるやり方も両事象に共通した流れであるが、ハンガリー動乱後にソ連の衛星政権を託されたのは、カーダール・ヤーノシュであった。この人物は、前述したとおり、独裁者ラーコシの不興を買って一度は投獄されながら、第一次ナジ政権下で釈放された後、56年民主化革命渦中で、革命派からの批判が強かった保守派ゲレー勤労者党第一書記に代わって第一書記に復権していた。
 カーダールは当時まだ40代の中堅党幹部で、政治的立場が明瞭でないある種の日和見的な人物であったが、そのように中途半端な履歴はソ連主導で革命粉砕後の事態収拾を図るにはむしろ適任と言えたため、抜擢されたものと考えられる。
 彼はソ連との連携の下、1956年11月4日にナジ政権に代わる新政権の樹立を宣言した。この政権は「ハンガリー革命労農政府」なる大仰な革命的名称を冠していたが、実際のところは、ソ連の傀儡臨時政府にすぎなかった。
 カーダール政権の最初の仕事は、革命主導者・参加者に対する報復的な処罰であり、最終的に2万2千人が有罪判決を受け、229人が処刑された。前首相ナジも例外ではなく、いったんはユースラビア大使館に亡命した彼も逮捕され、秘密裁判によって死刑に処せられることとなった。
 このような報復裁判と並行して、カーダールは革命渦中で社会主義労働者党に党名変更していた支配政党内の粛清と再編を断行したうえ、以後、20世紀末の中・東欧民主化革命の潮流に先駆けて辞任に追い込まれるまで、30年以上もハンガリーの最高実権者として統治することとなる。
 この長いカーダール時代の件は56年革命の範疇を離れることになるが、革命との関わりで見ると、カーダール体制はその長期支配の中でもラーコシ独裁時代のような統制と抑圧とは一線を画し、体制が安定した1960年代以降、むしろ政治経済の限定的な自由化に向かったことは特筆すべきことである。
 56年革命について語ることや反ソ的言説はタブーとされながらも、検閲に合格しない書籍類の地下出版が黙認されるなど、文化的活動の自由はある程度保障されたほか、ソ連や近隣社会主義諸国で暗躍した冷酷な秘密警察の活動も限定的であった。
 経済的な面でも、農業集団化を緩和して農民の小土地所有を認めたほか、重工業偏重に赴いたソ連型社会主義とは一線を画し、西側からの外資の限定的導入を含めた市場経済の要素を取り入れ、消費を刺激し、大衆の生活水準の向上を意識的に目指す独自の社会主義路線を敷いたのであった。
 このようなカーダールの路線はしばしば「グヤーシュ共産主義」とも評された。グヤーシュとはごった煮スープのようなハンガリーの伝統的家庭料理であるが、この比喩はカーダール路線の消費政策を重視した混合経済的な社会主義政策を、ソ連式の教条的なマルクス‐レーニン主義のイデオロギーと対照して、いくぶん揶揄をも込めて標語化したものである。
 このように、カーダール体制がソ連の軍事介入によって民主化革命を粉砕して成立したにもかかわらず、最終的に限定的な自由化路線に収斂したことは、56年革命の遺産が完全に放棄されたわけではなく、極めて限定的ながらも、革命の残影が挫折後にも残されたことを意味すると言える。
 ただし、カーダール体制の「自由化」はあくまでも文化・経済政策を中心に限局されたものであり、体制の枠組みとしてはカーダール第一書記(1985年以後は書記長)を頂点とする社会主義労働者党の一党支配体制に変更はなく、複数政党制に基づく西側式の議会制は否定されていたし、56年革命時に立ち上げられた労働者評議会のような民衆的な組織も容認されることはなかった。
 そうした意味では、カーダールの「グヤーシュ共産主義」は56年民主化革命を換骨奪胎したうえで、ソ連の覇権の許容限度内で成立した新路線と言うことができるであろう。とはいえ、カーダール体制の限定的自由化はハンガリー民衆の間に改めて民主化への希求を醸成したことは否めず、そのことが冷戦末期、ハンガリーでいち早く民主化革命が始動する動因ともなったであろう。


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