読書。
『レイヤー化する世界』 佐々木俊尚
を読んだ。
これから僕らが生きていく世界というのは、どのような世界なのか、
世界はどのようなシステムをとるようになっていくのか。
中国やイスラムやモンゴルなどの「帝国」が覇権を握った時代である中世と、
それまで帝国が世界の中心だったのに対してずっと外縁の存在だったはずの
貧しいヨーロッパが覇権を握った近代とその帝国主義と民主主義。
本書ではそれらをまず眺めて学んでいきます。
そうすることで未来のこの世界のシステムの理解が助けられることになります。
著者が教えてくれる中世と近代、それは、
学校で習う世界史では無機的で固有名詞ばかりが出てくるのに対して、
本書での中世・近代世界史のなぞり方は実体を重んじ噛み砕いた言葉で説明してくれて
なおかつ包括的で視点が上から目線ではない横から語るものでありそして俯瞰的でした。
さらに、見ていく歴史の主軸になるコンセプトが「世界システム」に設定されいて、
わかりやすくて新鮮なんです。
あとがきで触れられている参考文献のタイトルや
「トータルで参考文献は200冊以上」というような言及からして、
その斬新とも言える今までにないような、
つまりステレオタイプの教育を受けてきた私たちにしてみると
新しい角度から照射されて見える歴史と当時の社会システムは、
単なる思い付きが膨らんで語られたものではなく、
幾人の研究者などが残してきた仕事によって
裏打ちされたものだということがわかります。
ここまででも十分に面白い読み物なのですが、
ここからが「未来の世界システム」に踏みこんでいく、
佳境にあたる部分になります。
僕なんかは知ったこともなければ考えたこともないような
未知の領域だったので、若い頃に新しい曲を生み出した時のような、
先行きがまっさらな状態を漕ぎだしていくような感じに近い
読書感になりました。
はたして、未来はユートピア的なのか、それともディストピア的なのか。
要するに、世界は、アマゾンやアップルなどを、
そのもっとも基盤のものとして例にしてイメージするとわかりやすいのですが、
<場>というものが支配していくレイヤー世界になっていくだろうということです。
アマゾンというレイヤーが下にあって、その上にDVDや本などのレイヤーや、
再生機器などのレイヤーや、友人知人たちとそれについて語り合うレイヤーがあり、
というような、無数のレイヤーが重なって事象を形成している。
そういうシステムが、今後、すべての生活スタイル、
国家にも及んでくるのだというのです。
その結果、「経済力」「軍事力」「国民力」といった国力はそがれていき、
今の時代の国民国家というもの、国ごとの民主主義といったものを壊していく。
そうやって出来あがる世界は具体的にどうなのかはわからないところですし、
ヒントは本書に書かれていますが、その紹介はせずに
「本書を読む」という行為に譲ることにします。
そういうレイヤーの世界、<場>に支配される世界を未来だとして
垣間見ることになって、僕はやはり、「自助」について考えました。
国民国家にとって大事なことの一つは「強い自分」であると本書に書いてあります。
そして、その「強い自分」が必要なくなるのがレイヤー化した世界。
じゃあ、自助は必要ないのか、自分を強くすることは必要ないのか。
答えは、そうではないでしょう。
僕の直観と経験と積み重ねた知識などから「大事だなぁ」と気付くことになった「自助」ですが、
簡単にいえば、これからの「自助」は、レイヤーを多くすることと、
一つ一つのレイヤーを強化することになるでしょう、本書を信じれば。
そして、そういう「自助」が大事になってくると思うのです。
そして、本書で書かれているレイヤーが大事だという感覚も、
要するに、そのレイヤーで人と繋がることができるのが大事だと言っています。
さらに、本書では、
__________
そういう絶え間ない確認作業のなかにこそ、自分の立ち位置への愛着が生まれ、
自分とレイヤーごとにつながっている人たちへのいとおしさが
はぐくまれていくのではないかと私は考えています。
このような考えこそが、新しい時代の私たちのアイデンティティとなっていくのです。
そして、そういういとおしさを基盤としたしみじみとした情感が、
自分がいまそこにいる土地、自分が生まれ育った場所、いま生きている時代への愛を
生み出すということなのでしょう。 (P-267)
__________
と著者が書いています。
ここでいういとおしさってすごく大事だと僕は考えていて、
以前読んでから頭にひっかかっている、
マルセル・モースの『贈与論』でいわれるような連帯感は、
このいとおしさのことだと僕はイメージしていました。
それで今回、著者の前記のこの部分に共感したのでした。
どうです、そういう意味での連帯感、
著者が言う「いとおしさ」というものって、
しがらみにならない程度の強さであれば、安定をもたらしそうだし、
なによりも、生きていくうえでの元気にもなりそうに思えないですか。
というわけで、ちょっと話がそれましたが、
本書『レイヤー化する世界』は良書の労作でした。
佐々木俊尚さんはこういう素晴らしい仕事をされるところに
僕なんかは男気を感じたりしますねぇ。
このあいだ出た彼の新刊はもう買って積ん読になっているので、
またそのうちに楽しんで、学ばせてもらいたいです。
にほんブログ村
『レイヤー化する世界』 佐々木俊尚
