本稿はこれまでのETC2.0批判のまとめですが、かなりの長文です。
なのでETC2.0購入を検討して当ブログにたどり着いた方にかんたんな結論を先に述べます。
ETC2.0は通常のETCに比べ1万円ほど高額ですが、圏央道をよく利用する方を除き一万円に値するメリットはありません。
また、今後サービスが広がるといっていますが、全く広がっていません。
ETC2.0を購入する意味はありません。
-------------------------------------------
このブログはETCの通信技術「DSRC」を活用した高度交通システムに対する疑問をメインに2004年8月から続いています。
基本的に「ETCは高速道路の料金収受にしか使えない」と約15年間言い続けて来ましたが、未だに国交省は「ETC2.0」という名前でその普及を図ろうとしています。
通信の世界は15年経てば別世界になります。実際、2004年にはスマホも3G通信もありませんでした。
いまや通信は5G,スマホも持っていて当たり前という時代になり、ポスト通過時しか通信できないDSRCに将来などない、ということは誰にでもわかることですが、未だに国交省・高速道路会社は通常ETCより割高なETC2.0を宣伝し、ましてや補助金までつけて普及をさせようとしています。
この状況は歴史的経緯などかなり複雑となっていますが、一度ここでまとめてみたいと思います。
かなりのボリュームになりますが、保存版と思って書きます。
1.そもそものはじまり
1997年にETCの通信規格が定められ、2001年から実際にETCの運用が開始された。
スタート当初からETCの拡大利用についての構想があった。
ひとつは交通安全システムへの応用。事故多発地点の手前にポストを設置し、この先渋滞注意などの警報を車に送るというもの。
もうひとつは民間の力を活用し、ETCを商業利用する考え方。例えば駐車場、ドライブスルー、ガソリンスタンド。
電技審答申には、2015年までにITS関連の市場規模は60兆円となりその多くはこれら新サービスによってもたらされると書かれており、関係各社やコンサルなどが競ってITS室をつくった。
しかし、私にどうしても商業利用はあり得ない(ノンストップが要求されるサービス以外は単なるキャッシュレスでしかなく、車が支払い装置で有る必要はない)と考え、このブロクを始めた。
結果いまどうなっているかはご存知の通り。当ブログ記事「1998年電気通信技術審議会答申の答え合わせ」
2.交通安全システムの欺瞞
商業利用の他、事故多発地点の手前にポストを設置し、この先渋滞注意などの警報を車に送ることで事故防止につなげる、というのがこの施策の重要な柱となっている。
そのため国交省は2005年に首都高速の事故多発カーブ「参宮橋」で実験を行い、事故防止に効果があったという結論を出している。(実際に実験につかったのはDSRCではなくVICSビーコン)
しかし、実際には同カーブには車の挙動が変化するような大きな路面段差があり、実験前に舗装の打ち直しを行っている。そして、事故は実験期間ではなく舗装打ち直しから減少し、実験終了後も増加していない。
当ブログ関連記事
このことは一部自動車評論家も指摘しており、国交省関係者もしらないはずはないのだが、未だにこの実験は有効だったことになっている。
そして、現在全国高速道路には250億円をかけた1600ヶ所のポストが設けられているが、おかしなことにその事故低減効果に関するレポートは見たことがない。
3.仕様を巡るゴタゴタ
(1) 通常ETC
当初のETCには高速道路料金所に限定されたノンストップ料金支払い機能しか付いていなかった。これでは交通安全や商業利用といった利用拡大はできない。この通常ETCは現在も販売されている。
通常ETC車載器の機器固有番号をキーにして、紐付けクレジットカードから支払いをするというビジネスを三菱商事系のITS事業企画という会社が始めたが、成功に至らず現在は事実上消滅している。
(2) ITSスポット対応車載器
そこで、2011年、次世代として通信量を増大させ車載器に画像表示などができるようにした「ITSスポット対応車載器」もしくは「DSRC車載器」と呼ばれる次世代ETCが登場した。この車載器と対応ナビを装着することで全国高速道路に設置した1600ヶ所のITSスポットとの通信が可能となり、安全運転情報を受け取れる事になった。
また、高速道路のSAや道の駅にSAや道の駅の情報が受け取れるITSスポットが設置されたが、全く使われていない。(こんなものが使われると思ったセンスを疑う)
本来の計画ではETCからITSスポット対応車載器への変換が進むはずだったが、価格が高い反面、殆どメリットがないため全く普及しなかった。
(3) ETC2.0
2014年、「ITSスポット対応車載器」の仕切り直しとして、わかりにくい名称を「ETC2.0」に変更。高速道路の割引サービス等に対応するようになった。
但しITSスポット対応車載器はETC2.0のサービスを受けるためには車載器のソフト書換のため再セットアップが必要。
2016年には圏央道での割引がスタート。また、インターチェンジから道の駅に退出した場合の継続扱いもETC2.0向けサービス(後述するが、実際は優遇)として開始される。
現時点ではETC2.0のメリットはこれだけだが、車載器メーカーがETC2.0のラインナップを拡大したことから徐々に普及が始まっており現在販売されているETCのうち15%程度はETC2.0だと思われる。
4.消費者にあまり宣伝されていない追加機能
ETC2.0には実はあまり宣伝されていない機能がある。それが走行経路情報のアップロードだ。
ETC2.0はGPS信号による走行経路情報を50km分程度保持する。プライバシー保護のため、個人情報のアップロードはなく、また出発地・目的地はわからないように電源オンオフ前後のデータは消去される。これだけプライバシーには配慮しているがそれでもプライバシー議論に配慮してか、この機能は積極的には宣伝されていない。さらに、一般道路には推定で2000箇所の「情報吸い上げ専用ポスト」が設置されているが、これについては一般にはまったく公表されていない。
なぜこの機能があるのか。消費者向けには、ETC2.0は走行経路によって割引を行うので走行履歴が必要だとしているが、電源オンオフでデータ消去する仕様なので頻繁に立ち寄りをしたらデータはなくなる。また、GPS経路情報等なくとも経由地に通信ポストがあれば通過情報から経路はわかる。
実際は、走行データのビッグデータ取得が理由だろう。これはすでに民間テレマティックス関連や、Googleがデータをもっているが、官として自前のデータを持ちたいということなのだと思う。
5.ETC2.0のメリットと普及促進策
私の見解では、現時点でのETC2.0のメリットは圏央道の割引だけ。圏央道を使わない人にとっては高い買い物でしかない。
しかし、関係WEBサイトでは圏央道の割引に加え、交通安全、将来の経路による割引、将来の商業利用等が宣伝されている。また自動車関連メディアへのパブリシティ工作も十分行われており、ネットで検索すると概ね好意的な記事がでてくるし、定期的に宣伝的な記事が公開される。
しかし、それでも普及は思うように進まないことから、国交省は各道路会社を通じて割引キャンペーン(1万円)をずっと行っている。
6.なぜそこまでして普及させたいのか?
