石油と中東

石油(含、天然ガス)と中東関連のニュースをウォッチしその影響を探ります。

敵の敵は味方かそれとも別の敵か? 複雑な中東の合従連衡と離合集散(下)

2020-09-27 | 中東諸国の動向
(注)本レポートは「マイライブラリー」で一括してご覧いただけます。
http://mylibrary.maeda1.jp/0515AllyOrEnemyInME.pdf

3.自ら紛争を抱え込むトルコ
 前項では現代の中東が抱える紛争について、テーマ毎に紛争当事国とそれに同調または反対する国々の関係を取り上げた。本項ではそのうちトルコが関与している紛争とその相手国並びに第三国との関係を取り上げ、入り乱れる合従連衡の様相を探ってみる。

(1) 資源問題
 トルコは中東諸国の中では域内の紛争問題に最も多く関与している国と言えよう。最近特に目立つのは東地中海の経済水域(EEZ)をめぐる紛争である。東地中海はエジプト及びイスラエルが大型ガス田を発見して以来北部のキプロス島周辺海域が資源開発競争のホットスポットになっている。また天然ガスを中東からヨーロッパに送る海底パイプラインも計画中である。
 キプロス島は独立した共和国であるが、北半分のトルコ系住民居住区は北キプロス・トルコ共和国として独立を宣言している。但し国際社会の中で独立を認めているのはトルコだけである。トルコはユーラシアとアフリカの大陸棚が境界を接していることを理由に東地中海一帯の資源開発の権利を主張している。トルコはキプロス共和国の主張を無視して海軍の護衛のもと、資源探査船(リグ)により天然ガスの試掘を行った 。これに対してキプロス政府が抗議し、また同地域ですでに探鉱作業に着手しているフランスのTotal社をバックアップするフランス政府が強い警告を発している 。

 またガス海底パイプラインについてはイスラエル、エジプトがギリシャ経由ヨーロッパ向け輸出のためのEastMedパイプラインを計画しており 、陸上パイプラインでのヨルダンへの輸出を含めて関係国が東地中海エネルギーフォーラムを結成している 。トルコは同計画を阻止するため、リビアのシラージュ暫定政権(首都:トリポリ)と条約を締結、地中海で両国の大陸棚経済水域(EEZ)が接続していると主張している 。これに対抗するようにギリシャはエジプトとの間で海上国境線の画定に合意したと発表している。ヨーロッパ向け天然ガス輸出に関してはトルコもロシア産ガスの黒海海底パイプラインを建設中であるが 、接続地点がギリシャまたはブルガリアになる。このためトルコとしては地中海経由のルートを確保したい思惑もある。

 トルコは資源問題ではギリシャ/キプロスを敵に回しており、その背後にはフランス、エジプトが控えている状況である。一方でエジプトとはOIC(イスラム協力機構)の同盟国であり、フランスとはNATO(北大西洋条約機構)で軍事協力関係にある。トルコにとって敵(ギリシャ)の味方が敵というわけではないのである。

(2) 経済同盟(EU)及び軍事同盟(NATO)
 トルコはEU加盟を申請してすでに長い年月が経過しているにもかかわらず、後から申請したハンガリーなど東欧諸国がすでに正式メンバーになっている。トルコ国内には反EU感情が生まれ、EU加盟は絶望的との見方が広がっている。一方、トルコはNATO創立以来のメンバーである。東西冷戦が解消した現在ではNATOの存在意義は変質しているが、米国はロシアの脅威を主張、その最前線としてのトルコの価値を高く評価している。

 トルコはこれを念頭に、米国に対して最新鋭ステルス戦闘機F-35の購入を申し入れているが、米国(およびイスラエル)の反対により実現していない。トルコは米国に揺さぶりをかけるためロシアから地対空ミサイルS-400を導入する意向を表明、米国-トルコ間で駆け引きの真っ最中である 。

 EU、NATO問題の根底にあるのはトルコが両同盟の中で唯一のイスラム国家だということに尽きよう。米国および西ヨーロッパに根強いイスラムフォビア(イスラム嫌悪)があることは否定できず、イスラムの価値を標榜するエルドアン政権にとっては逆に譲ることのできない一線であることが問題を複雑化している。

