砂漠と海と空に消えた「ダビデの星」(3)
バーチャル管制:砂漠に消えた二番機(中)
快晴にもかかわらず「ブルジュ・ハリーファ」は先端部分が少し霞んで見えた。大都会ではスモッグのため地上が霞むことは珍しくないが、超高層ビル全体がかすんでいる。「マフィア」は魔法の絨毯に乗って千夜一夜の不思議な世界を覗いたような気持ちで眺めていた。その大都会のすぐ先はもう砂漠である。人々はその砂漠を「ルブ・アルハリ」と呼ぶ。アラビア語で「空白の四分の一」を意味する広大な砂漠である。アラビア半島の四分の一を占め、ごく最近まで満足な地図すら無かった空白地帯ということから名付けられたのである。
戦闘機が向かうその砂漠は今、地上と空が一体となった赤茶けた幕に覆われ地平線が見えない。そしてその幕が海岸線にひしひしと近づきつつあった。この時期特有の「砂嵐」の襲来である。超高層ビルがかすんで見えたのはその前兆だったのだ。2機の戦闘機はその砂嵐に突っ込もうとしている。こんな砂漠のど真ん中にジェット機が着陸できるような滑走路があるのだろうか?「マフィア」は恐怖と不安に駆られて先導の米軍機に行き先を確かめたい衝動に駆られた。しかしこちらからの交信は禁じられており、先導する米軍機はまるで何事もないかのように高度を下げつつ砂嵐の中へと突き進んでいった。「マフィア」は観念し黙って追走した。
砂嵐の中に突入すると猛烈な逆風のため機体は木の葉のように揺れ、真昼間と言うのに夕暮れ時のように暗くなり時々先導の米軍機を見失うほどであった。高度計が地上まで数百メートルを示したその時、先導機から呼びかけがあった。
「この先に誰も知らない米軍の滑走路があり、貴機はそこに緊急着陸してもらう。ここから先は基地の地上管制官が誘導するので周波数を○○ヘルツに切り替えよ。当機は所属基地に戻る。グッド・ラック。」
言い終えた米軍機は機首を左斜め上方に向けて「マフィア」の視界から飛び去っていった。入れ替わりに今度は管制官の声が飛び込んできた。
「こちら管制塔。こちら管制塔。貴機がこちらに向かっているのをレーダーで確認した。着陸準備体制に入りそのまま直進せよ。」
砂嵐で視界は殆どゼロのため管制官の誘導だけが頼りである。「マフィア」は微塵も疑わず管制官の指示に従ってずんずんと高度を下げた。
(続く)
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)
荒葉一也:areha_kazuya@jcom.home.ne.jp
11/23 OPEC IEA, IEF and OPEC hosted two events on energy markets: http://www.opec.org/opec_web/en/press_room/1930.htm
11/24 石油連盟 COP16等に向けた産業界の提言(共同提言) http://www.paj.gr.jp/paj_info/press/2010/11/24-000456.html
砂漠と海と空に消えた「ダビデの星」(2)
バーチャル管制:砂漠に消えた二番機(上)
「我々は貴機を1機ずつエスコートしてそれぞれの着陸地に向かう。各機の着陸地点が近づいたら地上の管制官が誘導する。我々の任務はそこまでだ。」
「なおこの電波を傍受した最寄りの国が貴機をイスラエル機と認識した場合、何らかの妨害行為或いは敵対行為を取る恐れがある。従って今後一切貴方からの通信は控え、黙って当方の指示に従ってもらいたい。」
米軍パイロットは同じ言葉を二度繰り返した。その声には有無を言わせぬ力がこもっていた。
「まず右翼後方の二番機。直ちにアラビア半島方向へ向かえ。」
マフィアは言われるままゆっくり右に旋回し仲間の2機から離脱した。後方から米軍機が追いつき、並走を始めた。お互いに相手のパイロットの顔が識別できるほどの近さである。マフィアは米軍機のパイロットに向かって親指を突き上げて見せた。交信を禁じられたマフィアとしては、それは救援に感謝する意思表示であった。しかし相手のパイロットはそれに応えず操縦桿を握りしめ、少し下降してマフィア機の下に潜り込むと、何かを確認するようにマフィア機の胴体腹部を見上げた。
パイロットはそこに何もないことを確認すると、今度はマフィア機の前に躍り出て機首を真っ直ぐアラビア半島に向け、すこしずつ高度を下げ始めた。米軍機のジェットエンジンから時折り噴き出るバーナーの炎が、<俺について来い>と言うメッセージであった。
2機の戦闘機は今やペルシャ湾からアラビア半島に入りつつあった。眼下に停泊するコンテナ船が見え、次いでクリーク(入江)の奥の岸壁で荷役するクレーンが目に入った。その先の内陸部には高層ビルが林立する近代的な都市が広がっている。その中でひときわ目を引く超高層ビル。世界最高層のビル「ブルジュ・ハリーファ」である。周囲を圧倒してそびえたつ高さ800メートルを超えるビルは、高度を下げたマフィア機からはまるで手を伸ばせば届かんばかりの近さであった。
