万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国の重大な岐路

2019年06月14日 11時25分14秒 | 国際政治
改正案、20日の採決困難に=香港民主派は日曜デモ予告―逃亡犯条例
 先日放送されたNHKの番組に依れば、30年前の6月4日に発生した天安門事件に対する米欧諸国の批判は形式的なものに過ぎなかったそうです。実際、当時のブッシュ大統領は鄧小平氏宛てに励ますような内容の書簡を送ったとされています。

 天安門事件の背景には、中国の国家権力の内部における政治的民主化を主張する趙紫陽氏との間の路線対立があり、流血の大惨事に至った軍による制圧は鄧小平派による陰謀であったとする説さえあります。人民日報において敢えて学生デモを‘動乱’と決めつけることで民主化運動の激化を図り、軍投入に根拠を与えたとする見方です(もしかしますと、煽り役として学生側に工作員を侵入させていたかもしれない…)。言い換えますと、鄧小平派は、民主化運動の息の根を止めるためには、趙紫陽氏と学生とを同時に葬り去る必要があり、そのためには、圧倒的な‘暴力’を以って根こそぎにすべしと考えたのでしょう。

かくして、あろうことか人民解放軍は護るべき人民に銃口を向けることとなったのですが、鄧小平氏は、鎮圧後に‘学生の20人の命を犠牲にすれば、共産党一党独裁体制は20年生き延びることができる’、といった趣旨の言葉を嘯いていたそうです。正確な犠牲者数は不明なものの、凡そ1万人ほどの命が失われたとする指摘もあり、天安門事件は、中国共産党にとりましては1万年という半永久的な体制保障を意味したのでしょう。

 しかしながら、この鄧小平氏のもくろみは成就するのでしょうか。今般、香港では、本国への引き渡しを認める「逃亡犯条例」の改正に反対する大規模なデモが発生しています。今般の運動には、凡そ学生のみが参加した雨傘運動とは違い、一般の香港市民も参加していると伝わります。現時点で抵抗しなければ、永遠に共産主義体制に組み込まれてしまうとする危機感が香港市民をしてデモに駆り立てているのでしょう。

そして、この現象は、中国本土においても反政府運動が起き得ることを示しています。天安門事件当時とは違い、今日の一般中国人の多くは、海外旅行や留学等を通じて海外の自由な空気を知っています。また、香港と同様に、一般中国人もまた、経済的な豊かさをも経験しています。中国本土では、当局のメディア規制によって香港での出来事を報じてはいないものの、同情報は、スマートフォンを介さない口コミでは広がっていることでしょう。中国当局は、一党独裁体制を維持するために、先端的なITやAI技術を以って厳格な国民監視体制を敷いていますが、香港の大規模デモは、中国本土に飛び火しないとも限らないのです。

中国本土における反政府デモへの波及が予測されるとしますと、習近平政権が、重大な局面を迎える可能性も否定はできません。仮に、香港の大規模デモの要求に応じれば、中国本土においても政府に対する一般国民の要求が強まり、それは、やがて民主化運動のうねりとなって一党独裁体制を終焉に導くかもしれないからです。その一方で、同条例の改正を強行する、さらには、同デモを天安門事件に前例に倣って武力で鎮圧すれば、米中対立が激化する中、中国は、アメリカのみならず、日本国を含む自由主義諸国から激しい反発を受けることになりましょう。

そして、ここで熟慮すべきは、天安門事件以降の自由主義国の対中政策です。本記事の冒頭で述べましたように、アメリカのブッシュ大統領は、表向きは中国の残虐な虐殺行為を厳しく批判しながらも、裏ではむしろ中国と通じて武力弾圧を支持していた節があります。日本国政府もまた、宮沢政権下において天皇・皇后の訪中を敢行し、中国が、国際社会に復帰する道を開いてしまいました(‘日本は20年後には消滅している’と発言した李鵬氏も鄧小平派であった…)。この悪しき前例は、習近平国家主席が条例改正を強行する、あるいは、香港への軍の投入を決断する判断材料となる可能性はあります。たとえ人民解放軍を以って人民を踏み躙っても、時間が経過すればほとぼりも冷め、自由主義諸国も経済的利益を優先して天安門事件を不問に付すであろう、という…。

このように考えますと、日本国政府は、今般の香港の大規模デモに際して天安門事件時の誤りを繰り返してはならず、中国政府に対しては、今度ばかりは市民に対する弾圧を絶対に容認しないとする揺るぎない立場を前もって明確に示すべきではないでしょうか。命を賭してデモに参加している人々を護るために…。民主主義も自由も、人類が等しく希求する価値なのですから、先述した鄧小平氏の言葉とは逆に、全人口の約6%に過ぎない共産党員のために他の大多数の一般国民が犠牲となる体制が長続きするはずもありません。香港の大規模デモは、自由主義国に対しても、尊ぶべき人類の価値、そして、その倫理や道徳を鋭く問うていると思うのです。

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コメント (10)
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