最大の疑問はなぜ補助金をだしてまで普及させたいのか、ということ。これは正直私もわからない。以下は仮説。
(1) 後に引けない
1600ヶ所のITSスポットに250億円を使っている。それ以外にもETC2.0に関しては割引キャンペーンや宣伝費等を含めかなりのお金を使っている。お金の話だけでなく、様々な官と産学によるプロジェクトも動かしているだろう。もしここでやめたらその責任問題が発生する。民間企業であればマネジメントが不採算事業を切り捨てて失敗が確定するが、このケースはやり続けている限り失敗認定はされない。
(2) 利権
これは非常に話題性がある理由だ。実際ETC利権を言う人は多い。しかし私はそこまでの利権はないと思う。ETCに関わった事業者がボロ儲けしているようには見えないからだ。むしろETC2.0は計画通り売れておらずメーカーは利益が出ていないのではないか。これは外野から憶測でものをいうべき話ではないのでこれ以上は控える。
(3) 走行データ収集
多分、今はこれが目的となっているのではないか。交通安全への寄与は限定的、商業利用もほぼ絶望的であるなか、消去法で残された目的だ。しかし、移動体通信が発達するなかで「車載器に蓄積した走行データを特定のポスト通過時だけ受け取れる」なんて仕組みに将来性があるかは大いに疑問だ。
7.問題点
(1) 消費者への欺瞞
ETC2.0車載器は通常ETCより1万円以上高額だが、それに見合うメリットは圏央道利用者以外にはない。
しかし、あたかもメリットが有ると宣伝する、もしくはメリットを誇大に宣伝するのは消費者に対する欺瞞でしかない。
(2) 人為的につくられたメリット
圏央道の割引にしても、道の駅途中退出にしても、また宣伝されている事故災害時の途中退出にしても、すべて現行ETCで対応可能なことであり、ETC2.0でなければできないことではない。
つまり、それらはETC2.0のメリットではなく、ETC2.0普及のためにつくられた優遇策なのだ。
これらは「渋滞緩和」「過労運転防止」を謳っているが、それを普及目的でETC2.0に限定するのは非常におかしなことではないか。渋滞緩和、安全向上であればすべてのETCを対象にするべきだろう。
(3) 税金・高速道路通行料の無駄使い
殆どメリットのないITSスポット整備費用はもとより、ETC2.0の機器割引キャンペーンや宣伝費等の費用は通行料から賄われている。意味のない施策にこれ以上の浪費はやめるべきだ。
(4) 走行データー収集
ETC2.0による走行データー収集は移動体通信によるそれと比べたら効率が悪い。自前にこだわらず、すでに存在する民間データーを購入するほうが費用対効果は良いのではないか。
(5) 絶対に成功しない商業利用
ドライブスルー、ガソリンスタンドはそもそもノンストップではないので、スイカ等のICカードやおサイフケータイ、ApplePay、クレジットカード等のキャッシュレス決済と利便性に於いて殆ど差がなく、来店客増は期待できない。したがって高額なETC2.0専用ポストの設備投資をする店舗はない。
駐車場はまだノンストップである分目があるが、これも設置費用と来店客増・コスト低減が見合わない。また商業施設利用割引の方法が確立していない。
8.最後に
交通安全、事故防止、渋滞緩和、キャッシュレス決済という非常に耳障りのいいメリットは誰も否定しない。そのせいかETC2.0に疑いを抱く人は少ないが、その実態は以上のようなものなのだ。
これが民間企業であればとっくに撤退、精算しているだろうが、官主導であるがためにいつまでもやめる事ができないのではないか。
私はノンストップ料金収受器としてのETCを否定するものではなく(もっと機器は簡易的なもので良かったし、専用カードではなく一般クレカ紐付けで良かったとは思っているが)、むしろ100%義務化にして完全無人化により収受コストを大幅に下げ、通行料値下げを行うべきだと思っている。そのためにETC機器レンタル制度等、低頻度利用者への救済策等に費用をかけるのは賛成する。
だが意味のないETC2.0普及への出費は今すぐにでもやめるべきだ。