西川治 「マスタードをお取りねがえますか。」読了
著者が和歌山県の出身だということで読んでみた。
プロフィールには、1940年生まれ。著者の本業は写真家で、食に対する憧憬も深く、料理に関する著作も多数ある。となっている。この本もそんな食に関するエッセイだ。
バブルの絶頂期は著者が50歳を前にするころになる。男としては一番脂の乗っているころだろうか・・・。ディテールにこだわった文章、それでいて簡潔な文体というのは男がピカピカのキザでいられた時代の人の文章のように思える。僕は決して嫌いではない。
これだけ料理にこだわった本を書きながら、最後の章では、「食う」ことなんて、どうだっていいというのが、僕の基本的な考えである。と嘯く。
男というものは多少まずくとも「ごちそうさま、おいしくいただきました。」というべきだ。
そして、真に旨いものを食べたいという男は他人に頼るべきじゃない。自ら調理するのがいちばんいい。
と、いうことになるらしい。
普通の人がこんなことを書くとこいつはバカじゃないかとなるのかもしれないが、世界中を渡り歩いてきたひとが書くとなぜだか納得してしまう。
図書館の郷土資料というコーナーにはこの人の本や写真集がいくつか置かれていた。
たまに手に取って読むにはいい作家なのかもしれない。
著者が和歌山県の出身だということで読んでみた。
プロフィールには、1940年生まれ。著者の本業は写真家で、食に対する憧憬も深く、料理に関する著作も多数ある。となっている。この本もそんな食に関するエッセイだ。
バブルの絶頂期は著者が50歳を前にするころになる。男としては一番脂の乗っているころだろうか・・・。ディテールにこだわった文章、それでいて簡潔な文体というのは男がピカピカのキザでいられた時代の人の文章のように思える。僕は決して嫌いではない。
これだけ料理にこだわった本を書きながら、最後の章では、「食う」ことなんて、どうだっていいというのが、僕の基本的な考えである。と嘯く。
男というものは多少まずくとも「ごちそうさま、おいしくいただきました。」というべきだ。
そして、真に旨いものを食べたいという男は他人に頼るべきじゃない。自ら調理するのがいちばんいい。
と、いうことになるらしい。
普通の人がこんなことを書くとこいつはバカじゃないかとなるのかもしれないが、世界中を渡り歩いてきたひとが書くとなぜだか納得してしまう。
図書館の郷土資料というコーナーにはこの人の本や写真集がいくつか置かれていた。
たまに手に取って読むにはいい作家なのかもしれない。