ESP は1964年にブルックリンで弁護士だったバーナード・ストールマンによって設立されています。 ストールマンが1960年ごろに世界共通語である
エスペラント語をもっと普及させようという活動に携わっていたことがあり、その時の経験からレーベル名を Esperanto-Disk を略した "ESP-Disk"
という名前にしました。
レコードのプロデュースや録音は1976年に物価の上昇に耐えきれずに終了しましたが、レーベル自体は今も存続していて、CDによる当時の音源の発売を
続けています。 ジャズ愛好家にはフリージャズ専門レーベルと思われているかもしれませんが、実際は少し違って、普通のレコード会社には相手にして
もらえないようなアンダーグラウンドな音楽全般を取り扱うレーベルです。 だからカタログの中にはロックやフォークなんかも当然ある。
音楽に限らず、こういうアンダーグラウンドなものというものはいつの時代にも常に存在していて、一定の支持を集めるものです。 つまり、それは誰の
内面にもどこかに必ずある、ある種の無意識の現れなんだろうと思います。 メジャーなものとマイナーなものは人の中では必ず混在して、その中のマイナーな
ものがある時何かの拍子に形となって目の前に現れる。 だから、人はなぜかはわからないけどそれらに惹かれるのです。 だから、こういうレーベルは
人々が音楽を創り、それを聴き続けて行く限り、もしかしたら永遠に無くならないのかもしれない。
このレーベルに残された初期の作品群を聴いていると、ここにあるのはフリージャズにすらなれなかった未成熟でまだ柔らかく幼い意識の痕跡だったんだな、
ということがわかります。 この音楽の前では、フリージャズはもはや陽の当たるところに眩しくそびえ立つ高層ビルのようです。
この数ヶ月、DUで意識的にESPのディスクを拾っていって、こうしてある程度まとめて聴いてみると、一般的に"フリージャズ"の一言で語られるこれらの
音楽への印象は、自分の中で大きく変わっていくのがわかりました。
■ Marion Brown Quartet ( ESP-1022 / Venus Records TKCZ-79106 )
1曲目の "カプリコーン・ムーン" を聴けばわかるように、これはフリージャズではなく、ハードバップ末期にニュー・ジャズという言葉で呼ばれた
普通のジャズで、プレスティッジの New Jazz シリーズで録音されていてもおかしくない内容です。 マリオン・ブラウンのアルトもドルフィーのように
柔軟性の高い音。 カリプソ音楽を取り入れた、楽曲としてもいい作品です。 ただ、全体のアンサンブルは独自の新しい響きを志向していて、
ニュー・ジャズプラスαとなっているのは見事です。 ベースのソロを上手く使っており、ダークな雰囲気も漂い、音楽的にとても優れたアルバムに
なっています。
ピアノレスなので楽曲に余計な色がついておらず、聴き手によっていろんな感想がありえるところがいいと思います。 トランペットで参加している
Alan Shorterはウェイン・ショーターのお兄さんですが、マリオンをうまくサポートしています。 ESPからではなく他のレーベルから出ていれば、
もっと多くの人に聴いてもらえただろうに、勿体ないところです。 もう少しこの人のディスクを聴いてみたいと思います。
■ Sonny Simmons / Staying On The Watch ( ESP-1030 / Venus Records TKCZ-79117 )
かなり音のしっかりと鳴るアルト奏者で、聴いているとすぐにオーネットやアイラーをお手本にしてここまで来たんだなということがわかります。
そういう意味では判りやすい演奏家です。 聴いていて何が出てくるかわからないということがない分、安心して聴いていられます。
この人の奥さんが吹くトランペットやジョン・ヒックスのピアノを加えたクインテットですが、このジョン・ヒックスがモードが抜けきらないピアノを
弾いているし、楽曲自体も最初にテーマ部があって2管が揃って演奏するなど、各楽器の演奏はかなり気合いの入ったフリースタイルにも関わらず、
形式的にはまだハードバップを引きずっているところがあり、全体的にはちぐはぐな感じがします。
バーバラ・ドナルドのトランペットが非常にエッジの立った音で空間を切り裂くような演奏をしているのに驚かされます。 私は常々トランペットで
フリージャズをやるのは難しいじゃないかと思っているのですが、そんなこちらの杞憂を振り払うかのような鋭い演奏です。 ただ、全体的には
結束力の強い演奏で、どの楽器も大きな音を出しているので、聴いている間はかなり圧倒されます。 とにかく力強い演奏です。
■ Noah Howard Quartet ( ESP-1031 / Venus Records TKCZ-79131 )
ピアノレスによるアルト、トランペットの2管カルテットで、ノア・ハワードのデビュー作です。 13歳のころから当時のアヴァンギャルトの先鋒たちの
中で揉まれて育ったそうで、そういうやんちゃ坊主の面影がまだ残る23歳の時の演奏です。 基本的にはこの時期にフリー系の人なら誰もがやるような
音楽をやっていて、特にこの人にだけ見られるような際立った個性はまだ見られません。
