12月22日。火曜日。快晴。
朝6時半。零度。
最近の朝の散歩は・・・
『山の散策』

近所に見つけた小山。
山道の上り下りは、平衡感覚を必要とし、筋肉量Upが計られます♡♡
登る途中に・・・
『美しい樹木』

その見事な姿に、冷えた体が慰められます。 心も癒されます。

頂上は・・・
『美しい小径』

静寂の中。 どこまでも、いつまでも、歩いていたいような・・・。
1時間ほど歩いて体もすっかリ暖まり、方向転換です。
コロナ禍が終わって、いつになったら本格的登山ができるのでしょうか? 我慢の時です。
今日も、小山登山で満足して帰宅しました。 感謝!感謝!
そして。
今日は12月22日。御降誕三日前。
『今日の入祭唱』
『城門よ、頭を上げよ。 とこしえの門よ、身を起こせ。
栄光に輝く王が来られる。』
詩編 24章7節
『今日の福音 マリアの賛歌』
『そのとき、マリアは言った。
「わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。
今から後、 いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、
力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。
その御名は尊く、 その憐れみは代々に限りなく、 主を畏れる者に及びます。
主はその腕で力を振るい、
思い上がる者を打ち散らし、 権力ある者をその座から引き降ろし、
身分の低い者を高く上げ、 飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。
その僕イスラエルを受け入れて、 憐れみをお忘れになりません、
わたしたちの先祖におっしゃったとおり、 アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」』
ルカ福音書 1章46-56節
紀元元年?・・・
天使ガブリエルが、神様から、マリアの所に遣わされて、
『イエス様の誕生』:『受胎告知』 をなさいました。

『受胎告知』 レオナルド・ダ・ヴィンチ作品
その時に・・・
天使ガブリエルは、
『あなたの親類のエリザベトも、不妊の女と言われており、年をとっているが、
男の子(洗者ヨハネ)を身ごもっている。 もう六ヶ月になっている。
神にできないことは何一つない。』 と言いました。
それを聞いたマリアは、天使に、
『私は主のはしためです。お言葉のとおり、この身に成りますように。』
と答えた後・・・
急いで、エリザベトの家を訪問したのです。
天使ガブリエルの『言葉』を伝えたことでしょう。

すると、
エリザベトは言います。
『あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子(洗者ヨハネ)は喜んでおどりました。
主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。』
そこで、マリア様は、『マリアの賛歌』 を歌ったのです。
マリアとエリザベト そして ヨセフとザカリア。
四人は、信仰の喜びを分かち合ったことでしょう。
その後・・・
マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰ったのです。
以上。 ルカ福音書 1章26-56節 参照
エリザベトから・・・『幸いな方』 と言われたマリアです。
マリアが、天使の伝える『神の言葉』を信じたからです。
マリアは、エリザベトの言葉への『御礼』として、
そして 神への『賛美』として、
『信仰の神髄』:
『マリアの賛歌』
を歌ったのでしょう。
それは、
身分の低い私のような者に目をかけて下さり、『子どもの母』となることに、神様に感謝いたします。
神は、神の御前に貧しい人(自分の小ささを認める人)に、『希望』を与えて下さる御方です。
神は、権力者の味方ではなく、貧しい人の味方になって下さる御方です。
神は、身分の低い者を高く上げ、 飢えた人を良い物で満たしてくださる御方です。
神は、理解できない不条理の中で絶望にある者に、必ず、『平和』を約束される御方です。
神は、神の僕イスラエルを受け入れて、イスラエルの歴史において、祖先に約束なさったように、
とこしえに、イスラエルへの『憐れみ』をお忘れにならない御方です。
それは、神様への信頼と信仰に満ちた『賛歌』でした。
神様は、『マリアの賛美』 の通りに、
『身分の低い、主のはしため』であるマリア様の協力を願いながら
マリアの子・イエスにおいて、『神の救い』 を完成なさったのです。
マリア様を、『教会の母』となさり、 『宣教の母』となさったのです。
私たちも、
思い上がることなく、謙虚で、
力のなさ、自分の小ささ、を認めながら、
『神の救い』の業に
微力ながら、協力できるといいですね。
『今日のアレルヤ唱』
アレルヤ、アレルヤ。
『諸国民の待望の王、 神と人とを一つに合わせるいしずえの石、
あなたが土から造られた人を救いに来てください。』 アレルヤ、アレルヤ。
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
コロナ禍で自粛生活の毎日・・・
定番コースでも、日々新しいコースでも、少しだけでも散歩ができるといいですね。 お元気で!
朝6時半。零度。
最近の朝の散歩は・・・
『山の散策』