(続く)
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)
(注)本シリーズはホームページ「マイ・ライブラリー」に一括掲載されています。
http://members3.jcom.home.ne.jp/3632asdm/0166OpecNext50Years.pdf
4.埋蔵量に対するOPEC産油国と国際石油企業の対照的な姿勢
前章でイラクとイランが埋蔵量を大きく上方修正したことに触れたが、実はOPEC加盟国が自国の埋蔵量を大幅にアップした例は過去にもある。BPの’Statistical Review of World Energy, 2010’の’Oil Proved Reserves History’は1980年から2009年末までの世界各国の埋蔵量の経年変化を示したものであるが、これによればサウジアラビアは1988年に前年末の埋蔵量1,696億バレルを一挙に50%アップして2,550億バレルとしている。同国はこの埋蔵量をベースにその後は毎年の生産量と新規発見量を差し引きする埋蔵量の微調整を行っておりその結果昨年末の埋蔵量は2,646億バレルとなっている。
またベネズエラも2005年以降毎年大幅な埋蔵量見直しを行い、特に2008年には前年比70%増の1,723億バレルとなった。この結果、同国の埋蔵量は2005年比の2.5倍となりそれまでサウジアラビア、イラン、イラク、クウェイトに次ぐ世界第5位であったものが、サウジアラビアに次ぐ世界第2位に躍り出たのである。これはオリノコ河流域のタール・サンドを加えたためである。(因みにオイル・サンドを有するカナダも同様の例であり、2006年に同国は埋蔵量を前年の171億バレルから277億バレル、さらに2008年には332億バレルと相次いで上方修正している。)
このようにOPEC産油国では埋蔵量を突如大幅に見直すケースが少なくない。これに対して国際石油企業の場合は見直しに慎重であり、毎年の埋蔵量は殆ど変化が無く、時として下方修正するケースすらある。その典型的な例がシェル石油である。同社は2004年に石油とガスの埋蔵量を約20%も下方修正して業界に大きな波紋を投げかけた。これにより同社の株価は急落、当時の経営者が交替を余儀なくされ、投資家に和解金を支払う破目に陥ったほどである。
OPEC加盟国が埋蔵量を上方修正し、一方国際石油企業が修正に慎重なのは何故であろうか?それは前者が政府であるのに対し、後者が民間企業であることが大きな理由であると考えられる。OPEC各国は石油資源を国有化し、また各国とも国家財政の殆どを石油に依存している。従って石油は国家の象徴的な存在であり、自国の石油埋蔵量が世界何位であるかは、時として国家の威信にかかわる問題となる。またこれによって国民に満足感と安心感を抱かせることが可能である。特に独裁的な元首の場合は国民の歓心を買い自己の権力基盤を強化するため、石油埋蔵量を国威発揚の手段に利用する。ベネズエラのチャベス大統領などはその典型的な例と考えられる。今回イラクの埋蔵量アップに対してイランもすかさず上方修正して埋蔵量世界3位と4位を争ったが、これも双方の国民の対抗心とそれを無視できない為政者の思惑が生んだものと言えよう。
これに対して国際石油企業は株式を上場している民間企業である。そのため株主を含む一般社会に対して迅速かつ適切な情報を公開し経営の透明性を示さなければならない。もし経営上の重要な情報を隠蔽あるいは改竄したことが後日明らかになれば、投資家から損害賠償を請求される。2004年のシェル石油がまさにそれであった。同社は2007年に3.5憶ドルの和解金を支払っているが、米国の株主との訴訟はその後も続き、最近漸くそれが解決したと報じられたばかりである 。解決までに実に6年の歳月と巨額の費用(弁護士費用を含めれば10億ドルを超えるか?)がかかった訳である。
ただ可採埋蔵量は検証することが非常に難しい、と言うよりも科学的実証的に検証することは現在の技術水準では不可能であるという厄介な問題を抱えている。そもそも個々の油田の埋蔵量についても油田全体にどれだけの原油又はガスがあるか(原始埋蔵量)は机上の計算値であり、良く使われる「可採埋蔵量」とは「現在の技術で回収可能な埋蔵量」の意味である。従って水平掘削、二・三次回収など採掘及び生産技術の進歩によって回収率が上がれば埋蔵量も増加することになる。また生産コストの問題でこれまで手が付けられなかったタール・サンドやオイル・サンドが石油価格の上昇と技術の進歩で商業生産が可能になり、或いは千メートル以上の深海底で新油田が発見される等、産油国或いは国際石油企業の確認埋蔵量は常に変動する宿命を負っているのである。