そもそも、ここでの演奏にはかなり未熟なところがあります。 サックスの演奏自体もそうだし、演っている音楽自体もかなり稚拙です。
私にはそういうところが結構耳について、あまり音楽に集中できないところがあります。 フリーというのは一見でたらめな演奏をしているようでいて、
実はそうではないのだということがこういうのを聴くとよくわかるわけです。 まあ、まだまだ若造だったんですね。
この人はこのESP録音以降も長く演奏や録音を続けることができた珍しい人で、70年代にはフランスへ渡り、数多くの現地の演奏家と共演も果たして
います。 そういう壮年期の演奏はまだ聴いたことがないので、いづれは聴いてみようと思います。 この元気な坊やがどういう姿になっているのか、
興味深いところです。
■ The Byron Allen Trio ( ESP-1005 / Venus Records TKCZ-79115 )
今回のESP猟盤の中で私が最も感心した演奏がこれでした。 ESPを立ち上げたばかりの頃、オーネット・コールマンがストールマンのところに連れてきた
無名の若者が、このバイロン・アレンというアルト奏者だったそうです。 アルト、パーカッション、ベースのトリオ編成で録音されています。
チャーリー・パーカーの影響がまだくっきりと残っている若々しくきれいな音でアルトが鳴っているのがまず耳につきますが、そのうちにこの演奏が
とても強い知性でコントロールされているのがわかってきます。 その知性はこのESPの中の他のミュージシャンには見られないようなタイプのものです。
また、本人のアルトも必要最小限なだけを吹いて、あとはベースやドラムへ大きくスペースを割いて、彼らに自由に演奏させているのです。 上記の3枚
などは、どれも管楽器が我が我がという風にとにかく吹きまくっているのですが、そういうのとはまったく対照的な内容に驚きます。 かといって、
小さくまとまったところはなく、十分に尖っていて、且つそれまでにはなかったような斬新な響きを持っています。 これは、ちょっとした傑作です。
ただ残念なことに、この人はこの1作だけを残し、姿を消してしまいます。 理由はよくわかりません。 レコードを作らなかっただけで、
演奏はしばらくやっていたのかもしれませんが、そういう一切の情報がわからないのです。 こういうのはフリージャズのミュージシャンには珍しくない
ことではありますが、この作品の出来の良さを思うとこれは残念でなりません。
聴き終った後に残る余韻の中で、私はなぜか自然とポール・デズモンドを思い出していました。 音楽的には似ても似つかぬもの同士ですが、その中には
何か共通するものが感じられるのです。 これはレコードで買い直してもいいかな、と思っています。
エスペラント語をもっと普及させようという活動に携わっていたことがあり、その時の経験からレーベル名を Esperanto-Disk を略した "ESP-Disk"
という名前にしました。
レコードのプロデュースや録音は1976年に物価の上昇に耐えきれずに終了しましたが、レーベル自体は今も存続していて、CDによる当時の音源の発売を
続けています。 ジャズ愛好家にはフリージャズ専門レーベルと思われているかもしれませんが、実際は少し違って、普通のレコード会社には相手にして
もらえないようなアンダーグラウンドな音楽全般を取り扱うレーベルです。 だからカタログの中にはロックやフォークなんかも当然ある。
音楽に限らず、こういうアンダーグラウンドなものというものはいつの時代にも常に存在していて、一定の支持を集めるものです。 つまり、それは誰の
内面にもどこかに必ずある、ある種の無意識の現れなんだろうと思います。 メジャーなものとマイナーなものは人の中では必ず混在して、その中のマイナーな
ものがある時何かの拍子に形となって目の前に現れる。 だから、人はなぜかはわからないけどそれらに惹かれるのです。 だから、こういうレーベルは
人々が音楽を創り、それを聴き続けて行く限り、もしかしたら永遠に無くならないのかもしれない。
このレーベルに残された初期の作品群を聴いていると、ここにあるのはフリージャズにすらなれなかった未成熟でまだ柔らかく幼い意識の痕跡だったんだな、
ということがわかります。 この音楽の前では、フリージャズはもはや陽の当たるところに眩しくそびえ立つ高層ビルのようです。
この数ヶ月、DUで意識的にESPのディスクを拾っていって、こうしてある程度まとめて聴いてみると、一般的に"フリージャズ"の一言で語られるこれらの
音楽への印象は、自分の中で大きく変わっていくのがわかりました。
■ Marion Brown Quartet ( ESP-1022 / Venus Records TKCZ-79106 )
1曲目の "カプリコーン・ムーン" を聴けばわかるように、これはフリージャズではなく、ハードバップ末期にニュー・ジャズという言葉で呼ばれた
普通のジャズで、プレスティッジの New Jazz シリーズで録音されていてもおかしくない内容です。 マリオン・ブラウンのアルトもドルフィーのように
柔軟性の高い音。 カリプソ音楽を取り入れた、楽曲としてもいい作品です。 ただ、全体のアンサンブルは独自の新しい響きを志向していて、
