万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

『パナマ文書』は新自由主義の成れの果て

2016年05月13日 09時58分48秒 | 国際政治
 『パナマ文書』の公開は、企業や富裕層の節税や脱税、並びに、国際的闇資金の流れに関するリーク事件の域を越えて、国際秩序のあり方をも問うているように思えます。何故ならば、『パナマ文書』問題こそが、新自由主義が世界レベルで進めてきた所謂”自由な世界”の象徴であるからです。

 新自由主義の核となるコンセプトは、その名が示すように、徹底した自由化、しかも、国境の壁をできる限り低くし、もの、サービス、資本、人、情報、技術…の移動を自由化することです。全世界が一つの移動自由な市場となれば、企業は、自らの利益確保にとって最適な場所をピックアップし、分散的・効率的に事業を展開することができます。原材料の調達段階では、資源国とのパイプを構築し、製造段階では最も労働コストが低い国に製造拠点を設置するか、低コストの移民を受け入れ、販売段階では、高性能品は最も購買力の高い先進国市場に狙いを定めると共に、汎用品は新興国で販売し、技術開発分野では、最も技術力の高い国に開発拠点を設ける、あるいは、その国から人材をリクルートする…、といったことも可能なのです。否、実際に、既にこうした分散的で、効率的な事業展開は当然視されています。

 国境が低ければ低いほど収益チャンスが拡大するため、まずは、国レベルにおいて国境を低くする政策を採用する必要があります。このために、新自由主義者の”伝道師達”は、日本国を含めて世界各国で自説を熱心に説き、国境に関する規制緩和に成功してきました。新自由主義的な政策こそ、国家の繁栄を約束すると…。

 しかしながら、政府の誤算の一つは、国境を越えた移動の自由化が、納税者でもあり、雇用の源泉である企業や有能な人材といった、自らにプラスになるはずの要素が国外に逃避するチャンスをも提供することに気が付かなかったことです。企業の収益最適化行動のパターンからしますと、地球上に存在する限り納税義務から逃れられないのであるならば、最も税負担が低い場所に移動することは理に適っています。かくして、企業の多くは、”悪魔の見えざる手”に導かれるかのように、タックス・ヘイブンへと資金を逃避させたのです。

 一見、合理的に見える企業の収益最適化行動が、実は、国家財政に寄生していながら、国家に対する公的義務の放棄、すなわち、企業のフリーライダー化であったことは、新自由主義思想には、国やそこに生きる人々の権利を一顧だにしない冷酷さの容認が含まれていることを示しています。新自由主義とは、国家のみならず、国際社会に対する責任をも切り捨てたところで成立する、自己中心的な思想でしかないのです。果たして、新自由主義者が描く世界は、人類にとりまして理想なのでしょうか。経済活動のグローバル化自体には経済成長を促し、人々の生活水準を高める効果が認められるものの、『パナマ文書』は、新自由主義の追求が、一部を富ませても、決して人類全体の発展には貢献しないことを示唆しているのではないでしょうか。

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コメント (2)
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