踊る小児科医のblog

青森県八戸市 くば小児科クリニック 感染症 予防接種 禁煙 核燃・原発

“奈良妊婦死産” 繰り返される問題「報道」

2007年09月03日 | こども・小児科
この件について伝わっている全ての情報をチェックしているわけではないので、認識・判断の誤りがある可能性があることをお断りしておきます。
この件については報道された当初から疑問点が多々あり、正直言ってどこに問題の本質があるのか、そもそもこれほど騒がれなくてはいけないケースなのかどうかすら、よくわかりません。

もちろん、死産となったご本人にとっては不幸なことで、搬送先が決まらなかったことや途中で事故が起きたことなど、悪条件が重なったことも事実ですが、それとは別にして問題の所在について検証しなくてはいけないのに、マスコミは最初から「またしても起きた妊婦たらい回し事件による悲劇」と断定して、病院や消防の対応やシステムに不備があったかのごとく報道しています。

下記記事では病院側に余力があったと書かれていますが、県立医大がHPで発表した記録をみれば、とてもそんな状態ではなかったことに疑問の余地はなさそうです(経験的に産科医の過酷な状況は知っているつもりでしたが、ここまでとは…)。

奈良妊婦死産:最初要請の病院 受け入れに余力(毎日)

明らかにこれが問題だとわかるのは、この妊婦さんがかかりつけ医を持たない「飛び込み分娩」だということ。
これが一番で、いまこういった検診を受けない飛び込み分娩が増えています。
この妊婦さん一人を責めようという意味ではなく、社会全体としてそういう状況にあるということ。

もし普段から受診しているかかりつけ医があれば、当然その産婦人科で対応し、死産だとわかればそこで処置しただろうし、胎児は生きていて分娩が進行する切迫早産の状態ならば、産科救急システムの中で二次三次病院に搬送するなり対応はできたはず。

また、妊娠7か月(在胎24週?)と伝えられていますが、もし胎児死亡ではなく切迫早産の状態なら、産科が満床であろうがなかろうが、NICUで新生児を受け入れ可能な基幹病院でなければ、搬送することはできません。

かかりつけ医のないこのような悪条件の救急患者の受け入れ先が、夜中の2時3時にすぐにみつからなくても不自然ではないし、数時間で高槻の病院がみつかったのであれば、まともに機能していたようにも思えます。
これは別に奈良県だけの問題ではなく、日本全国どこで起きても不思議じゃないし、結果がどうなったかはまた別の話でしょう。

当然のことながら、トータルとしてのキャパシティ(医師数、施設、病床)が飛躍的にアップすればこのような問題はなくなるのですが、政府は何があろうとも毎年2200億円の医療費削減を毎年毎年、今後5年間続けようというのですから、小手先の対応(病院再編)だけでは本質的な改善は望めないでしょう。

最初から疑問だったのは、搬送先がみつからず時間がかかったことと死産との因果関係があるのかということ。
要するに、早く搬送すれば助かる可能性があったのか、時間と関係なく最初から駄目だったケースなのかという疑問。

ここがわからないまま、「搬送遅れで死産→また繰り返された悲劇」という構図を勝手に描いて報道していること。
その後の情報では、やはり子宮内胎児死亡であったとのこと。

各病院や消防の対応、あるいはシステムそのものに問題があったのか、なかったのか。(検証は今後)
どこにミスや不備があったのか? …全然わかりません。

いずれにせよ、またマスコミが正義感ぶった医療たたきをして医療崩壊を加速させるという不幸が繰り返されないよう、きちんとした検証が求められます。

昨年の大淀病院の件では、産婦人科が廃止となり地域の産婦人科医療は崩壊へと向かいました。
福島の大野病院の産科医逮捕事件では、全国の産科医一人の病院で産科医が引き上げられました。

----------------------------------------------------------------------------------
平成19年8月28日の当直日誌記録より (産婦人科当直者 2名)
対 応 内 容
8月28日(火)
19:06 前回帝王切開した患者A(妊娠36週)が出血のため来院
    診察終了後、患者A帰宅
19:45 重症患者B(妊娠32週) 妊娠高血圧のため搬送入院、病状管理に努める
23:00 重症患者Cの手術終了(9:00~手術開始)
    医師一人が術後の経過観察を実施
23:30 患者B 早剥のため手術室へ搬送、緊急帝王切開実施(00:08終了)
8月29日(水)
00:32 患者Bが病室に帰室
    重症であったため、医師一人が朝まで術後の処置等におわれながら、他
    の患者への処置等を応援
    当直外の医師1名も、重症患者の処置応援にあたり2:30頃まで勤務
02:54 患者D(妊娠39週) 陣痛のため緊急入院、処置
02:55 救急隊から1回目の入電(医大事務当直より連絡があり、当直医一人が事
    務に返答)
   「お産の診察中で、後にしてほしい」
03:32 患者E(妊娠40週) 破水のため緊急入院、処置
   (患者Eの入院により、産科病棟満床となる)
04:00 開業医から、分娩後に大量出血の患者Fに関する入電があり、搬送依頼あ
    るが、部屋がないため他の病棟に交渉を開始
04:00頃 上記の直後に救急隊から2回目の入電(医大事務が説明したところ電話が
    切れる)
   「今、医師が、急患搬送を希望している他医療機関医師と話をしているの
    で後で電話をしてほしい」
05:30 産科満床のため、患者Fを他病棟に緊急収容
05:55 患者Dの出産に立ち会う
   その後も、患者Fの対応におわれる
08:30 当直者2名は一睡もしないまま、1名は外来など通常業務につき、他1名は
    代務先の医療機関において24時間勤務に従事