Ed Bickert / I Wished On The Moon ( 米 Concord Jazz CJ-284 )
いいギター・ジャズのアルバムがあるレーベルは、いいレーベルである。
カナダのローカル・レーベルへの録音が主だったエド・ビッカートも、コンコードに数枚録音を残している。 コンコードのカラーにはよく合う人だ。
ビッカートは地元で活動できればそれで十分、という感じの人で、隣国の賑やかな大都会まで出向いて一旗揚げようという野心とは無縁の人だった。
そういう欲のないところがこのレーベルにはピッタリだった。
このアルバムは相棒のドン・トンプソンではなく、テナー・サックスを加えたカルテット編成。 ビッカートのホーンへのバッキングの仕方がよくわかる内容だ。
リック・ウィルキンスというテナー奏者は初めて見る名前だが、カナダ人でアレンジャーとしての活動で知られているらしい。 そのせいか、テナーの演奏は
とても堅実で生真面目だ。 音色もフレーズもマイケル・ブレッカー的優等生な感じで、清潔感もあり、なかなかいい感じだと思う。
とにかく洗練されてスマートでお洒落なカフェのBGMにはうってつけの演奏という感じだけど、こういう雰囲気はアメリカのミュージシャンには出せない
ように思う。 ジャズという音楽の渦中ではなく、ちょっと距離を置いたところからジャズを眺めている人じゃなければ、こういう雰囲気には仕立てられない
のではないか。 音楽など聴かない一般の人が連想する「ジャズ」のイメージ(おしゃれな、大人の、)通りの演奏だ。 それが悪い、ということではなく、
確かにこの音楽にはこういう雰囲気を持った一面があって、その部分に特化した演奏になっているということだ。 それには技術力が無ければ無理だし、
しっかりとしたジャズのフィーリングも必要で、一流のミュージシャンが上質な演奏をしていて成功しているということだと思う。
特にテナーが抜けたトリオでの演奏の抒情味溢れるデリケートさは突出している。 ギター・トリオでしっとりと落ち着いたバラードが聴きたい、という時には
これ以上のものは他には見つからないだろう。 テナーの入った曲でもアップテンポの曲でも重層的なコードの響きを上手く使った透明度の高い演奏を
していて、じっくりと聴き入ってしまう。 ギターの素晴らしさが味わえると思う。
ビッカートがカナダで作ったレコードはどれもおそろしく地味で、よほどのベテランじゃなければ食指が動かないようなものばかりだけれど、コンコードに残した
アルバムはもっと広くアピールできる内容だと思う。 録音も素晴らしく、音響上の快楽度も非常に高い。 こういう質の高いレコードを量産していたのだから、
このコンコードというレーベルはいいレーベルなんだろうと思う。