近所に見つけた小山。
山道の上り下りは、平衡感覚を必要とし、筋肉量Upが計られます♡♡
登る途中に・・・
『美しい樹木』

その見事な姿に、冷えた体が慰められます。 心も癒されます。

頂上は・・・
『美しい小径』

静寂の中。 どこまでも、いつまでも、歩いていたいような・・・。
1時間ほど歩いて体もすっかリ暖まり、方向転換です。
コロナ禍が終わって、いつになったら本格的登山ができるのでしょうか? 我慢の時です。
今日も、小山登山で満足して帰宅しました。 感謝!感謝!
そして。
今日は12月22日。御降誕三日前。
『今日の入祭唱』
『城門よ、頭を上げよ。 とこしえの門よ、身を起こせ。
栄光に輝く王が来られる。』
詩編 24章7節
『今日の福音 マリアの賛歌』
『そのとき、マリアは言った。
「わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。
今から後、 いつの世の人もわたしを幸いな者と言うでしょう、
力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。
その御名は尊く、 その憐れみは代々に限りなく、 主を畏れる者に及びます。
主はその腕で力を振るい、
思い上がる者を打ち散らし、 権力ある者をその座から引き降ろし、
身分の低い者を高く上げ、 飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます。
その僕イスラエルを受け入れて、 憐れみをお忘れになりません、
わたしたちの先祖におっしゃったとおり、 アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」』
ルカ福音書 1章46-56節
紀元元年?・・・
天使ガブリエルが、神様から、マリアの所に遣わされて、
『イエス様の誕生』:『受胎告知』 をなさいました。

『受胎告知』 レオナルド・ダ・ヴィンチ作品
その時に・・・
天使ガブリエルは、
『あなたの親類のエリザベトも、不妊の女と言われており、年をとっているが、
男の子(洗者ヨハネ)を身ごもっている。 もう六ヶ月になっている。
神にできないことは何一つない。』 と言いました。
それを聞いたマリアは、天使に、
『私は主のはしためです。お言葉のとおり、この身に成りますように。』
と答えた後・・・
急いで、エリザベトの家を訪問したのです。
天使ガブリエルの『言葉』を伝えたことでしょう。

すると、
エリザベトは言います。
『あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子(洗者ヨハネ)は喜んでおどりました。
主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。』
そこで、マリア様は、『マリアの賛歌』 を歌ったのです。
マリアとエリザベト そして ヨセフとザカリア。
四人は、信仰の喜びを分かち合ったことでしょう。
その後・・・
マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰ったのです。
以上。 ルカ福音書 1章26-56節 参照
エリザベトから・・・『幸いな方』 と言われたマリアです。
マリアが、天使の伝える『神の言葉』を信じたからです。
マリアは、エリザベトの言葉への『御礼』として、
そして 神への『賛美』として、
『信仰の神髄』:


それは、






とこしえに、イスラエルへの『憐れみ』をお忘れにならない御方です。
それは、神様への信頼と信仰に満ちた『賛歌』でした。
神様は、『マリアの賛美』 の通りに、
『身分の低い、主のはしため』であるマリア様の協力を願いながら
マリアの子・イエスにおいて、『神の救い』 を完成なさったのです。
マリア様を、『教会の母』となさり、 『宣教の母』となさったのです。
私たちも、
思い上がることなく、謙虚で、
力のなさ、自分の小ささ、を認めながら、
『神の救い』の業に
微力ながら、協力できるといいですね。
『今日のアレルヤ唱』
アレルヤ、アレルヤ。
『諸国民の待望の王、 神と人とを一つに合わせるいしずえの石、
あなたが土から造られた人を救いに来てください。』 アレルヤ、アレルヤ。
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
コロナ禍で自粛生活の毎日・・・
定番コースでも、日々新しいコースでも、少しだけでも散歩ができるといいですね。 お元気で!