踊る小児科医のblog

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無煙社会に踏み出した世界 取り残される日本

2007年09月04日 | 禁煙・防煙
 本年5月31日の世界禁煙デーにWHOが発表した標語は「Smoke-free environments:たばこ、煙のない環境」(厚生労働省訳)というもので、一見すると訴求力に乏しい印象があるが、その内容を読めば、これがタバコ戦争の終結に向けた強力な武器になることは間違いないと言えるだろう。

 これに先立つ1年前の2006年に、米国公衆衛生長官は「受動喫煙はタバコを吸わない子どもと大人の生命と健康を奪い、そこに安全無害なレベルのないこと、分煙や換気では受動喫煙を防ぐことはできず、屋内の喫煙禁止しかないこと」を報告している。WHOではその他の多くの根拠や屋内完全禁煙を実施している国における経験なども踏まえて、今回、次の4項目からなる「受動喫煙防止のための勧告」を発表した。

 1. 屋内は分煙ではなく、完全禁煙でなければならない
 2. 法律によりすべての人に完全禁煙を保証すること
 3. 法律を適切に履行し、十分な対策を講じて徹底させること
 4. 家庭での受動喫煙をなくすよう教育を行うこと

 さらに、この勧告を実施に移すガイドラインを制定するために、たばこ規制枠組み条約(FCTC)加盟国の国際会議がタイで開催され、2010年2月をリミットとして各国に飲食店やタクシーを含む屋内完全禁煙の法制化を義務づけた。

 この会議において、日本はただ一国だけガイドラインの内容を緩和するよう修正を求めたが、各国から反対意見が続出してやむなく取り下げた結果、全会一致で可決されたのだという。つまり、タバコの災禍から国民の命を守るために、いかにしてタバコ産業を抑えて実効性のある規制を実施するかを話し合う会議に、わが国だけは、タバコ産業を守るために規制を緩和させることを目的として参加していたのである。その代表が、厚労省ではなく財務省と外務省の官僚であったことに、この問題の本質が体現されている。

 以上のような事実および経過について、政府は会議終了後も口をつぐみ、一部を除いてマスコミも全くと言っていいほど報道していない。その結果、ほとんどの国民は知らされておらず、一種の情報鎖国状態にある。FCTC批准後の対策状況をまとめた報告書でも、日本は受動喫煙防止対策で先進国中最低レベルにあることが明らかになったが、上記勧告にも関わらず新たな法制化により規制を実施するつもりはないようだ。

 さまざまな喫煙規制対策は、単に受動喫煙を防止して非喫煙者や子どもを守るだけでなく、そのことによって喫煙者に禁煙を促して喫煙率を減少させ、さらには法規制が困難な家庭内の受動喫煙を減らすことが大きな目的となる。

 タバコ産業もその効果が大きいことを熟知していて、路上喫煙禁止区域に喫煙ブースを設けるなど執拗な抵抗を続けてきた。今回の世界禁煙デー・アピールにおいても、WHOはタバコ産業がよく用いる次のような6つの主張は全て根拠のない詭弁(ウソ)であると断定し、それを規制後退の言い訳にさせないための反論を展開している。全文は日本禁煙学会のHPに掲載されているので参照されたい。

 1. 受動喫煙はたんなる迷惑問題にすぎない
 2. 問題はマナーで解決できる
 3. 換気を十分に行えば問題ない
 4. 法律で禁煙としても、守られるはずがない
 5. バーやレストランの売上が減る
 6. タバコを吸う権利と選択の自由の侵害だ

 実際には、欧米やアジア、南米など二十数カ国ですでに屋内禁煙化が実施されているのに加え、今回の勧告により残った国々でも砦を崩すことが可能となった。

 また、JTは健康日本21およびその中間評価、がん対策の三度にわたり、成人喫煙率半減目標の設定に強く抵抗し、政治的圧力によって葬り去った。しかし、ここ数年の推移を分析してみると、男性の喫煙率は2000年の54%から2011年には29~26%まで低下することが予想され、JTの妨害にもかかわらず目標とした2010年の1年遅れで半減目標が達成されそうだということがわかった。

 青森県タバコ問題懇談会では6月17日に、世界禁煙デーを記念して『無煙世代を育てよう』をメインテーマに関係者や一般市民向けに講演会・シンポジウムおよび禁煙ウォーク、禁煙相談を開催した。(全国保険医新聞に既報)

 弘前大学の中路重之教授(当会顧問)は「青森県民の健康寿命とタバコ」と題した基調講演の中で、平均寿命は社会全体の総合力の産物であり、長野県と本県男性の平均寿命3.2歳の差は、30-69歳の各年代において1.4~1.6倍も多く死亡していることを意味し、その差は一朝一夕に埋められるものではないこと、その中で県民の高い喫煙率が大きな要因となっており、タバコの害についての正しい知識を持つことが重要であることなどが強調された。

 シンポジウム『健康あおもり21の未成年喫煙率0%を達成するために』では、県健康福祉部の熊谷崇子氏より「健康あおもり21中間評価と今後の対策」が、深浦町の保健師・阿部丈亮氏より「地域における禁煙教育」の総合的な取り組みが紹介され、総合討論では未だに実現しない全県全学校の敷地内禁煙化についての問題点などが議論された。

 八戸市における調査で、いま中学生の65%は喫煙者のいる家庭で育っていて受動喫煙の害を被っていることや、家族に喫煙者のいる中学生は喫煙率が高く、特に母親が喫煙している場合は娘の喫煙率が突出して高くなることなどが報告された。この悪循環を絶つためには、防煙教育だけ、あるいは禁煙治療だけといった単発的なアプローチではなく、社会全体として屋内禁煙化などの喫煙規制やタバコ税の大幅増税、自動販売機の規制など総合的な取り組みが必須である。

 ここに来て、大分県、神奈川県をはじめとしたタクシーの全県全車禁煙化が全国に拡がりをみせているが、本県においてはその取り組みは鈍く、ほとんどの飲食店やホテルロビーなどは健康増進法違反の状態が放置されている。今年度の当会の目標としてタクシーやホテルなどの禁煙化について調査・要請活動を行っていく予定にしているが、同時に国際的な約束であるFCTCに沿った規制を実施するための法制化を、全国的な活動と連携して求めていく必要がある。

 タバコ問題は、単に健康に悪いとか、嫌煙とか迷惑とかそういったレベルの問題ではない。薬害エイズやアスベストなどと同じように、政府が国民の命よりも企業活動を優先して諸外国と同様に実施すべき規制を怠ったために、防げたはずの死が積み重ねられている構造的犯罪だと言っても過言ではない。私たち医療関係者はその事実を患者さん・国民に広く伝えていき、根本的な政策転換を起こさせるための重要な立場にある。世界の動きや医学的なエビデンスを踏まえて、年間11万人以上の犠牲者を出し続けているこの問題に対して関心と理解を深め、一緒に行動していただけることを望みます。

(青森県保険医新聞掲載予定)