(1)石油・天然ガス資源を獲得するための三つの方法
前章では米国と中国が世界でも指折りの資源保有国でありながら、それぞれ「石油ガブ飲み体質」或いは「経済成長を持続するためのエネルギー確保」を宿命付けられていることを述べた。そのため、両国は地球規模での熾烈な石油・天然ガス獲得競争を繰り広げざるを得ない。そして特に昨年以降その兆候が激しくなっている。
自国の領土外で石油或いは天然ガス資源を獲得するには三通りの方法が考えられる。第一の方法は、資源を有する企業を買収することである。この場合、産油国の国営石油会社を買収することは不可能であるため、多国籍の民間企業を買収することとなる。この方法は買収に多額の資金を要するが、石油・天然ガス資源を確実に獲得でき、リスクは少ない。
第二の方法は、既に石油または天然ガスを生産しているか、または石油・ガスが発見され開発段階に移行しようとしている鉱区の権益の一部を買収して操業に参加することである。これは第一の方法と同じくリスクは少なく、しかも企業買収よりも資金負担は少ない。しかし鉱区権益に対する参加比率は低く、操業の主導権は産油・ガス国や先発石油企業が握っているため、獲得できる石油・ガスの量が少なく、また増産などの生産計画に関与できる余地が少ない。
そして第三の方法は、外国の未開発の鉱区を獲得し、自らその開発に乗り出すことである。これには多額の鉱区取得費用(いわゆるサイン・ボーナス)や探鉱・試掘費用が必要であるが、もし石油・ガスを発見した場合の見返りは大きい。但し探鉱・試掘で石油・ガスを発見できなければ全ての投下資本は無に帰する。非常にリスクの大きい投資である。従って十分な資金的余裕があることが必須条件である。
中国はこの三つの方法を、(a)ユノカル買収、(b)ナイジェリア油田権益参加及びイラン・ヤダバラン油田開発、(c)キューバ領海上鉱区参画、と言う形で実現しようと試みた。この中でユノカル買収、イラン油田開発及びキューバ領海上鉱区参画は、米国の国益或いは外交方針と正面衝突する案件である。
(2)ユノカル買収問題
昨年4月、米シェブロン社はユノカル社を164億ドルで買収する計画を発表した。しかし中国海洋石油(CNOOC)は6月にこれを上回る185億ドルの買収条件を提示して優位な立場に立った。ユノカルは長期的な生産の見込める南アジア地域のガス田を持っており、また同社全体では約50万バレル/日の石油生産能力と20億バレル近い埋蔵量を有している。CNOOC及びその背後にある中国政府が同社の買収に強い意欲を示したのは当然である。
しかしこの中国の動きに対して米国議会から反対の声が上がった。石油は米国にとって戦略産業であり、自国企業がこともあろうに中国に買収されることは、米国の安全保障と国益に反すると言うのが米議会の主張である。元来中国に対する疑念と警戒心が強い米国の国民感情も味方し、結局8月にシェブロンがユノカルを174億ドルで買収することが決定した。中国はシェブロンより高い金額を提示したにもかかわらず買収に失敗したのである。
(3)イラン・ヤダバラン油田開発問題
世界第2位の石油埋蔵量を誇るイランには未開発の大型油田がいくつもある。しかし米国が強い経済制裁措置を講じているため、油田を開発するための十分な資金と技術を外国から導入できず、あたら宝の持ち腐れの状態にある。そのためイランは米国以外の国或いは企業との提携の道を探った。しかしヨーロッパ企業は米国による有形・無形の圧力を恐れた。またイラン原油を地中海に搬出する場合の地政学上の難点もあり、ヨーロッパ企業はイランの石油開発にはさほど乗り気になれない。その中でイランとの石油取引が多い日本は、アザデガン油田の開発権益を獲得したが、これに対しても米国は日本を強く牽制している。更に最近では、米国はイランの核開発問題に対し国連制裁をちらつかせている。対米関係、国連外交を最重要視する日本は身動きの取れない状況である。
そのような中で中国石化(SINOPEC)は、昨年10月イランのヤダバラン油田開発に関する覚書(MOU)を締結した。同油田の埋蔵量は300億バレルと言われ、最高30万B/Dの生産が見込まれる超巨大油田である。なおMOUには25年間にわたる2.5億トンの原油・LNGを供給することも盛り込まれており、イランの石油・天然ガスに対する中国の期待の強さがうかがわれる。
国連安全保障理事会の常任理事国である中国は米国のイラン制裁動議に反対している。イランを擁護しようとする中国の外交政策は、結果的にはイランに貸しを作ることと同じである。それがヤダバラン油田開発について中国側に有利に働くことは間違いない。中国は安保理常任理事国の立場を利用して自国の国益を図ろうとしていると考えてもあながちうがちすぎではないであろう。ここにもエネルギー獲得をめぐる米国と中国の衝突の側面が見られる。
(4)キューバ領海上鉱区参入問題
5月初めの外電は、キューバによるメキシコ湾沖合い鉱区入札に中国が参加の意向を表明していると報じた。入札は石油開発に興味のある全ての国際企業に開かれており、米国系企業にも参加が呼びかけられたが、米国政府は自国企業が応札することを禁じている。
米国と目と鼻の先にあるキューバは、米国にとってなんとも目障りな存在である。米ソ冷戦構造が崩壊しキューバが孤立してから、キューバそのものは米国の脅威とはならず米国はことさら無視する態度を取ってきた。しかし、最近ベネズエラ、エクアドルなど南米諸国で反米感情が高まり、油田の国営化などが現実化している。そのような中でキューバは中南米の反米のシンボルとして存在感を強めている。それだけに世界最大の社会主義国である中国がキューバで石油開発を行うことは米国にとって耐え難いことだと思われる。
米国自身はメキシコ湾の沖合いで古くから石油・天然ガスを生産しているが、沖合い200マイル以上の大陸棚での石油・ガスの開発は国内法により1980年初頭以降凍結されている。キューバが入札を計画している鉱区は、米国とキューバの海上中間線のキューバ側である。したがって米国がこの計画に対して異議を差し挟む余地は無い。まして中国が国際入札に参加することは中国の自由意志である。米国政府と同国の石油企業はジレンマに陥っているのである。
このように石油・天然ガス獲得のための中国の最近の動きは、米国の神経を逆撫でするものである。米国は自国の国益を守るため、西欧や日本のような同盟国に対しては、様々な外交的手段や経済問題をからめて強い牽制を行うことができるが、中国に対してはそのような手段が無いのが現状である。この点で米国の中国に対する焦燥は強い。