報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「(個人)朧車タクシー」

2019-01-13 20:31:17 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[1月2日10:00.天候:晴 魔界王国アルカディア 王都アルカディアシティ南部・南端村]

 稲生達を乗せた旧型国電モハ72系は、無事に魔界高速電鉄環状線のサウスエンド駅に到着した。
 村の正式名称はサウスエンドである為、駅名もその名が付いている。
 だが、この村を作り上げた日本人移住者達(死後ここに来た者や神隠しに遭った者など)によって『南端村』の愛称を付けられた。
 もっとも、そのネーミングはただ単にサウスエンドを和訳しただけである。
 ここで電車を降りた稲生とマリアは、駅前で客待ちしていた辻馬車に乗……。

 朧車:「タクシー利用ですか?どちらまで?」
 稲生:「!!!」
 マリア:「!!!」

 タクシー乗り場の先頭には妖怪・朧車がいた。
 垂れ目ではあるが、それでも大きくて禍々しい顔を稲生達に向けて来る。

 稲生:「すいません。タクシー乗り場、移転したんですね。ここは一般車駐車場かな?」

 尚、魔界には自動車交通は無い。
 自動車の代わりになるものは馬車であり、バイクの代わりになるのは早馬、自転車はポニーである。
 従って魔界でタクシーと言うと、それはイコール辻馬車ということになる。
 ご丁寧にも、ちゃんと幌の上に『TAXI』という行灯が乗っかっている。
 尚、南端村は日本人村であるが、江戸時代の駕籠や明治時代の人力車なるものは存在しない。
 全て馬車になる……はずなのだが!

 朧車:「お、お客さん!?乗り場は昔からここですよ!?」
 マリア:「白タクか!?」

 マリアは魔法の杖を構えた。
 マリアの頭の中では、きっと敵キャラとエンカウントした時の戦闘BGMが流れているはずだ。

 朧車:「アッシら車の妖怪も、ようやくタクシー営業が認められたんです」

 朧車の頭の上には、『TAXI』と書かれた白い帽子が被せられていた。

 朧車:「さすがは女王陛下様ですよ」
 稲生:「そ、そうなの?」
 朧車:「従来の辻馬車と違って、このようにちゃんと明朗会計のメーター制です」

 辻馬車は基本的に料金交渉制である。
 だが、せめて環状線の内側だけでもメーター制にできないかとの声が市民達の間から上がっている。
 その為、辻馬車事業者の中にはかつて東京で行われていた『円タク』のような料金定額制を設ける所も出て来た。

 稲生:「あの、メーターが信用できる理由は、本当にそれが明朗会計であることを保証する役所があるからであって……」

 日本の場合は地元の陸運局。
 その為、外国では例え先進国であったとしても、主要都市以外では未だに料金交渉制のタクシーが営業している。
 これはその料金メーターが本当に明朗会計なものであるかを保証する機関が無いからである。

 マリア:「初乗りいくら?」
 朧車:「25ゴッズです」

 1ゴッズが約10円であるから、だいたい初乗り料金は250円か。
 アルカディア王国の物価は安いが、確かにタクシー料金も安い。

 マリア:「で、上がり幅は?」
 朧車:「320メートル毎に4ゴッズです」
 マリア:「よし、乗ろう」
 朧車:「ありがとうございます」

 320メートル毎に40円の上がり幅は安い。
 稲生達は朧車に乗り込んだ。
 この朧車、平安時代の牛車が化けた妖怪だとされる。

 朧車:「どちらまで行きます?」
 稲生:「稲荷神社まで。あの妖狐の威吹が住んでる所」
 朧車:「おお。威吹様のお知り合いでしたか。これは光栄です」

 朧車はゆっくりと走り出した。

 マリア:「まさか魔界で、こういう日本のトラディショナルなタクシーに乗るとは思わなかったよ」

 辻馬車の料金交渉はマリアの役目である。
 こういう時、エレーナでなくても魔女の方が料金交渉が上手い。
 エレーナの場合は、むしろタダ乗りしそうだ。

 稲生:「日本の観光地で駕籠や人力車に乗ることはできますが、さすがに牛車は聞きませんねぇ……」
 マリア:「へえ、乗れるの?」
 稲生:「そういう所がありますよ。どちらも主に京都辺りじゃないかな。東日本だと……日光辺りで乗れるかなぁ……?」
 朧車:「しかしお客さん達は、アッシに乗れて運がいいですよ」
 稲生:「どうして?」
 朧車:「威吹様に御用ということは、神社の境内に入られるでしょう?」
 稲生:「もちろん」
 朧車:「あの鳥居までの長い階段、登るの大変じゃないですか?」
 稲生:「そうだねぇ。まっ、気長に登るか、魔法でも使って……」
 朧車:「ところが、アッシの場合、その必要はございやせん」
 稲生:「えっ?というと?」
 朧車:「アッシは他の辻馬車と違って、こんなことができるんです」

 すると朧車、フワッと飛び上がった。

 稲生:「おおーっ!?そうか!朧車は空を飛べるんだ!」
 朧車:「このまま一気に境内まで行きやすよ」
 稲生:「なるほど!」

 だが、朧車が神社の境内上空まで行くと……。

 稲生:「何だ!?」

 朧車を火の玉が掠めて飛んで行った。

 マリア:「下から攻撃されてる!」
 稲生:「何ですって!?」

 稲生は下を覗き込んだ。
 すると境内から、1人の男が左手から青白い火の玉を出していた。
 狐火である。
 それをボウッと浮かび上げると、今度は手持ちの妖刀で、野球のノックをするかのように火の玉を打ち放った。

 稲生:「あれは坂吹君!?」

 緑色の着物に焦げ茶色の袴を穿いている。
 髪の色は威吹の銀髪に対し、狐らしく茶髪である。

 マリア:「やめさせろ!このままじゃ着陸できないどころか、撃墜される!」
 稲生:「ちょ、ちょっと待って!」

 稲生はスマホを出した。
 それでどこかに電話を掛ける。

 稲生:「あ、もしもし!さくらさんですか!?僕、稲生勇太です!……あ、どうもどうも!あ、いや、今それどころじゃないんです!実は僕達、朧車タクシーに乗っていて、今、神社の上空にいるんです!そしたら、坂吹君から『高射砲』で攻撃されてるんですよ!何とか中止させてもらえませんか!?……はい!……はい!そうなんです!すいませんけど、なるべく早くお願いします!!」
 マリア:「電話が繋がるのか!?」
 稲生:「実はそうなんです!」

 威吹の家に黒電話が引かれているのを思い出した稲生だった。
 江戸時代の妖怪である威吹が固定電話を使うのはもちろん、公衆電話を使えるようになるまで相当な時間を費やしたものだ。
 しかし、最後には何とかガラケーの使い方が分かった時点で稲生と別れて暮らしている。
 そしてそれは、江戸時代の人間であるさくらもそうだった。
 しかし、黒電話くらいは使えるようになったらしい。

 しばらくすると、建物の中から威吹が出て来て、坂吹にゲンコツを食らわし、強制中止にしたところを確認して、ようやく稲生達は着陸することができたのである。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする