ベン メズリック/著 上野 元美/訳 相澤 康則/解説 「マンモスを再生せよ ハーバード大学遺伝子研究チームの挑戦」読了
この本はSFなのか、一般向けの科学読み物なのか・・・、当初は科学読み物だと思って借りてきたけれども、第1章からマンモスらしき動物がロシアのシベリアで飼育されているような描写が出てくる。「現在から4年後」というようなキャプションがついているのでますますSFっぽくなってくるし、マンモスが蘇ったなどということがおきれば世界中でニュースとなっているから多分事実ではないだろう。
しかし、ここに登場する科学者たちはすべて実在の人たちのようだ。主役であるジョージ・チャーチという人は遺伝学者だそうだ。
じゃあ、どんなジャンルの本なのかというと、現在の遺伝子操作に関する技術力はここまで来ているということと、それに関わる科学者たちの生い立ちや一途な好奇心の向く先などが書かれているので、マンモスらしき動物の描写を除くとノンフィクションということになる。確かに置かれていた書架は科学や生物学の棚ではなく、英米文学の書架であった。
この本の著者は、Facebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグが主人公の「ソーシャル・ネットワーク」という映画の原作も書いている人で、「マンモスを再生せよ」も映画化される予定らしい。
各章ごとにいろいろな人が登場する。主人公と一緒に遺伝子工学の研究をすることになる科学者たちや、一見遺伝子工学とは関係なさそうなロシアの地球物理者、大富豪の投資家、環境活動家・・・。そういう人たちが一本の線でつながりマンモス再生プロジェクトが出来上がってゆく。
その発端は、主人公のジョージ・チャーチにかかってきた一本の電話であった。あるジャーナリストから、「氷漬けになったマケナガマンモスが発見されたが、その細胞を使ってマンモスを現代に蘇らせることはできるか。」と問われる。
その問いに対しては、世間に対して不要な波紋を広げるかもしれないと思いながら、「できる。」と答えてしまったが、その後、自身もその考えに憑りつかれることになる。しかし、チャーチは、常に科学研究とは世界に開かれた場所でなされ、世界に貢献されるものでなければならないとも考えていた。エゴと秘密の中では科学研究はなされてはいけないのである。
一方でロシアの地球物理学者であるセルゲイ・ジモフは地球温暖化を懸念していた。温暖化によりツンドラの永久凍土が溶けだした時、土中に閉じ込められていたCO₂が大気に放出されさらに温暖化を加速させ後戻りができなくなる。
永久凍土を維持してきたのはウマやバッファローやトナカイ、ケナガマンモスなどの毛におおわれたメガファウナと呼ばれる大型草食動物たちであったというのだ。ツンドラという場所はかつては今のようにコケや地衣類に覆われた不毛の土地ではなく、丈高い草に覆われた草原であった。メガファウナたちは草を食みながら世界最大のバイオームの表土を絶えず踏みならし、掘りおこしていた。氷河期が終わり、地球の気温が上昇し始めても、草食動物は変わりなく地面をかき混ぜ、下の凍った土をそれ以下の低温にさらして、永久凍土を永く維持した。彼らが草を食べたり、食料を探す行為そのものが、草に最適な表土を維持すると同時に永久凍土も保護してきたのだが、気温が上がり、新参の哺乳動物が北へ移動してきた。それはこれまでツンドラにやってきたどの肉食動物よりもはるかに強い欲望をもつ人間であったというのである。そこで動物たちを狩りまっくたことで、現代人の祖先が出現した地質年代である更新世が終わるころには、大量絶滅が始まった。メガファウナたちは絶滅し、それといっしょに繊細な均衡を保っていた生態系が失われ、草原がコケと地衣類に取って代わられたのが現在のツンドラの姿である。
ジモフはメガファウナの代わりにロシア軍が払い下げた大型工作機械で表土を掘り起こす実験を通して、二酸化炭素とメタンの時限爆弾で脅かされるツンドラに先史時代に生息した大型草食動物を導入することにより、更新世の草原を復元し、温暖化から世界を救うことができるかもしれないと結論付ける。
その端緒として「氷河期パーク」というものを考える。これはロシア政府から与えられた160平方キロメートルのシベリアのツンドラ地帯に建設するもので、北極地方の環境に適応した先史時代の動物に相当する現代の動物を棲まわせて数を増やすことがジモフの当面の目標であった。
あまりにも奇想天外な研究結果だが、環境活動家を通してこの計画を知ったチャーチは、遺伝工学によって再生されたマンモスの群れが溶けつつある永久凍土と世界を救うかもしれないという考えに突き動かされ、自身が代表を務める会社を舞台に投資家たちを巻き込みプロジェクトを始動させる。
マンモスに最も近い種はアジアゾウである。その細胞の染色体にマンモスの際立った特徴である、密生した赤い毛、厚い皮下脂肪、小さく丸い耳、氷点に近い温度でも機能するヘモグロビンを発現させる遺伝子を組み込み、iPS細胞を作りだしさらにそこから卵細胞に変化させ象の子宮の中で育てるというのが当初の計画だ。ケナガマンモスのクローンを作るのではなく、ケナガマンモスの特徴をもったアジアゾウを遺伝子操作によって人工的に創り出すというのがこの計画の驚異的なところだ。この本ではこういった部分をサラッと書いているがそこには試行錯誤と失敗が積み重ねられていると解説者は書いている。しかし、そこはノンフィクションで、科学的な部分よりもストーリーが欲しいというところだろう。
前段階の実験では、すでに免疫反応をロックダウンしたネズミにマンモスの赤い毛を発現させる遺伝子をもった細胞を植え付け、そこから毛を生やすことが実現されているらしい。
マンモスの細胞はハーバード大学から、ゾウは引退したサーカスのゾウを使おうとする。しかし、絶滅危惧種であるゾウを使いマンモスを妊娠させるということは、現代のゾウを危険に晒すことになる。それならばと考えたのが人工的な子宮を作ることであった。
このプロジェクトと同時に、韓国ではクローンの犬を作り出す技術を応用して同じくマンモスを再生させるというプロジェクトが始まっていた。こちらには環境破壊を食い止めるというような大義名分はなく、かつてデータの捏造で学会を追われた研究者の起死回生の成果を求めて研究が進められる。
というところでノンフィクションの部分が終わっている。人工子宮が出来上がったのかどうかまでは書かれていない・・・。
この本では、マンモスの姿が現れるのが「現在から4年後」となっている。だから、いつ読んでも現在から4年後である。しかし、必要なすべての技術はほぼ現実に存在するというのも事実らしい。だから今がその4年後なのかもしれない。ひょっとしたら、アラスカの誰も近寄ることのない山の奥で実は密かに別の意味の「氷河期パーク」が造られているかもしれない。それは人類の未来にとって明るい兆しなのか、それともただのマッドサイエンスでさらに人類の未来を脅かす技術なのか、それはきっと誰にもわからないのだろう。『科学者は世間と隔絶した場所で行われるのではない。科学者は自分の研究を世間に公開し、人々に知らせる責務がある。』というのはチャーチの信念のひとつである。それがマッドであろうとクレバーであろうと確かに密かにされては困るなと思ってしまうのだ。今から1000万年後の世界にはどんな動物が暮らしているのかというのを想像した本を読んだことがあるが、実はこれは近い未来の人間たちが好き勝手に作り出した生物だったりするのではないかと思うのであった。
まあ、人は神にはなれないと思うので、マンモスの再生というのも、幻であると思っている方がきっと幸せなのかもしれない。
この本はSFなのか、一般向けの科学読み物なのか・・・、当初は科学読み物だと思って借りてきたけれども、第1章からマンモスらしき動物がロシアのシベリアで飼育されているような描写が出てくる。「現在から4年後」というようなキャプションがついているのでますますSFっぽくなってくるし、マンモスが蘇ったなどということがおきれば世界中でニュースとなっているから多分事実ではないだろう。
しかし、ここに登場する科学者たちはすべて実在の人たちのようだ。主役であるジョージ・チャーチという人は遺伝学者だそうだ。
じゃあ、どんなジャンルの本なのかというと、現在の遺伝子操作に関する技術力はここまで来ているということと、それに関わる科学者たちの生い立ちや一途な好奇心の向く先などが書かれているので、マンモスらしき動物の描写を除くとノンフィクションということになる。確かに置かれていた書架は科学や生物学の棚ではなく、英米文学の書架であった。
この本の著者は、Facebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグが主人公の「ソーシャル・ネットワーク」という映画の原作も書いている人で、「マンモスを再生せよ」も映画化される予定らしい。
各章ごとにいろいろな人が登場する。主人公と一緒に遺伝子工学の研究をすることになる科学者たちや、一見遺伝子工学とは関係なさそうなロシアの地球物理者、大富豪の投資家、環境活動家・・・。そういう人たちが一本の線でつながりマンモス再生プロジェクトが出来上がってゆく。
その発端は、主人公のジョージ・チャーチにかかってきた一本の電話であった。あるジャーナリストから、「氷漬けになったマケナガマンモスが発見されたが、その細胞を使ってマンモスを現代に蘇らせることはできるか。」と問われる。
その問いに対しては、世間に対して不要な波紋を広げるかもしれないと思いながら、「できる。」と答えてしまったが、その後、自身もその考えに憑りつかれることになる。しかし、チャーチは、常に科学研究とは世界に開かれた場所でなされ、世界に貢献されるものでなければならないとも考えていた。エゴと秘密の中では科学研究はなされてはいけないのである。
一方でロシアの地球物理学者であるセルゲイ・ジモフは地球温暖化を懸念していた。温暖化によりツンドラの永久凍土が溶けだした時、土中に閉じ込められていたCO₂が大気に放出されさらに温暖化を加速させ後戻りができなくなる。
永久凍土を維持してきたのはウマやバッファローやトナカイ、ケナガマンモスなどの毛におおわれたメガファウナと呼ばれる大型草食動物たちであったというのだ。ツンドラという場所はかつては今のようにコケや地衣類に覆われた不毛の土地ではなく、丈高い草に覆われた草原であった。メガファウナたちは草を食みながら世界最大のバイオームの表土を絶えず踏みならし、掘りおこしていた。氷河期が終わり、地球の気温が上昇し始めても、草食動物は変わりなく地面をかき混ぜ、下の凍った土をそれ以下の低温にさらして、永久凍土を永く維持した。彼らが草を食べたり、食料を探す行為そのものが、草に最適な表土を維持すると同時に永久凍土も保護してきたのだが、気温が上がり、新参の哺乳動物が北へ移動してきた。それはこれまでツンドラにやってきたどの肉食動物よりもはるかに強い欲望をもつ人間であったというのである。そこで動物たちを狩りまっくたことで、現代人の祖先が出現した地質年代である更新世が終わるころには、大量絶滅が始まった。メガファウナたちは絶滅し、それといっしょに繊細な均衡を保っていた生態系が失われ、草原がコケと地衣類に取って代わられたのが現在のツンドラの姿である。
ジモフはメガファウナの代わりにロシア軍が払い下げた大型工作機械で表土を掘り起こす実験を通して、二酸化炭素とメタンの時限爆弾で脅かされるツンドラに先史時代に生息した大型草食動物を導入することにより、更新世の草原を復元し、温暖化から世界を救うことができるかもしれないと結論付ける。
その端緒として「氷河期パーク」というものを考える。これはロシア政府から与えられた160平方キロメートルのシベリアのツンドラ地帯に建設するもので、北極地方の環境に適応した先史時代の動物に相当する現代の動物を棲まわせて数を増やすことがジモフの当面の目標であった。
あまりにも奇想天外な研究結果だが、環境活動家を通してこの計画を知ったチャーチは、遺伝工学によって再生されたマンモスの群れが溶けつつある永久凍土と世界を救うかもしれないという考えに突き動かされ、自身が代表を務める会社を舞台に投資家たちを巻き込みプロジェクトを始動させる。
マンモスに最も近い種はアジアゾウである。その細胞の染色体にマンモスの際立った特徴である、密生した赤い毛、厚い皮下脂肪、小さく丸い耳、氷点に近い温度でも機能するヘモグロビンを発現させる遺伝子を組み込み、iPS細胞を作りだしさらにそこから卵細胞に変化させ象の子宮の中で育てるというのが当初の計画だ。ケナガマンモスのクローンを作るのではなく、ケナガマンモスの特徴をもったアジアゾウを遺伝子操作によって人工的に創り出すというのがこの計画の驚異的なところだ。この本ではこういった部分をサラッと書いているがそこには試行錯誤と失敗が積み重ねられていると解説者は書いている。しかし、そこはノンフィクションで、科学的な部分よりもストーリーが欲しいというところだろう。
前段階の実験では、すでに免疫反応をロックダウンしたネズミにマンモスの赤い毛を発現させる遺伝子をもった細胞を植え付け、そこから毛を生やすことが実現されているらしい。
マンモスの細胞はハーバード大学から、ゾウは引退したサーカスのゾウを使おうとする。しかし、絶滅危惧種であるゾウを使いマンモスを妊娠させるということは、現代のゾウを危険に晒すことになる。それならばと考えたのが人工的な子宮を作ることであった。
このプロジェクトと同時に、韓国ではクローンの犬を作り出す技術を応用して同じくマンモスを再生させるというプロジェクトが始まっていた。こちらには環境破壊を食い止めるというような大義名分はなく、かつてデータの捏造で学会を追われた研究者の起死回生の成果を求めて研究が進められる。
というところでノンフィクションの部分が終わっている。人工子宮が出来上がったのかどうかまでは書かれていない・・・。
この本では、マンモスの姿が現れるのが「現在から4年後」となっている。だから、いつ読んでも現在から4年後である。しかし、必要なすべての技術はほぼ現実に存在するというのも事実らしい。だから今がその4年後なのかもしれない。ひょっとしたら、アラスカの誰も近寄ることのない山の奥で実は密かに別の意味の「氷河期パーク」が造られているかもしれない。それは人類の未来にとって明るい兆しなのか、それともただのマッドサイエンスでさらに人類の未来を脅かす技術なのか、それはきっと誰にもわからないのだろう。『科学者は世間と隔絶した場所で行われるのではない。科学者は自分の研究を世間に公開し、人々に知らせる責務がある。』というのはチャーチの信念のひとつである。それがマッドであろうとクレバーであろうと確かに密かにされては困るなと思ってしまうのだ。今から1000万年後の世界にはどんな動物が暮らしているのかというのを想像した本を読んだことがあるが、実はこれは近い未来の人間たちが好き勝手に作り出した生物だったりするのではないかと思うのであった。
まあ、人は神にはなれないと思うので、マンモスの再生というのも、幻であると思っている方がきっと幸せなのかもしれない。