読書。
『負けを生かす技術』 為末大
を読んだ。
陸上の400mハードルの世界大会で2度の銅メダルを獲得された
「走る哲学者」こと為末大さんによる、スランプの考え方、
メンタルの整え方、どういう気持ちの姿勢がいいか、
期待との付き合い方、などなどについての
人生に役立つ論考エッセイです。
僕の場合は、ボウリングへの取り組み方にも役立ちそう。
(ボウリングには最近、復帰しました)
同世代だし、言葉遣いがわかりやすいのもあって、
すごく共感を覚えるのが多いです。
そしてその共感以上のものも、
この本から感じられたり教えられたりします。
徹底した現実主義の立場からの言葉ばかりです。
この本を読むと、どれだけ自分は現実に対して
薄ぼんやりしていたんだろうと気付かされるところも
多々ありました。
為末さんが現役時代から考えたり感じたりしていたことを
言語化してくれててウソがなくて考え抜いてある。
それでわかりやすい。
ただ、ちょっと気になる点もあります。
とくに最終章ですが、
勉強を頑張っていい大学にはいるのは、
そうじゃなければ一流の企業に入れないということがあるからだ、
という答えを為末さんは書いていますが、
それはちょっと、彼らしくない枠にハマりすぎの考え方だと思いました。
現実的という観点からいえば、彼らしい現実主義なのですが、
そこはそんなことのために勉強をするのではない、
と多くの人は感じるのではないかな。
人の役に立てるため、助けになれるため、
自分のやりたいことを増やしたり深くしたりするため、
知的好奇心のために勉強するのが本当なのではないか。
それと、ブレないことを人生においてもよしとするところも
少し安直なのではないかと思いました。
たしかに、競争社会、とくにスポーツなどの厳しい競争の世界においては、
それは必要なんだと納得できますが、
ふつうの社会はいつも戦争ではないし、
競争を常に意識していてはぎすぎすしてしまうと思います。
ブレない正義ほどたちの悪いものもないでしょう。
正義同士でぶつかって争うことになりますからね、
争うのならスポーツだけでやってくれと思うでしょう?
そんなわけで、何事に対しても、ブレないことをよしとするのは、
いまの人間の成熟度からしたら無理なのではないかな。
自制心が強い人であれば、ブレない考えなんかがあっても引っ込めて、
譲歩できたりするとは思うのですけど。
でも、心から譲歩するというのはブレですよね。
頭だけで醒めた感じで譲歩するのは、自制だけかもしれない。
前者は詩的だし、後者は散文的です。
違う言いかたをすれば、
前者は共同体的だし、後者は抗争体的です。
と、まぁ、批判ぽい事を書きましたが、本書の分量でいえば
ほんのちょっとのところが気になったというだけで、
良い点が山ほどばかりか、溢れんばかりの本です。
きっと為末さんの頭の中には思索したものがはちきれんばかりに
入っているのでしょう。
僕が「あっ」と感じた一番のところは、自分のストーリーを考えて、
自分の文脈に合うか合わないかで選択していく、というところでした。
自分のストーリーという、客観的に、それも伝記のように自分を
捉えてみるという視点は無かったですね。
そうやって見えてくる自分の姿って、きっとそれまで考えているよりも
ずっと自分らしいものなんだと思います。
警句というか、アフォリズムに溢れています。
そういうところは太字になっていますが、
ほんとうに響く言葉でした。
きっと本書でいっていることを突き詰めると、
「自助」と「利他」にもなるでしょう。
そこを具体的に考えを深めていったのが本書です。
多くの人の役に立つ本だと思います。
『負けを生かす技術』 為末大
を読んだ。
陸上の400mハードルの世界大会で2度の銅メダルを獲得された
「走る哲学者」こと為末大さんによる、スランプの考え方、
メンタルの整え方、どういう気持ちの姿勢がいいか、
期待との付き合い方、などなどについての
人生に役立つ論考エッセイです。
僕の場合は、ボウリングへの取り組み方にも役立ちそう。
(ボウリングには最近、復帰しました)
同世代だし、言葉遣いがわかりやすいのもあって、
すごく共感を覚えるのが多いです。
そしてその共感以上のものも、
この本から感じられたり教えられたりします。
徹底した現実主義の立場からの言葉ばかりです。
この本を読むと、どれだけ自分は現実に対して
薄ぼんやりしていたんだろうと気付かされるところも
多々ありました。
為末さんが現役時代から考えたり感じたりしていたことを
言語化してくれててウソがなくて考え抜いてある。
それでわかりやすい。
ただ、ちょっと気になる点もあります。
とくに最終章ですが、
勉強を頑張っていい大学にはいるのは、
そうじゃなければ一流の企業に入れないということがあるからだ、
という答えを為末さんは書いていますが、
それはちょっと、彼らしくない枠にハマりすぎの考え方だと思いました。
現実的という観点からいえば、彼らしい現実主義なのですが、
そこはそんなことのために勉強をするのではない、
と多くの人は感じるのではないかな。
人の役に立てるため、助けになれるため、
自分のやりたいことを増やしたり深くしたりするため、
知的好奇心のために勉強するのが本当なのではないか。
それと、ブレないことを人生においてもよしとするところも
少し安直なのではないかと思いました。
たしかに、競争社会、とくにスポーツなどの厳しい競争の世界においては、
それは必要なんだと納得できますが、
ふつうの社会はいつも戦争ではないし、
競争を常に意識していてはぎすぎすしてしまうと思います。
ブレない正義ほどたちの悪いものもないでしょう。
正義同士でぶつかって争うことになりますからね、
争うのならスポーツだけでやってくれと思うでしょう?
そんなわけで、何事に対しても、ブレないことをよしとするのは、
いまの人間の成熟度からしたら無理なのではないかな。
自制心が強い人であれば、ブレない考えなんかがあっても引っ込めて、
譲歩できたりするとは思うのですけど。
でも、心から譲歩するというのはブレですよね。
頭だけで醒めた感じで譲歩するのは、自制だけかもしれない。
前者は詩的だし、後者は散文的です。
違う言いかたをすれば、
前者は共同体的だし、後者は抗争体的です。
と、まぁ、批判ぽい事を書きましたが、本書の分量でいえば
ほんのちょっとのところが気になったというだけで、
良い点が山ほどばかりか、溢れんばかりの本です。
きっと為末さんの頭の中には思索したものがはちきれんばかりに
入っているのでしょう。
僕が「あっ」と感じた一番のところは、自分のストーリーを考えて、
自分の文脈に合うか合わないかで選択していく、というところでした。
自分のストーリーという、客観的に、それも伝記のように自分を
捉えてみるという視点は無かったですね。
そうやって見えてくる自分の姿って、きっとそれまで考えているよりも
ずっと自分らしいものなんだと思います。
警句というか、アフォリズムに溢れています。
そういうところは太字になっていますが、
ほんとうに響く言葉でした。
きっと本書でいっていることを突き詰めると、
「自助」と「利他」にもなるでしょう。
そこを具体的に考えを深めていったのが本書です。
多くの人の役に立つ本だと思います。