廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

最初の大きな飛躍

2015年10月18日 | Jazz LP (Columbia)

Miles Davis / Miles Ahead  ( Columbia CL 1041 )


ある作品を聴いて、その良さがわからなくてディスクを投げ出してしまうことは日常的によくあることです。 それは疲れていて音楽に集中できなかった
からかもしれないし、再生環境が適していなくてうまく鳴り切っていなかったせいかもしれないし、単に好みのタイプではなかっただけかもしれない。
でも、諦めるのはまだ早いということも、稀なことですがあるにはあります。 

このアルバムもそういう1枚で、若い頃はどこがいいのかさっぱりわかりませんでした。 当時はリズムのはっきりしたハードバップしか知らなかったので、
ギル・エヴァンスのリズムセクションをあまり重視しないオーケストレーションは薄もやのかかった曖昧な音楽にしか聴こえなかったのだと思います。
ホルンやチューバ、バス・トロンボーンなどクラシック音楽の響きを取り入れたアンサンブルの音にも慣れていなかったし、当時は不自然な響きに聴こえた
ヴォイシングやコード進行もその意味や効果を理解できなかった。

でも、人は変わるものです。 30余年の間に音楽への理解は鍛えられ、研ぎ澄まされ、成熟していきます。 ジャズ以外の音楽に夢中になる時期も経験
するし、知識が感性をうまく補強するようにもなる。 一般に優れた芸術は、世の中の平均的な感性のレベルを常に大きく飛び越えようとし続けるもの
だから、感性だけに頼る接し方ではついて行けなくなることも色々出てくる。 そんな時、それを理解することができる知力みたいなものが必要になる
こともありますが、年を取るにつれてそういうものは自然と備わってくるものです。

1957年5月にこの作品が作られた、というのは驚異的なことです。 その年にアメリカの他のジャズ・ミュージシャンたちが何をやっていたかを考えれば、
このアルバムの尋常ではない飛び越え方に言葉を失ってしまう。 

穿った見方をすれば、クロード・ソーンヒル・オーケストラをバックにマイルスがフリューゲルホーンを吹いてるだけじゃないか、という言い方だってできる
かもしれません。 ただ、サウンドカラーは似ていても、オーケストレーションはソーンヒル時代よりも遥かに緻密で複雑で抽象的になっているし、
音の拡がり方や内声部の豊かさは比較にならない。 昔はわからなかったそういうことが、今はしみじみとよくわかります。

これは本当に傑作だと思います。 そして、それは評論家だけが褒める近寄りがたい歴史的な名盤という意味ではなく、誰もがいつも身の回りに置いて
気軽に聴くことができる親密な音楽だとも思います。



コメント
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