各油田の埋蔵量を査定するのはその油田の操業に携わっている国営石油会社或いは民間石油企業であり、査定のための第三者機関は存在しない。埋蔵量とはメーカーにたとえるなら原材料在庫のようなものである。原材料在庫を過大評価すればバランスシートは一見健全に見える。これは粉飾決算の一種としてよく使われる手である。このような粉飾決算の疑惑が生じた時には第三者による会計監査、時には司法機関による強制捜査が行われる。
ところがOPEC産油国の殆どは石油産業を国有化し、なおかつ外国の石油企業を排除して自国の国営石油企業が開発・生産作業を独占している場合がほとんどである。そのような状況下では埋蔵量がどのように査定されているのか部外者は全くわからず、産油国の発表数値を信用する他ないのである。仮に国営石油会社内部で国際水準に沿って厳格に埋蔵量を算出したとしても、為政者の胸先三寸でその数値に手が加えられる可能性が常にある。そして為政者が埋蔵量値に手を加える場合、彼は間違いなく埋蔵量を増やす方向で修正するはずである。それは自国の対外的なステータスを上げることであり、また国内での人気浮揚策になるからである。為政者が独裁者であるほどその傾向が強くなるであろうことは容易に想像できる。
こうして産油国の埋蔵量データの透明性はますます薄れつつあり、BPのような国際石油会社と言えども産油国のデータをそのまま追認する他ないのである。埋蔵量の多寡がOPEC生産枠設定の鍵となることが確実であるため、加盟各国の中でも特に人口が多く石油収入に頼る国ほど過大な埋蔵量を公表する誘惑に駆られるに違いない。
(続く)
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11/19 石油連盟 天坊 石油連盟会長定例記者会見配布資料 http://www.paj.gr.jp/from_chairman/data/20101119.pdf
砂漠と海と空に消えた「ダビデの星」(1)
ペルシャ湾上空にて
3機のイスラエル戦闘機はペルシャ湾上空をあてどなく飛行し続けていた。残された燃料はわずかである。左岸はイラン、右岸はサウジアラビア、カタール、UAEと続くアラブの国々である。いずれもイスラエルと敵対する国々であり、陸に近寄り過ぎると領空侵犯になり、敵国戦闘機のスクランブル(緊急発進)に遭遇するか、さもなければ地対空ミサイルで迎撃される恐れがある。救難信号「メーデー」を発信してカタールの米空軍基地に助けを求める手が無い訳ではないが、そうなると米国は厄介な外交問題を背負いこむことになる。今回のイラン空爆はイスラエルの単独軍事行動である。米国は事前に空爆計画を知らされ、それを黙認したのは事実だが、それはあくまでも暗黙の了解ということであって、積極的な支援はしない約束であった。従って飛行中のイスラエル機が独断で救援を求めることは許されない。
イラン或いはアラブ湾岸諸国の領空外のペルシャ湾の空域―その狭くて細長い回廊だけが今やイスラエル機に残された唯一自由で安全な場所であった。それはホルムズ海峡で一本の線に細り、海峡を抜けるとアラビア海、インド洋という果てしなく自由な空が開ける。そうなれば海面に不時着する寸前に緊急脱出し、洋上を漂流しながら救助を待つことができる。しかし差し迫った状況はそれを許さない。何しろホルムズ海峡まで達する燃料すらないのだから。
その時である。彼らのヘッドフォンに滑らかな英語が飛び込んできた。
「こちら貴機救援のためカタール・ウデイド基地を発進した米軍機である。現在貴機の後方にあり。貴方3機を安全に目的地まで誘導する。聞こえたら応答せよ。」
『エリート』が直ちに米軍機に応えた。エリートの声には安堵の色が滲んだ。無線を傍受した『マフィア』は、これで再び祖国の英雄として帰還できる道が開けた、と満面に笑みを浮かべた。
しかし『アブダラー』だけは違っていた。彼は安堵した訳でもなく、まして大喜びした訳ではなかった。むしろ彼の顔に一瞬陰りが生じ、次いで体の中から恐怖心が沸き上がった。
<本当に救助してくれるのだろうか?>
彼の体のどこかで<これは巧妙な罠だ>という声が聞こえた。
彼の頭脳は米軍の救援を信じようとする。しかし肉体のあらゆる部分がそれとは異なる声を発している。これまで全ての肉体の動きを制御していたはずの頭脳―『理性』をふりかざして有無を言わせず肉体に命令してきた頭脳―に対して今や肉体の各パーツが一斉に反乱を始めたのである。
<反乱者は何者なんだ?>頭脳と肉体の分裂を回避しようと、アブダラーは必死になって疑問を繰り返した。しかし頭の中は混乱し、次第に意識がぼやけ始める。誰ともわからぬ反乱者が彼の頭脳を支配しつつあった。
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)
荒葉一也:areha_kazuya@jcom.home.ne.jp