らびおがゆく Vol.3

山形県を中心とした演奏活動等

Jean.Sibelius(1865~1957)

2009年12月10日 23時56分43秒 | 好きな作曲家(作品)
 山形響は12/19日(土)に第201回定期演奏会を山形テルサ・20日(日)に酒田定期第10回を希望ホールにて行う。この定期演奏会では久しぶりにJ.Siberiusの交響曲第2番を演奏する予定である。12月8日に144回目の誕生日を迎えたばかり。

 J.シベリウスは、フィンランドの作曲家で、山形響創立名誉指揮者の村川千秋氏が自分の指揮者生活最後7年間力を入れていた作曲家である。村川氏は、楽譜に並べてある音符の裏を読むために、毎年激寒のフィンランドに1~2ヶ月滞在し帰国してからその年の山形響定期演奏会に臨むという意気込みを見せていた。

 ちなみにその7年間(7回)の定期演奏会で演奏されたJ.シベリウスの作品を下記に記す。
・第97回定期演奏会(95.1.28)
 交響曲第1番 ホ短調 Op.39
 交響詩「ある伝説」op.9
 交響詩「フィンランディア」Op.26

・第103回定期演奏会(96.1.27)
 交響曲第2番 ニ長調 Op.43
 弦楽のための「即興曲」
 ~あと舘野泉氏を呼んで、ラフマニノフのPf協奏曲第2番~

・第108回定期演奏会(97.1.24)
 交響曲第3番 ハ長調 Op.52
 カレリア組曲 Op.11
 ポポヨラの娘 Op.49

・第114回定期演奏会(98.1.23)
 交響曲第4番 イ短調 Op.63
 ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47(Vn:千住真理子)
 ~あとノルトグレン氏へ委嘱した「ヤマガタ・ラプソディ」

・第120回定期演奏会(99.1.29)
 交響曲第5番 変ホ長調 Op.82
 田園組曲 Op.98-b
 ~あと舘野泉氏を呼んで、ベートーヴェンのPf協奏曲第5番「皇帝」

・第126回定期演奏会(00.1.28)
 交響曲第6番 ニ短調 Op.104
 四つの伝説曲 Op.22

・第132回定期演奏会(01.1.25)
 交響曲第7番 ハ長調 Op.105
 弦楽のための組曲「ラカスタヴァ」Op.14
 交響詩「フィンランディア」Op.26
 交響詩「タピオラ」Op.112

 となっている。その年を最後に村川氏は山形響の常任指揮者を辞してしまう。この時期は、定期演奏会以外でも村山定期演奏会など他の演奏会でもJ.シベリウスを取り上げることが多かった記憶がある。その後、黒岩氏~飯森氏と山形響は常任指揮者が変わってゆくのだが、この山形響のサウンドを作ってきたと思われる作曲家シベリウスをほとんど取り上げなくなってしまった。

  第150回定期演奏会で黒岩氏が振った交響曲第2番、第167回定期演奏会で尾高氏が振った「ペリアスとメリザンド」Op.46、第179回定期演奏会でフィデチス氏が振ったヴァイオリン協奏曲(独奏・滝千春)、そして先日の第200回定期演奏会で村川氏が振ったカレリア組曲 Op.11のみである。村川氏が執念を燃やして振ったシベリウスが終わって、常任指揮者の方々が好きではない作曲家だったのかもしれないし、新しいオーケストラにさらに飛躍するんだ!ともしかしたら協会・団員が避けてしまっていた作曲家なのかもしれない。第200回定期演奏会が終わって、また新しい山形響の道を歩み始めるのになんと最適な作曲家がプログラミングされたのであろう!!!!

 しかし、このJ.シベリウスという作曲家はあらためて聞き込んでみる、と実に室内楽的に交響曲を書いているのがよくわかる。情熱的な弦セクションと咆哮する金管セクションでこの作曲家を感じてしまうのは、実に勿体ない。オーケストラであっても、弦・木管・金管それぞれのセクションで行われているアンサンブル、そして他のセクションとのアンサンブルが実に聴いていて面白い。言葉は悪いが少々マイナーだった作曲家J.シベリウスシリーズは村川氏のごり押しで始まったシリーズだったかもしれないが、その間に飛躍的に山形響のアンサンブル能力が向上したことは確かなのだ。3連符・5連符などの扱いが実にやっかいだ。

 第4番と第7番の交響曲をやった年にすみだトリフォニーホールで始まった「地方オーケストラフェスティバル」への参加も楽団の演奏技術向上に繋がったと思うし、その時の演奏が私にとって山形響のBest1・2の演奏会だ。それを越える演奏会は今後来るのか?・・・・・・。

 いやいやこんな事では駄目だ。次の定期演奏会はきっとBestの演奏会になると思う。笑。

 バーンスタイン&ウィーンフィル、ザンデルリンクなどの名演奏があるが、このシベリウスの交響曲が室内楽的であるという事が一番よく分かる演奏は、ベルグルント&ヨーロッパ室内管(残念ながら現在廃盤)かもしれない。山形響とほぼ同じ位の編成での演奏は、その事を実感できるであろう。ヴァイオリニストだったJ.シベリウスが、交響曲をブラームス・ブルックナーと大きな音楽と捉えていたものを番号が上がるにつれて編成は大きい室内楽として捉えていた(目標にしていた)可能性があると思う。第1番・第2番あたりは前の時代の影響を感じられるが・・・・。

 ほとんど弦楽四重奏しかCDを聴かないクァルテット馬鹿だが、このJ.シベリウスはたまに聴きたくなる。昔を懐かしむような、心が洗われてゆくような何とも言えない気分を味わうために。

 J.シベリウスを19世紀末から20世紀にかけての最高のシンフォニストだと私は思っている。

 
コメント (8)
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