廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

遠く輝く北極星のように

2019年10月05日 | Jazz LP

Steve Kuhn / Mostly Ballads  ( 米 New World Records NW 351 )


発売された時にリアルタイムで買って何十年も経った今も飽きずに新鮮な感動を以って聴き続けられるアルバムなんて、そうたくさんあるわけではない。
感受性の高い時期に聴いて感銘を受けたアルバムはその後長く聴くことになって愛着を持つことになるけど、感動の鮮度は多かれ少なかれ後退する。
だた、私にとってスティーヴ・キューンのこのアルバムにはそういうこちらの事情を超えた何かがあって、それがいつまでも私の心を惹きつける。

このアルバムが制作された頃はキースのスタンダーズが世界的に大ブレークしていて、それに刺激されたレコード会社がピアノの作品を粗製濫造
し始めた時期であり、我々愛好家は随分振り回された。 そんな中にあって、このアルバムは静かにその重みを私の中に残し続けた。
おびただしい新譜のリリースの一部を買ってはがっかりし続ける度に、このアルバムを聴いて自分の感性や価値観を何とか保ち続けていた。
まるで荒れ狂う大波に翻弄される小さな船が、遠くに輝く北極星を頼りに航海を続けるかのように。

そういう意味では、このアルバムは私にとっては "Walts For Debby" や "Sonny Clark Trio" や "Overseas" といったタイトルよりも遥かに
重要な位置付けにあると言っていい。 もちろんこのアルバムが万人に同じ価値があるわけではないが、誰にもそれと似たような自分だけの特別な
アルバムはあるだろう。 私の場合はこの作品がそうだった、という話に過ぎない。

一筋縄ではいかないスティーヴ・キューンというアーティストの作品の中では、このアルバムは商業主義に傾いた内容だと言われるかもしれないが、
私にはそんな話を相手にする気にはなれない。 それは音楽の感動とは何も関係ない話だからだ。 どんな題材であれ、どんなスタイルであれ、
そこに心に響く何かがあればそれでいいではないか、と思う。

アルバム最後に置かれた "Two For The Road" という曲を初めて知ったのはこのアルバムだったが、ここでの演奏を聴くたびに自分の心の中で
涙の雫が落ちるのを感じる。 ここでのスティーヴ・キューンの演奏はキースのように過度の感情移入することはなく、どちらかと言えば淡々と
弾いているくらいなのだが、だからこそ却って響くものがあるような気がする。 その魅力はブログの1ブロックだけでは語り切れない。
いずれまた取り上げて、書いてみたい。


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