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Thelonious Monk / Solo Monk ( 米 Columbia CL-2349 )
ブルーノート東京のロビーに置いてあったフリーペーパーを適当に拾って帰りの電車の中でパラパラとめくっていたら、今年はセロニアス・モンクの
生誕100周年だという話が書いてあった。 普段から雑誌を読むこともなく、最近は新品コーナーに顔を出すことも減ったので、この手の時事ネタに
はすっかり疎くなっている。
100周年ともなればいろんな企画や催し物があっても良さそうなものだが、その辺はどうなっているんだろう。ちゃんと盛り上がっているのだろうか。
あまりそんな気配は感じないような気がするんけれど、まあ、ただ単に私が知らないだけなのかもしれない。私はいろんなミュージシャンが大挙して
やる"セロニアス・モンク・トリビュート" の演奏を聴くのが楽しくて結構好きなので、そういうのをどんどんやって欲しい。
モンクの楽曲は大勢で賑やかにやるのがいいと思う。ソロで寂し気に弾くよりは、管楽器入りでしっかりと演奏するほうがモンクの楽曲が持っている
複雑な多様性を上手く表現できるからだ。だから、普段はモンクのソロ演奏のレコードよりも2管クインテットの演奏のレコードのほうをよく聴く。
モンクの弾くピアノは基本的に陰影感に乏しく、どの音も同じくらいの打鍵の強さでフラットに音が鳴らされるから、本質的にはソロは観賞に不向き
なんじゃないかと思っている。 ただ、楽曲の面白さは群を抜いているし、演奏から立ち昇る寂寥感も他の人と比べても圧倒的なので、やはりたまに
聴きたくなる。
モンクのソロ演奏を収めたレコードは何種類かあるけれど、時系列に見ていくと時間が経つにつれて演奏のコクのようなものはどんどん薄くなって
いく代わりに、ピアノの音はトレード・オフするかのように逆に良くなっていく。それまでのマイナー・レーベルの音と比べると、このコロンビア盤は
一皮剥けたような感じで鳴る。でも、そういう音のクリアさが、却って失った物を思い出させるような寂しさを助長しているようなところもある。
だから、音がいいというただそれだけでは単純に喜べない気もするし、という感じで愛好家の心理はなかなか複雑なのである。
何を聴いても何かを感じさせるモンクの音楽や演奏なのだから、100周年という口実を利用して盛り上がってくれればいいのにと思うんだけど。
時期時期でモンクのソロの聴き所が移ろいでいくのが楽しい、と思っています。好みは昔からヴォーグなんですが。
キースを除いて、これだけソロが残っている人は珍しいかもしれませんね。
どれも趣きのあるいい作品だと思いますが、1番私たちのイメージにピッタリくるのが、ヴォーグ録音ですよね。
私も大好きです。