

Gil Evans / The Individualism Of Gil Evans ( Verve V-8555 )
人生の終焉を迎えて、誰かからあの世にジャズのレコードを何枚か持って行っていいよと言われたら、私はその中にこのアルバムを必ず入れる。
この作品は私にとってはそういう別格の存在で、好きという言葉だけでは自分の想いをとても伝えきれません。
このアルバムには1つ大きな欠点があります。 それは、1枚のレコードに5曲収録されていますが、各曲が短すぎること。 どの曲も、さあ、これから、
というところでフェイドアウトして終わってしまいます。 もし願いが叶うなら、"The Barbara Song" で両面1枚、"Las Vegas Tango" で両面1枚、
残りの3曲で1枚、の3枚組アルバムにして欲しかった。
ギル・エヴァンスと言う人を一言で表すなら、それは「清貧」。 アレンジャーという仕事は参加したアルバムがいくら売れても、その印税はほとんど
懐には落ちないんだそうですが、それでもアレンジャーの仕事は止めなかった。 コロンビアでのマイルスとの契約が終わった後も、マイルスを影の
ブレーンとして支え続けた話は有名です。
この作品も、訳の分からないタイトル名や悲惨極まりないジャケットデザインで、人々がこのアルバムを手に取るのを敬遠させ、商業的に売れることを
頑なに拒絶しているかのようです。 そういうものとは距離を置き、音楽のことだけを考えていたい、そう言っているような気がします。
でも、表面的にはそういう禁欲さを装いながらも、ここからは音楽だけがもたらす濃厚な快楽の雫がしたたり落ちてくる。
とにかく、夜の深く暗い闇の中からいろんな情景が浮かび上がってくるようなムードが全編に漂っていて、この雰囲気に陶酔させられます。
"The Barbara Song" では、ウェイン・ショーターのテナー・ソロがどこまでも深くダークな色合いでゆらゆらと漂いながら、こちらへと迫ってくる。
"Las Vegas Tango" では、ポール・チェンバースとリチャード・デイヴィスのダブルベースにバリー・ガルブレイスのギターが加わって重く暗いリズムを刻む中、
エルヴィンのシンバルワークがネオンライトのきらびやかさのように乱舞し、ケニー・バレルのシングルトーンが孤独な内省の呟きのように鳴り響き、
やがてリード奏者たちが楽曲の主題を、まるでラヴェルの "Bolero" のように急カーヴで上昇させながら、繰り返し繰り返し高らかに吹いて行く。
この時期のヴァーヴは商業主義に堕ちた俗悪なレーベルとして愛好家からは蔑まれているところがあるように思いますが、それは間違っていると思います。
ジャズが変容を余儀なくされたあの時期に、これほどジャズメンを大事にして、多くのレコーディングの機会を与えたレーベルは他にはなかった。
この作品も、これだけの超一流をこんなに大勢集めて、売れる見込みのない無口な傑作に仕上げてしまった。
ここに集まった人たちは皆ノーギャラでいいから一緒に演奏させてくれ、とギルを慕って来たんじゃないでしょうか。
ビリー・ホリデイが最晩年にコロンビアに録音した際、ニューヨーク中のスタジオミュージシャンたちが一緒に演奏させてくれ、と騒いだ時のように。
そういう当時の多くの才能たちの大事な受け皿となれたこのレーベルは立派だったと思います。