SNSにおいて全世界を網羅するプラットフォームを構築したフェイスブックは、いよいよ金融の分野にも進出する模様です。報道に依りますと、スイスのジュネーブを本部とするリブラ協会が発行・運営してきた仮想通貨「Libra」に参加するそうです。
当初はフェイスブックがビットコイン形式の独自の通貨を発行するのではないかとする憶測もありましたが、結局は既存の「Libra」への参加というスタイルになりました。マイニングによる‘無から有を生み出す’ような通貨発行ではなく、各国が発行している公定通貨や短期国債といった変動率の低い資産を準備としますので、一先ずは、公的な信用の裏付けがあります。また、米ドルやユーロとの交換も保障されている「ステーブルコイン」であり、いわば‘兌換通貨’なのです(一方、アリババの送金システムは人民元とのリンケージが予測される…)。同社の仮想通貨の目的については、日経新聞朝刊(6月19日付)は、(1)国境を越えた送金・決裁システムの提供、並びに、(2)独自通貨圏の形成の二つを挙げています。
第一の目的については、27億人とされるユーザーの強みを持ち、グローバルなプラットフォームを有するフェイスブックと「Libra」のメンバーであるマスターカード、ペイパル、ビザといった他の決裁企業との間で利害が一致したのでしょう。今日、全世界で銀行口座を持たない人口は17億を数えると言います。アフリカやアジア諸国が想定されますが、これらの人々は、「Libra」を利用さえすれば銀行に口座を開設しなくとも送金や決済が自由にできるようになります。銀行システムが未整備な諸国は、決裁企業にとりましてもフロンティアであり、ビジネスチャンスでもあります。あるいは、ジンバブエのようにハイパーインフレーションに見舞われたり、自国通貨に対する信頼性の低い国では、自国通貨に代わって「Libra」が通貨の役割を果たすようになるかもしれません。
第二の目的は、フェイスブックと「Libra」に参加している他のIT関連企業との思惑の一致として理解されます。各社が構築してきたプラットフォームをLibraシステムの内に融合させれば、そこには、一大経済圏が出現する可能性があるからです。現在、ウーバーテクノロジをはじめ30社ほどがLibra協会に加盟していますが、今後、さらに参加企業が増加すれば、自国通貨を使用しなくとも‘Libra圏’で生活できるようになるかもしれないのです。
以上の二つの目的は、フェイスブックの野心的な経営方針からしますと、何れも理解に難くはありません。しかしながら、これらの二つの目的を同時に追うことはできるのでしょうか。二つの目的を切り離して考えますと実現は可能なように思われるのですが、両者の間には二律背反的な問題が潜んでいるように思えます。
EUにおいて単一通貨圏となるユーロ圏を構想するに際して、その主たる阻害要因として指摘されたのは、各国間の物価水準の違いです。単一通貨圏内において同じ製品やサービスに対して同一の価格を付けることが難しくなるからです。このため、EUでは収斂基金等を設けて経済レベルの低い諸国を底上げするための積極的な投資を行い、物価水準の平準化を図ろうとさえしてきました。‘Libra圏’でも、国境を越えた送金・決裁が行われるのですから、この問題に直面するはずです。しかも、アフリカやアジア諸国とアメリカ等の先進国との間の経済格差は、EU加盟国間の比ではありません。
第一の目的を追求するためには第二の目的を諦めて途上国への送金のみに機能を特化しなければなりませんし、第二の目的を追えば、サービス対象を物価水準が同程度で推移している先進諸国に限定し、第一の目的を断念せざるを得なくなりましょう。このように考えますと、フェイスブックの‘Libra圏’構想には、相当の無理があるように思えるのです。
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