報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「まずは上京する」

2019-09-28 20:28:38 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[9月27日17:15.天候:雨 長野県北安曇郡白馬村 白馬八方バスターミナル→京王バス東“中央高速バス”車内]

 今日はイリーナが午後イチで講義を終了してくれたので、稲生とマリアは白馬村を東京へ向かう最終の高速バスに乗ることができた。

 運転手:「稲生様ですね。6のAです」
 稲生:「はい」
 運転手:「スカーレット様ですね。6のBです」
 マリア:「Yes.」

 係員に大きな荷物を荷物室に入れてもらうと、稲生達は運転手に乗車券を渡し、車中の人となった。

 稲生:「ここですね」
 マリア:「いつものバスと違うな」

 マリアは荷棚に魔道師のローブを置いた。
 ポケットからメイド人形のミカエラとクラリスが顔を出す。
 屋敷で働く時の人間形態とは違い、今は人形形態となっていた。
 人間形態の時は真面目に楚々と働くメイドだが、人形形態になるとコミカルな動きを見せてくれる。
 また、ここぞという時は美声で歌を披露することもある。

 稲生:「バス会社がアルピコ交通から、京王バスになったんですね。最終便は京王バスなんだ」

 といっても、車内の設備は共同運行便ということもあってか、もう1つのバス会社とあまり大差無い。
 長距離バスに相応しく、4列シートながらシートピッチは広めになっているし、テーブルも付いている。
 また、トイレやWi-Fiも導入されていた。

 係員:「17時15分発、中央高速バス、バスタ新宿行き、発車致します!本日の最終便です。お乗り遅れの無いよう、お願い致しまーす!」

 係員がバスターミナルの待合室にいる人々に声を掛ける。
 長野行きなどの特急バスと違い、こちらは全席指定なので、その乗客達が乗れば大丈夫だと思うが、最終便ならではの飛び込み客を意識しているのである。
 そういった客もいないようで、バスはワイパーを動かしながら、バスターミナルを出発した。

 稲生:「まさか出発の日が雨とは……」
 マリア:「Typhoonは来ないみたいだけど、ちょくちょく雨は降るみたい」
 稲生:「マジですか。富士山見たかったけどなぁ……」
 マリア:「1日中雨ってことは無さそうだから、運が良ければ見れるかもな」
 稲生:「ですよねぇ……」

 もう秋に入り、天気が悪いせいか、外は薄暗い。
 マリアは緑を基調とした膝丈上のプリーツスカートに長袖の白いブラウス、紺色のニットのベストを着ていた。
 その上から魔道士のローブを羽織っているのだが、今は脱いで荷棚に置いている。
 ほとんどJKの制服のようだが、唯一違うのは首に着けている物。
 リボンかネクタイではなく、黄銅色のペンダントを着けていた。
 これは魔法具で、魔界で手に入れたものである。
 マリアも一人前扱いされている以上、自分で金を稼がなくてはならない。
 手っ取り早いのは魔界に行って、冒険者と共にダンジョン探索などで稼ぐこと。
 戦士などの傭兵達には到底解けない謎解きや、魔法の封印などがある場所において、魔道士は重宝されるからだ。
 マリアも時々は魔界に行って、戦士達の仲間になり、ダンジョン探索を行うことがあった。
 これはその際に手に入れた魔法具である。
 装備すると魔力が高まる為、強い魔法を使ってもMPの消費量を抑えることができるという。
 一応マリアの場合、男戦士と組むことはまず無く、女戦士などの女性パーティーに加わることが殆どだ。
 稲生も女戦士サーシャと重戦士エリックの夫婦から誘いがあるのだが、本来見習はそういった冒険が認められていない為、断っている。

 マリア:「夕食はどうする?まだ早いから取ってきてないけど……」
 稲生:「このバスは途中休憩が2回あります。最初の休憩で見繕えばいいかと。この通り、小さいけどテーブルもありますので」
 マリア:「そうか。着いた後、家には行かないの?」
 稲生:「そうです。夜遅く着くので、家族に迷惑掛けちゃいけないと思って……」
 マリア:「ふーん……」
 稲生:「実家に帰るのは年に2回くらいでいいですよ」
 マリア:「作者みたいだな」

 年末年始かゴールデンウィークか、お盆かシルバーウィークか。
 そのうちの2回で良い。
 年末年始は、間違い無く稲生は帰省が許可されている。
 イリーナの方針で、年末年始はしっかり休むからだ。
 この時、帰省が許可されている組は多い。
 しかし、多くの若い見習は帰省しないことが大半だ。
 色々と家庭事情にワケありの者が多く、帰省したくてもできなかったり、そもそも帰省できる家が無いことも多々あるからだ。