ニュー・ジャズプラスαとなっているのは見事です。 ベースのソロを上手く使っており、ダークな雰囲気も漂い、音楽的にとても優れたアルバムに
なっています。
ピアノレスなので楽曲に余計な色がついておらず、聴き手によっていろんな感想がありえるところがいいと思います。 トランペットで参加している
Alan Shorterはウェイン・ショーターのお兄さんですが、マリオンをうまくサポートしています。 ESPからではなく他のレーベルから出ていれば、
もっと多くの人に聴いてもらえただろうに、勿体ないところです。 もう少しこの人のディスクを聴いてみたいと思います。
■ Sonny Simmons / Staying On The Watch ( ESP-1030 / Venus Records TKCZ-79117 )
かなり音のしっかりと鳴るアルト奏者で、聴いているとすぐにオーネットやアイラーをお手本にしてここまで来たんだなということがわかります。
そういう意味では判りやすい演奏家です。 聴いていて何が出てくるかわからないということがない分、安心して聴いていられます。
この人の奥さんが吹くトランペットやジョン・ヒックスのピアノを加えたクインテットですが、このジョン・ヒックスがモードが抜けきらないピアノを
弾いているし、楽曲自体も最初にテーマ部があって2管が揃って演奏するなど、各楽器の演奏はかなり気合いの入ったフリースタイルにも関わらず、
形式的にはまだハードバップを引きずっているところがあり、全体的にはちぐはぐな感じがします。
バーバラ・ドナルドのトランペットが非常にエッジの立った音で空間を切り裂くような演奏をしているのに驚かされます。 私は常々トランペットで
フリージャズをやるのは難しいじゃないかと思っているのですが、そんなこちらの杞憂を振り払うかのような鋭い演奏です。 ただ、全体的には
結束力の強い演奏で、どの楽器も大きな音を出しているので、聴いている間はかなり圧倒されます。 とにかく力強い演奏です。
■ Noah Howard Quartet ( ESP-1031 / Venus Records TKCZ-79131 )
ピアノレスによるアルト、トランペットの2管カルテットで、ノア・ハワードのデビュー作です。 13歳のころから当時のアヴァンギャルトの先鋒たちの
中で揉まれて育ったそうで、そういうやんちゃ坊主の面影がまだ残る23歳の時の演奏です。 基本的にはこの時期にフリー系の人なら誰もがやるような
音楽をやっていて、特にこの人にだけ見られるような際立った個性はまだ見られません。
そもそも、ここでの演奏にはかなり未熟なところがあります。 サックスの演奏自体もそうだし、演っている音楽自体もかなり稚拙です。
私にはそういうところが結構耳について、あまり音楽に集中できないところがあります。 フリーというのは一見でたらめな演奏をしているようでいて、
実はそうではないのだということがこういうのを聴くとよくわかるわけです。 まあ、まだまだ若造だったんですね。
この人はこのESP録音以降も長く演奏や録音を続けることができた珍しい人で、70年代にはフランスへ渡り、数多くの現地の演奏家と共演も果たして
います。 そういう壮年期の演奏はまだ聴いたことがないので、いづれは聴いてみようと思います。 この元気な坊やがどういう姿になっているのか、
興味深いところです。
■ The Byron Allen Trio ( ESP-1005 / Venus Records TKCZ-79115 )
今回のESP猟盤の中で私が最も感心した演奏がこれでした。 ESPを立ち上げたばかりの頃、オーネット・コールマンがストールマンのところに連れてきた
無名の若者が、このバイロン・アレンというアルト奏者だったそうです。 アルト、パーカッション、ベースのトリオ編成で録音されています。
チャーリー・パーカーの影響がまだくっきりと残っている若々しくきれいな音でアルトが鳴っているのがまず耳につきますが、そのうちにこの演奏が
とても強い知性でコントロールされているのがわかってきます。 その知性はこのESPの中の他のミュージシャンには見られないようなタイプのものです。
また、本人のアルトも必要最小限なだけを吹いて、あとはベースやドラムへ大きくスペースを割いて、彼らに自由に演奏させているのです。 上記の3枚
などは、どれも管楽器が我が我がという風にとにかく吹きまくっているのですが、そういうのとはまったく対照的な内容に驚きます。 かといって、
小さくまとまったところはなく、十分に尖っていて、且つそれまでにはなかったような斬新な響きを持っています。 これは、ちょっとした傑作です。
ただ残念なことに、この人はこの1作だけを残し、姿を消してしまいます。 理由はよくわかりません。 レコードを作らなかっただけで、
演奏はしばらくやっていたのかもしれませんが、そういう一切の情報がわからないのです。 こういうのはフリージャズのミュージシャンには珍しくない
ことではありますが、この作品の出来の良さを思うとこれは残念でなりません。
聴き終った後に残る余韻の中で、私はなぜか自然とポール・デズモンドを思い出していました。 音楽的には似ても似つかぬもの同士ですが、その中には
何か共通するものが感じられるのです。 これはレコードで買い直してもいいかな、と思っています。