万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

金正恩委員長の‘自分を護れ’命令-国民を護るのが指導者では?

2019年06月24日 17時06分11秒 | 国際政治

今月17日、北朝鮮では、金正恩委員長より大変奇妙な命令が発せられたそうです。その命令(緊急指示文)とは、‘最高司令官同志の身辺の安全をあらゆる方面から擁護、保衛せよ’というものです。この命令、本末転倒も甚だしいと思うのです。

  同命令が国民に下されたのは中国の習近平国家主席の訪朝が発表されたまさにその直後であり、公表されてはいないものの、タイミングからすれば両者の間には何らかの繋がりがあるのでしょう。最も可能性が高く、説得力が高いのは、同主席の訪朝に反対する国内勢力による暗殺を恐れたというシナリオです。ただし、中国の主席訪朝に対して否定的な立場にある勢力は、親米路線を志向するグループ、及び、米中両国から距離を置きたい独自路線派の両者があり得ます。後者の場合、習国家主席をアメリカとの仲介者、あるいは、メッセンジャーと見なしていることとなります。それとも、金委員長は、習主席が暗殺団を同行して訪朝してくると疑ったのでしょうか。

 また、報道に依りますと、最近、北朝鮮は、韓国の脱北者グループがドローンを用いて金日成や金日正の銅像の破壊を試みたとして批判しているそうです。この情報が正しければ、上述した国内の訪朝反対勢力みならず外国からの‘空からの暗殺’もあり得ますので、金委員長としては特に神経をとがらせているのでしょう。また、建国の父、並びに、その後継者の銅像の破壊は世襲独裁体制そのものに対する否定を意味していますので、金委員長には、自らの‘消滅’が同国の体制の終焉に等しいとする自覚があるのでしょう(フランスの絶対王政期を象徴するルイ14世と同様に、金委員長は国家を私物化して‘朕は国家なり’と考えているのかもしれない…)。

 何れにしましても、今般の命令は、北朝鮮の現体制が決して盤石ではなく、米中の狭間にあって動揺を来している証とも言えます。習主席の訪朝をめぐっても到着時の映像がカットされるという不自然な現象が見られたことに加えて、訪朝後には、手の裏を返したように金委員長がトランプ米大統領から受け取ったとされる親書を称賛しています。経済面のみならず、軍事面でも米中対立が先鋭化する中、アメリカ、中国、北朝鮮の三国の関係は不透明さを増すばかりです。 もっとも、視界不良の中にあっても確かなことは、自らを護るように国民に命じながら、金委員長が最も恐れているのは北朝鮮の国民であることです。同命令文には、17日から26日までを特別警戒習慣に定め、工場や企業所ごとの自衛警備団の結成や報奨金付きの‘異常な徴候’の通報に加え、首都平壌への立ち入り禁止や頻繁な外出の禁止など、一般国民に対する禁止事項が並んでいるそうです。つまり、同命令は、国民の自身に対する反感を敏感に察知した金委員長が、国民に対して‘自分を攻撃するな’と命じているに等しいのです。

 統治の原点に立ち返ってみますと、この命令は、冒頭で述べたように本末転倒です。何故ならば、国家、あるいは、それを預かる指導者の役割、あるいは、その存在意義とは、国民を護ることにあるからです。国家と国民との関係が逆転した国、即ち、統治者が自らの役割を忘れて自らを護るように国民に迫るような国は、長続きするはずもないように思えるのです。

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