(3) シリア問題
 シリアは一時IS(イスラム国)、アサド政権及び反政府組織による三つ巴の内戦で6百万人近い難民が国外に避難、このうちトルコは約4百万人を受け入れている。多くの難民はギリシャ/ブルガリアを経由してドイツなど西ヨーロッパ移住を希望している。しかし難民の急増で国内不安が生じたドイツなど北ヨーロッパ諸国が入国規制を始めるや、ギリシャはトルコとの国境を封鎖した。シリア内戦はほぼ終結し難民の増加は収まったが、トルコ国内では今も多数の難民がキャンプ生活をしておりトルコ政府の大きな負担になっている。
 
 トルコ政府は人道問題としてEUに移住受け入れを迫っているが、トルコと歴史的に絆が深いドイツ以外のギリシャ、イタリア、仏などは消極的である。

(4) クルド民族問題
 クルド民族はトルコ/シリア/イラク/イランの4カ国にまたがり4,600万人が居住している。クルド組織としてトルコにはPKK、シリアにYPG、イラクにはクルド愛国同盟がある。彼らはそれぞれの国の中央政府に対して独立あるいは自治権拡大闘争を繰り広げている。

 トルコ政府はPKKをテロ組織と見なし徹底した弾圧政策をとっているが、その反面シリアのYPGとはむしろ協調する姿勢が見られる。理由のひとつはPKKとYPGの分断を図りクルド民族の大同団結を阻止するためであり、もう一つの理由は隣国シリアの内戦でアサド政権の弱体化を狙っている。反アサド勢力はいくつかの弱小勢力の連合体としてロシアが支援するアサド政権に対抗しており、米国、サウジアラビアも別々の反政府勢力を支援している。反政府勢力は内戦の初期段階ではアサド政府軍と一体でIS(イスラム国)勢力を駆逐した。しかしIS壊滅後、政府勢力は烏合の衆の弱みを暴露し、ロシアの支援を得たアサド政権が復活している。

結局現在のトルコはシリアに関しては上記の難民問題でEUの行動を促し、クルド問題については自らシリア領内に越境し同国内に潜在するPKKの掃討作戦を行っているところである。

(5) トルコが当事者の一方に肩入れしているケース
 上記はトルコ自身が当事者となっている問題であるが、トルコが当事者の一方に肩入れすることにより別の国と敵対関係になっているケースとして、カタール問題、リビア内戦問題がある。

 カタール問題とはサウジアラビア、UAE、バハレーンのGCC3か国とエジプトの計4カ国がイスラムテロ組織と断定するイスラム教スンニ派のムスリム同胞団に融和的な姿勢を示すカタールと断交したことである。同じGCCのオマーン及びクウェイトは中立の立場をとったため、GCC6カ国の中でカタールは完全に孤立する重大危機に陥った(2017年) 。この時、トルコがカタールに支援の手を差し伸べたため、トルコは4カ国との関係が悪化して現在に至っている。関係する国々はいずれもスンニ派である。にもかかわらず対立するのは政治の支配体制の違いにある。即ち、エジプトの軍政は「アラブの春」で一度同胞団に敗れ、一年後に再びクーデタで軍による支配体制を回復している。サウジアラビア、UAE、バハレーンはスンニ派国家を標榜しながら、実際は絶対君主制の世俗国家であり、4カ国は世俗制強権国家と言う共通点を有している。エジプトも湾岸王制国家も体制を脅かすイスラム同胞団を強く警戒している。一方、トルコは大統領直接選挙制の世俗国家であるが、イスラム同胞団と親和性が強い与党政党が権力を握っており、君主制国家でありながらイスラム同胞団に寛容なカタールを支援し、4カ国と対立しているのである。

 リビア内戦問題へのトルコの関与は冒頭に触れた東地中海大陸棚のEEZ協定が動機となり、トルコはトリポリのシラージュ暫定政権を支援する形となっている。リビア内戦のもう一方の当事者であるベンガジを拠点とするリビア国民軍に対してはエジプト、UAE、サウジアラビア、仏、ロシアが支援国となり、リビア内戦は両者の代理戦争となっている。


 上記の通りトルコの立ち位置は問題によって少しずつ異なるが、全般的に見て言えることは、トルコの主たる敵対者は域内ではサウジアラビア及びエジプト、域外ではEUであると言えよう。そして米国とロシアはケース・バイ・ケースでトルコの味方または敵方となり、あるいはゲームに対して参加しないか、中立の立場をとっている。

以上


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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com
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