☆ ここ2~3年の12月を振り返ってみた。古いブログの原稿を読み出して気付いたが、何かこの年はよかったなァと言う様な感じは見当たらない。何か変化を期待しながら期待通りにならないストレスが貯まっているみたいだ。丁度、野球で「絶好球をハーフスイングで見逃した」様な感じである。景気の回復も行政改革も中途半端。詳しくは解らないが、アメリカのGMの再建のメドが立ったとか?さすが、アメリカ経済の奥が深いと向こうに30年も行っていた友人が話していた事何となく思い出される。
☆ 日本も政治の進め方が間違って居たのではないだろうか?先ず、行政改革、その次に規制緩和、とすれば良かったのに...良い例が公共輸送機関である「タクシー問題だ」「規制を緩和して」増車を簡単に出来るようにする。その結果台数が増えて過当競争を招き、今度は「台数削減」 小泉改革以降行政の力が、目に見えたのは此れくらいしかない。
☆ 政治家の歳費削減も国会議員の定員削減もチットも進まない。「歳費返上箱」でも設けて先ずは総理大臣が「私は、ボランティアーで総理をします」と言ったら、国民の中から「それは、気の毒だ。寄付をしよう」なんて言う意見が出て「政治とカネ」の問題も一辺に解決するかもしれない。 要するに本当に死んだ気で政治に当たるのだ。この年末に座禅でも組んで菅さんには考えて貰いたい。
☆ 昔、巨人が9連覇をした時、川上監督は座禅を組みに行って、マネージメントの在り方を考えた様だ。勿論、川上さんと話をした事は無い。藤田さんの葬儀の時の川上さんの弔辞を聞いていて、「川上さんって、凄いリーダーシップだな」って感じた事がある。(’06-2-16サヨウナラ藤田投手)今、政治家の中にそんな事を感じさせる人は居ない。
☆ 先日、ある知人の告別式で敬愛する元参議院員を長く勤めていた、組合時代の先生に会った。「Massy毎日、何をしているんだい」と聞かれたので、「今の政治仕様が無いですよね。共産党が名前を変えれば良いんじゃないか?平和党とか、生活党とか、そうすると社民党は如何するだろう?」 「55年前の僕らが先生の下で組合運動をやっていましたよね。あの頃はまだ、そう言う議論がありましたよね」と言ったら、先生はあの大きな目を更に大きくして、僕の話の言っている意味がピーンと来ない。「50年60年前の議論を再度する様にと言う事ですよ...」そうすると、「議員先生方も改めて社会の在り方を考え直すのでは...」 そうして、政界再編成ですよ」志位さんが死ぬ気に成って「日本を考える...」 「マッサン、君は何時も変わったことを考えるね。だけど、良く話を聞くと、何時も一理あるんだよな...」