三島由紀夫 「葉隠入門」読了
「葉隠」という書物は、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という言葉で有名な本である。佐賀鍋島藩士の山本常朝(じょうちょう)が語った言葉を藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめたものだそうだ。
時代は元禄の頃、戦のない時代、武士は政治家、もしくは公務員といような立場になりもののふという気概を失くしてしまったのではないだろうかという嘆きを込めて語られたらしい。それを三島由紀夫が解説しているというものだ。
もう少し付け加えるならば、上記の言葉だけがひとり歩きしたせいで、特攻隊の正統性を支持していたとか、男色の話があったりで世間的にはあまり日の目を見なかったようだが武士の間で密かに受け継がれ、三島由紀夫が解説したことで再び有名になった。
ぼくがどうしてこの本を知ったかというと、いつも山菜採りでお世話になっている森に暮らすひまじんさんが、年末からワイドショーをにぎわせている貴ノ岩の暴行問題によせて貴乃花親方について書かれたブログの中で取り上げられていたからだ。
さて、その物議をかもし出した“死ぬ事と見付けたり”とどういうことを言っているのか。
そこにはふたつの意味が込められている。
武士の最後の最後の選択というのは生き続けるか死を選ぶかそれに尽きる。死ぬということはそれで終わるわけだが、生き続けるということにはとかく言い訳がいくつもついて回るものだ。そんな言い訳をするくらいなら死を選んだ方がよいのだ。その選択が間違っていたとしても、死を選んだことに後悔することは決してない。もうひとつは、武士というものは、自分ひとりで藩を背負っているのだという気概をもって何事に対しても死に物狂いで取り組まねばならない。というものだ。そう考えるとそんなに危険な思想とも思えない。
奉公人として、組織の全員を敵に回しても自分が正しいと思うことを貫き通すという心構えは確かに貴乃花親方の動きに当てはまるような気がする。最初はなんだかひとりよがりのような感じがしていたけれども、その後から出てきたいろいろの事件を見ていると、貴乃花親方はムラ社会のような協会の体質に意義を唱えなければと考えるのは武士道(相撲道?)に従った行動ではなかったかと思えてくる。
僕の奉公人としてのスタンスはどうだろうか。親方とはまったく逆なのだ。身を挺して組織の問題点を正そうとか自分のアイデアを一所懸命訴えようとかそんな気概がまったくない。上に立つ人たちにも同じように葉隠に書かれているような心構えもあるように思えないけれども、とりあえずは長いものには巻かれておいて、この人、何バカなことを言っているの?と心の中で思っても、こちらがバカになったふりをして、かしこまりました、勉強させていただきました。と言われたままに行動するのが一番楽なのである。何をしたからといって短期的には大差はない。僕は経営者ではないので会社の将来に対しては大して責任を負う義務もないだろうと自分の能力と気力の無さの言い訳にしているのだ。
これはあきらかに死に物狂いの行き方ではないように思うので三島由紀夫には、すぐに死んでしまえ!と叱られるに違いないけれども、まあ、許してくださいませ。
本の後半は葉隠の原文と翻訳を抜粋した形で掲載されているけれども、これはこれであまたの人生訓が書かれている。全体を通して常朝が言いたいことは、常に死を身近に置くことで緊張感を忘れず、死後に汚名を残さないように身だしなみにまで気を使え。信念を貫くことで自分自身にも悔いを残すな。それが武士道ということだ。となるのであろう。
爪はいつも磨いておけとか、気分が悪くて顔色が悪い時には顔に紅を濡れとか、緊張しているときには耳たぶに唾を塗れとか、なかなか実用的というか、俗っぽいというか、そんなことも書かれているところも面白い。
しかし、なかなか実践は・・・。
「葉隠」という書物は、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という言葉で有名な本である。佐賀鍋島藩士の山本常朝(じょうちょう)が語った言葉を藩士田代陣基(つらもと)が筆録しまとめたものだそうだ。
時代は元禄の頃、戦のない時代、武士は政治家、もしくは公務員といような立場になりもののふという気概を失くしてしまったのではないだろうかという嘆きを込めて語られたらしい。それを三島由紀夫が解説しているというものだ。
もう少し付け加えるならば、上記の言葉だけがひとり歩きしたせいで、特攻隊の正統性を支持していたとか、男色の話があったりで世間的にはあまり日の目を見なかったようだが武士の間で密かに受け継がれ、三島由紀夫が解説したことで再び有名になった。
ぼくがどうしてこの本を知ったかというと、いつも山菜採りでお世話になっている森に暮らすひまじんさんが、年末からワイドショーをにぎわせている貴ノ岩の暴行問題によせて貴乃花親方について書かれたブログの中で取り上げられていたからだ。
さて、その物議をかもし出した“死ぬ事と見付けたり”とどういうことを言っているのか。
そこにはふたつの意味が込められている。
武士の最後の最後の選択というのは生き続けるか死を選ぶかそれに尽きる。死ぬということはそれで終わるわけだが、生き続けるということにはとかく言い訳がいくつもついて回るものだ。そんな言い訳をするくらいなら死を選んだ方がよいのだ。その選択が間違っていたとしても、死を選んだことに後悔することは決してない。もうひとつは、武士というものは、自分ひとりで藩を背負っているのだという気概をもって何事に対しても死に物狂いで取り組まねばならない。というものだ。そう考えるとそんなに危険な思想とも思えない。
奉公人として、組織の全員を敵に回しても自分が正しいと思うことを貫き通すという心構えは確かに貴乃花親方の動きに当てはまるような気がする。最初はなんだかひとりよがりのような感じがしていたけれども、その後から出てきたいろいろの事件を見ていると、貴乃花親方はムラ社会のような協会の体質に意義を唱えなければと考えるのは武士道(相撲道?)に従った行動ではなかったかと思えてくる。
僕の奉公人としてのスタンスはどうだろうか。親方とはまったく逆なのだ。身を挺して組織の問題点を正そうとか自分のアイデアを一所懸命訴えようとかそんな気概がまったくない。上に立つ人たちにも同じように葉隠に書かれているような心構えもあるように思えないけれども、とりあえずは長いものには巻かれておいて、この人、何バカなことを言っているの?と心の中で思っても、こちらがバカになったふりをして、かしこまりました、勉強させていただきました。と言われたままに行動するのが一番楽なのである。何をしたからといって短期的には大差はない。僕は経営者ではないので会社の将来に対しては大して責任を負う義務もないだろうと自分の能力と気力の無さの言い訳にしているのだ。
これはあきらかに死に物狂いの行き方ではないように思うので三島由紀夫には、すぐに死んでしまえ!と叱られるに違いないけれども、まあ、許してくださいませ。
本の後半は葉隠の原文と翻訳を抜粋した形で掲載されているけれども、これはこれであまたの人生訓が書かれている。全体を通して常朝が言いたいことは、常に死を身近に置くことで緊張感を忘れず、死後に汚名を残さないように身だしなみにまで気を使え。信念を貫くことで自分自身にも悔いを残すな。それが武士道ということだ。となるのであろう。
爪はいつも磨いておけとか、気分が悪くて顔色が悪い時には顔に紅を濡れとか、緊張しているときには耳たぶに唾を塗れとか、なかなか実用的というか、俗っぽいというか、そんなことも書かれているところも面白い。
しかし、なかなか実践は・・・。