 マリア:「帰りの時くらい、顔を出したら?」
 稲生:「ま、そうさせてもらいます」
 マリア:「師匠のことだから、多分月曜日朝の授業はゆっくりしてくれるだろう。但し、ちゃんとお土産を買って行く必要がある」
 稲生:「富士山饅頭だったら、大石寺の売店でも売ってるはずなんで」
 マリア:「それにプラス、もう1品何か付けると完璧だな」
 稲生:「何がいいでしょう?」
 マリア:「多分、ワインとか……酒関係がいいかもね」
 稲生:「大石寺にさすがにそれは……」
 マリア:「いや、もちろんそういう所で買う必要は無いさ。もっとも、教会関係は勘弁ね?」
 稲生:「もちろんですとも」

[同日22:28.天候:曇 東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目 バスタ新宿→都営地下鉄(京王新線)新宿駅]

 バスが東進する度に天候は回復した。
 しかし、雨が止んだというだけで、湿っぽさは変わらない。
 むしろ関東の方が大気の状態が不安定で、ゲリラ豪雨の恐れがあるという。
 それはマリアの占いによるもので、その精度はイリーナに及ばないが、それでも稲生は何となくそれが当たりそうな予感に思えてしょうがなかった。

 運転手:「ありがとうございました」
 稲生:「お世話さまでした」
 マリア:「Thank you.」

 到着エリアに到着したバスを降り、係員が荷物室から降ろした荷物を受け取る。
 バスタ新宿とて首を傾げる混雑ぶりではあるが、少なくとも東京駅日本橋口の狭すぎるターミナルよりはマシに思えた。
 あそこはタクシーや一般車も入り混じって発着する為に、カオスぶりが半端無い。
 バス同士の接触事故まで起こる有り様だ。

 稲生:「それじゃ、行きましょうか」
 マリア:「宿泊先は……ワンスターホテルか……」
 稲生:「相互扶助の精神で、同門の士にあっては格安で泊めてくれるホテルですから」
 マリア:「カネの無い弟子身分には、相応しいランクのホテルだな」

 マリアは自嘲気味に笑うと、新宿駅の喧騒な人混みの中に、稲生の手を掴んで進んで行った。
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“大魔道師の弟子” 「登山の準備」

2019-09-28 10:14:32 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[9月1日12:00.天候:晴 長野県北安曇郡白馬村 JR白馬駅周辺]

 先週、魔界から戻って来た稲生は、イリーナの占いが的中していたことを知った。
 藤谷春人の父の藤谷秋彦は正証寺の登山部長で、彼が作成した往復はがきが届いていた。
 魔道師の屋敷にも郵便物が届くのだが、恐らく届けたのはエレーナであろう。
 彼女は先週魔界で行われた暑気払いには参加していなかった。
 恐らく、魔女の宅急便の仕事で忙しかったのだろう。
 イリーナ組はしっかり日曜日は休む。
 土曜日は自習の為(ていうか平日もじゃね?)、実質的な週休2日制だ。
 その休みを利用して稲生は車を出してもらい、村の中心部へやってきたというわけだ。
 駅のみどりの窓口やコンビニなどへ行く。
 この時、ついでにマリアやイリーナからお使いを頼まれることもある為、『脱走』にはならない。
 よほど弟子の脱走には気を使っているのか、特に見習については単独での外出を認めていないほどだ。
 門内一緩いイリーナ組でさえ、門規にそう書かれている以上、勝手な判断はできなかった。
 但し、使い走りは例外とされている為、それにかこつけた形だ。

 稲生:「えー、新幹線のキップOK、高速バスのキップOK、それとマリアさんに頼まれた【ぴー】OK、先生に頼まれた【ぴー】と【ぴー】、更に【ぴー】OKっと……」

 伏字にするのは、男性が買うには憚れるものだからだろうか。
 因みにこの使い走り、別に稲生が単独というわけではない。

 ダニエラ:「稲生様……。マリアンナ様の生理用品、購入してきました……」
 稲生:「そこは伏字にしないんだ。どうも、ありがとう」

 男性が買うには憚れるものは、メイド人形のダニエラに買いに行かせる。
 彼女はマリアが作ったメイド人形の1つであるが、何故か稲生のことが気に入り、自ら率先して稲生専属メイドを買って出るほどだ。
 他のメイド人形が武器にレイピア(西洋の細身の剣)やスピア(西洋の槍)を使うのに対し、ダニエラはメイド長のミカエラ、副メイド長のクラリスと同様、銃火器を使う。

