Ⅱ イギリス―分散型警察国家
2‐0:中央警察集合体
イギリスの中央警察集合体はアメリカの連邦警察集合体に対応する国家レベルの警察機関群であるが、アメリカの肥大化した連邦警察集合体に比すれば、イギリスの中央警察集合体はなお小規模なものにとどまる。しかし、近年、保守党政権下で拡大傾向にあることは確かである。
イギリスの場合、中央政府レベルにおける治安官庁は、内務省(Home Office)であり、中央警察集合体も内務省系統がその中核である。もっとも、イギリスでは依然として国家警察を擁しないため、いくつかの内務省所管機関の集合体の形で存在する。
中でも近年の大きな変化として、イギリス版FBIとしての国家犯罪庁(National Crime Agency:NCA)の設置がある。ただし、人員や権限はFBIよりも限られており、発達途上の新機関である。
内務省系機関として、より歴史が古いのは、国境警備や移民管理に関わる諸機関であるが、この分野でも、近年、移民取締りの効率を上げるために変更が加えられ、新たに内務大臣直属の国境警備隊である国境隊(Border Force)と移民執行局(Immigration Enforcement)とに分離された。
また、国内諜報機関として歴史の古い保安庁(Security Service:通称MI5)も、国内治安情報の収集に関わることから、形式的ではあるが、内務大臣の管轄下にある。保安庁は本来、諜報機関であって、捜査機関ではないが、対テロ対策にも関わる近年は、中央警察集合体の一翼にもかかってきている。
アメリカにおいて連邦警察集合体の中核を成す司法省に相当する中央省庁はイギリスには存在しないが、イングランド・ウェールズ法務総監(Her Majesty's Attorney General for England and Wales)が監督する中央捜査機関として、重大知能犯局(Serious Fraud Office:SFO)が存在する。時代的には、如上NCAよりも早い1987年設置の機関である。
そのほか、中央警察集合体には、特別警察と呼ばれる三つの警察機関、すなわち、英国鉄道警察(British Transport Police)、民間原子力保安隊(Civil Nuclear Constabulary )、国防省警察(Ministry of Defence Police)が含まれる。
これら三機関は、それぞれ運輸省、ビジネス・エネルギー・産業戦略省、国防省の管轄下にあり、組織としては別立てであるが、100人以上の死者を出した2015年のパリ同時多発テロ事件を受け、2016年には当時のメイ政権が如上三つの特別警察の狙撃要員を統合した4000人規模の新たな即応部隊の創設を打ち出した。
本稿執筆時点で、この新組織に関する正式な発足の情報は得られていないが、「テロとの戦い」テーゼに対応して、中央警察集合体の統合を図る動きと見られる。これは、前回見た地方警察の統合運用と合わせ、イギリスの分散型警察国家における集権的な変容の動きとして注目される。