を読んだ。
これから僕らが生きていく世界というのは、どのような世界なのか、
世界はどのようなシステムをとるようになっていくのか。
中国やイスラムやモンゴルなどの「帝国」が覇権を握った時代である中世と、
それまで帝国が世界の中心だったのに対してずっと外縁の存在だったはずの
貧しいヨーロッパが覇権を握った近代とその帝国主義と民主主義。
本書ではそれらをまず眺めて学んでいきます。
そうすることで未来のこの世界のシステムの理解が助けられることになります。
著者が教えてくれる中世と近代、それは、
学校で習う世界史では無機的で固有名詞ばかりが出てくるのに対して、
本書での中世・近代世界史のなぞり方は実体を重んじ噛み砕いた言葉で説明してくれて
なおかつ包括的で視点が上から目線ではない横から語るものでありそして俯瞰的でした。
さらに、見ていく歴史の主軸になるコンセプトが「世界システム」に設定されいて、
わかりやすくて新鮮なんです。
あとがきで触れられている参考文献のタイトルや
「トータルで参考文献は200冊以上」というような言及からして、
その斬新とも言える今までにないような、
つまりステレオタイプの教育を受けてきた私たちにしてみると
新しい角度から照射されて見える歴史と当時の社会システムは、
単なる思い付きが膨らんで語られたものではなく、
幾人の研究者などが残してきた仕事によって
裏打ちされたものだということがわかります。
ここまででも十分に面白い読み物なのですが、
ここからが「未来の世界システム」に踏みこんでいく、
佳境にあたる部分になります。
僕なんかは知ったこともなければ考えたこともないような
未知の領域だったので、若い頃に新しい曲を生み出した時のような、
先行きがまっさらな状態を漕ぎだしていくような感じに近い
読書感になりました。
はたして、未来はユートピア的なのか、それともディストピア的なのか。
要するに、世界は、アマゾンやアップルなどを、
そのもっとも基盤のものとして例にしてイメージするとわかりやすいのですが、
<場>というものが支配していくレイヤー世界になっていくだろうということです。
アマゾンというレイヤーが下にあって、その上にDVDや本などのレイヤーや、
再生機器などのレイヤーや、友人知人たちとそれについて語り合うレイヤーがあり、
というような、無数のレイヤーが重なって事象を形成している。
そういうシステムが、今後、すべての生活スタイル、
国家にも及んでくるのだというのです。
その結果、「経済力」「軍事力」「国民力」といった国力はそがれていき、
今の時代の国民国家というもの、国ごとの民主主義といったものを壊していく。
そうやって出来あがる世界は具体的にどうなのかはわからないところですし、
ヒントは本書に書かれていますが、その紹介はせずに
「本書を読む」という行為に譲ることにします。
そういうレイヤーの世界、<場>に支配される世界を未来だとして
垣間見ることになって、僕はやはり、「自助」について考えました。
国民国家にとって大事なことの一つは「強い自分」であると本書に書いてあります。
そして、その「強い自分」が必要なくなるのがレイヤー化した世界。
じゃあ、自助は必要ないのか、自分を強くすることは必要ないのか。
答えは、そうではないでしょう。
僕の直観と経験と積み重ねた知識などから「大事だなぁ」と気付くことになった「自助」ですが、
簡単にいえば、これからの「自助」は、レイヤーを多くすることと、
一つ一つのレイヤーを強化することになるでしょう、本書を信じれば。
そして、そういう「自助」が大事になってくると思うのです。
そして、本書で書かれているレイヤーが大事だという感覚も、
要するに、そのレイヤーで人と繋がることができるのが大事だと言っています。
さらに、本書では、
__________
そういう絶え間ない確認作業のなかにこそ、自分の立ち位置への愛着が生まれ、
自分とレイヤーごとにつながっている人たちへのいとおしさが
はぐくまれていくのではないかと私は考えています。
このような考えこそが、新しい時代の私たちのアイデンティティとなっていくのです。
そして、そういういとおしさを基盤としたしみじみとした情感が、
自分がいまそこにいる土地、自分が生まれ育った場所、いま生きている時代への愛を
生み出すということなのでしょう。 (P-267)
__________
と著者が書いています。
ここでいういとおしさってすごく大事だと僕は考えていて、
以前読んでから頭にひっかかっている、
マルセル・モースの『贈与論』でいわれるような連帯感は、
このいとおしさのことだと僕はイメージしていました。
それで今回、著者の前記のこの部分に共感したのでした。
どうです、そういう意味での連帯感、
著者が言う「いとおしさ」というものって、
しがらみにならない程度の強さであれば、安定をもたらしそうだし、
なによりも、生きていくうえでの元気にもなりそうに思えないですか。
というわけで、ちょっと話がそれましたが、
本書『レイヤー化する世界』は良書の労作でした。
佐々木俊尚さんはこういう素晴らしい仕事をされるところに
僕なんかは男気を感じたりしますねぇ。
このあいだ出た彼の新刊はもう買って積ん読になっているので、
またそのうちに楽しんで、学ばせてもらいたいです。
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