 稲生:「じゃあ、帰るとするか」

 しかしせっかくの日曜日、稲生はマリアと一緒に出掛けないのだろうか?
 せっかくの相思相愛なのに……。

 稲生:「よっと」

 稲生は待たせていた車に乗り込んだ。
 車種はトヨタ・ジャパンタクシーに酷似している。
 なので傍から見れば、予約しているタクシーに乗り込むくらいにしか見えないだろう。

 稲生:「それじゃ、屋敷に戻ってください」
 運転手:「かしこまりました」

 白い制帽を目深に被った運転手が大きく頷いた。

 ダニエラ:「……Yes,captain.稲生様がこれからお戻りになります。……Yes.それでは御昼食は、稲生様がお戻りになってから……」

 ダニエラは車載電話を取ると、それで屋敷に電話していたようだ。
 電話の相手はメイド長のミカエラか。
 ダニエラはメイド長を『Captain』と呼び、マリアを『Master』と呼び、イリーナを『Boss』と呼ぶ。
 得てして妙な表現である。

 稲生:「マリアさんの具合はどうですか?」
 ダニエラ:「Captain.稲生様がmasterの具合を心配されております。……Yes.それではそのようにお伝えしておきます。失礼します」

 ダニエラは電話を切った。

 稲生:「マリアさんの具合は?」
 ダニエラ:「生理痛が酷く、御昼食は稲生様お1人でお願いしますとのことです」
 稲生:「分かりました。……エレーナが言ってたんだけど、あんまり生理痛が酷い場合は1度診てもらった方がいいらしいな」
 ダニエラ:「私は人形ですので、よく分かりませんが……」
 稲生:「ああ、そうか。僕も男だしなぁ……」
 ダニエラ:「予算が余りましたので、一応ドラッグストアで生理痛の薬を購入しておきました」
 稲生:「おっ、気が利くな。エレーナから買うと高いしなぁ……」

[同日12:30.天候:晴 白馬村郊外山中 マリアの屋敷]

 稲生:「ただいまですー」

 屋敷の正面玄関のドアを開けると、2階吹き抜けのエントランスホールが眼前に現れる。
 大きなシャンデリアが吊り下げられており、適度に日が差し込む辺りはホラー要素は見受けられない。

 ミカエラ:「お帰りなさいませ、稲生様」
 稲生:「これがマリアさんので、これがイリーナ先生用」
 ミカエラ:「かしこまりました」

 ミカエラが目くばせすると、配下のメイド人形がそれぞれ受け取って、それぞれの部屋に向かった。

 ミカエラ:「御昼食の用意が整ってございます」
 稲生:「ありがとう。マリアさんの具合は悪いんだって?」
 ミカエラ:「頭痛や生理痛が酷いとのことです」
 稲生:「あんまり酷い場合、病院で診てもらった方がいいかもよ?」
 ミカエラ:「それには及ばないのが魔道士というものでして……」
 稲生:「そうなの。先生は?」
 ミカエラ:「頭痛や生理痛が酷いとのことです」

 『ウソつけぇ!』という言葉が喉元まで出かかった稲生だったが、それを無理やり呑み込んだ。

 稲生:「そ、そうなんだ。先生には市販の薬は効きそうにないな……」
 ミカエラ:「Bossの場合は、しばらくお休みになられれば治ると思います」
 稲生:「だろうね。何せ、不死身の大魔道師だから」

 稲生は自分の買った物を自分の部屋に置きに行くと、すぐに食堂に向かった。

 ダニエラ:「本日はミートソースパスタ、グリーンサラダに、オニオンコンソメスープでございます」
 稲生:「了解。頂きます」

 稲生が食べ始めると、ダニエラが食堂内にあるジュークボックスを操作し、そこからBGMが流れ始める。
 曲調はケルト音楽のようだ。
 冒険活劇が主たるファンタジーゲームのBGMで流れて来そうなものだ。
 恐らくこれはイリーナの趣味。
 イリーナの部屋にもジュークボックスがあり、それでよくケルト音楽が掛かっている。
 ロシア民謡もあると思うのだが、意外とイリーナはそれをあまり聴かない。

 稲生:(食べ終わったら、藤谷班長と鈴木君に準備完了の連絡くらいしておくか)

 稲生はパスタを口に運ぶとそう思った。
 味の確認などできない人形達であるが、それでも随分美味に作れるのは、レシピ通りに寸分違わず作れるからなのだそうだ。
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