アメリカには全米レベルでの国民投票の制度はないが、投票日が今月3日に迫った2020年アメリカ大統領選挙は、たった二つの政党の候補者のどちらが大統領にふさわしいかという単純な選択を問うものではない。もしそうなら、74歳と77歳の爺様対決ほど退屈なものはないだろう。
しかし、今般大統領選は単純な選挙を超えて、アメリカの今後の体制を選択する事実上の国民投票に近い様相を呈してきている。すなわち、トランプ大統領によるアメリカン・ファシズムへの移行か、それとも初代ワシントン大統領以来の古典的な三権分立に基づく共和政を維持するのかどうかの選択である。
過去四年間、トランプは170年近い伝統を持つ共和党(Republican Party)をほぼ乗っ取り、事実上のトランプ党(Trumpian Party)に変えることに成功し、ホワイトハウス内では親族やイエスマン/ウーマンだけを集め、専制的にふるまってきた。
しかし、三権分立テーゼに立ち、大統領の権限・任期ともに制約する合衆国憲法には手を付けられず、事実上の御用メディアと化したFoxニュース以外の批判的な報道機関を統制することもできず、完全な独裁者にはなり切れていない。
もしトランプが勝利・再選すれば、改憲ならぬ“壊憲”に踏み込むかもしれない。例えば、「解釈改憲」による大統領任期制限の撤廃(事実上の終身大統領制)、大統領の下院解散権の付与、反政府的言論の禁止などである。あるいは、大勝すれば、その勢いで正面から憲法修正に挑み、如上の修正条項を創設する道も開けるかもしれない。
現時点の世論調査では、民主党のバイデン候補がリードしているとされるが、世論調査は調査者の願望が投影された“世論操作”の道具であるから、当てにならない。前回2016年大統領選でも事前の世論調査結果を裏切り、トランプが当選を果たしている。
その点、筆者は政治分析とは別に、差別問題の視点に立ち、トランプの口から連日のように繰り出される差別的言説がマス・メディアで報じられることの宣言効果により、彼の当選を後押ししてしまう危険を指摘し、5年前の共和党内予備選挙の前から、彼の大統領当選を半ば予見していたのであるが(拙稿:トランプ差別発話への対処法)、同じことは今般選挙にも妥当する。
それに加え、今回は現職の強みを生かして、トランプ陣営とその協力者の州知事、裁判官らが合法的な形で投票妨害を画策することによって―トランプ親衛隊のような民間武装組織による非合法な妨害行動も懸念されている―、民主党支持者に投票させないようにしたり、投票を無効化するといった術策を駆使しようとしているため、これが功を奏すれば、前回と同様に、劣勢予測を覆して勝利する可能性は残されていよう。
いずれにせよ、「国民投票」は前向きのものではない。かつて世界大戦ではアメリカがその打倒のために犠牲を払ったはずのファシズムの亡霊をアメリカで蘇生させるのか、それとも古典的な三権分立を護持するのかという後ろ向きの問いが問われているにすぎない。ここに、18世紀の生きた化石のようなアメリカ合衆国の限界が見て取れる。