イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「宝島」読了

2019年04月26日 | 2019読書
真藤順丈 「宝島」読了

第160回直木賞受賞作だ。

終戦から少し後の沖縄からスタートし、「戦果アギヤー」となった若者たちのリーダーが嘉手納基地を襲撃した直後に行方不明になってしまったことから物語は始まる。
「戦果アギヤー」という集団は実在していたようで、ウィキペディアにはこう書かれている。
元来は沖縄戦のときに、敵のアメリカ軍陣地から食料等を奪取することを指していた。
戦後になり、生活基盤を失った多くの住民はアメリカ軍からの配給に頼っていた。そんな中、戦争中の名残でアメリカ軍の倉庫から物資を略奪することが横行した。
アメリカ軍は倉庫の警備を強化したものの、民警察(後の琉球警察)は積極的に取り締まらなかったので、略奪者は益々大胆となり、その数も増加の一途を辿った。
これらの犯罪者は後に組織化し、沖縄県の暴力団を形成することになった。

戦後の略奪者たちの物語というと、師の小説、「日本三文オペラ」を思い出すけれども、この本は略奪行為の波乱に満ちたどさくさを描くのではなく、主人公たちがそのリーダーを探してゆく過程で、沖縄での反米運動や、その裏で繰り広げられるアメリカ統治政府の暗躍、「戦果アギヤー」から進化した暴力団たちとの抗争に巻き込まれながら沖縄が秘めている矛盾や問題点を描こうとしている。
というようなあらすじだ。人気の小説なので、これから読もうという人もいるだろうから、ストーリーについてはこれ以上書かないでおくが、戦後の平和な時代に生きている僕にはピンとこない。
ただ、征服される側の辛さというのは、企業合併で呑み込まれる側のサラリーマンが味あわされる辛さに通じるものがあるのかなと思うくらいだ。とにかく、支配される側は民主的な時代でも搾取され虐げられる。それもかなりピントはずれているのだと思うけれども。

この物語は1972年の沖縄返還の直前で一応終わるわけだけれども、2019年の今になっても沖縄の基地問題というのは解決の兆しもない。
安全保障の均衡を守るためには仕方がないという建前のもとに先祖から受け継いだ土地を奪われ、アメリカ軍兵士の横暴におびえ続ける。特にアメリカの統治下でもあった1952年から1972年という期間は激動の時代であったそうだ。この小説でも実際に起こったアメリカ民政府と沖縄県民との衝突や米軍兵士が引き起こした事件が題材として取り上げられている。

時には重く、時には沖縄言葉を交えた軽いタッチの文体が織り交ぜて綴られる物語は亜熱帯のきらびやかで開放的な風景の奥に秘めている深い悲しみや苦しみのようなものをより一層引き立てているような気がする。

しかし、540ページは長い。通勤時間が短くなったので読み切るのに1週間以上かかってしまった。家にいるとつい、テレビを見てしまう。だから港で満ち潮を待っているときにも読んでいるのだ。
しかし、中盤以降はかなり読みごたえがある。作家の訴えたいことは米粒ほどしか汲み取れなかったかもしれないけれども面白い1冊であった。
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山菜採り 2回目

2019年04月25日 | Weblog
森に暮らすひまんじんさんの情報では、ワラビはまだまだでコシアブラはいいですよ~。ということだ。
今年は海だけではなくて山もどうも季節のうつろいがおかしいようだ。例年ならワラビは絶頂期を迎えているはずなのだ。それでもにっくき10連休の直前の休みは今日しかない。ワラビはダメでもひまじんさんの導きであの美味しいコシアブラは確保させてもらえるだろうと夜明け前の道路をひた走った。

まずはひとりで生石山の南斜面に取りついてワラビを散策。しかしひまじんさんの情報通り、ワラビは生えていても細くて小さい。そして小さい芽もすでに葉が開いてしまっているものが大半だ。芽が大きくならないまま一気に成熟してしまったようなイメージだ。



まあ、ワラビは採れなくてもこの景色を見るだけでも心地よいものだ。



理由は季節のうつろいだけでなく、今年は山焼きをしなかったことも大きな要因だろう。今日も「黄金の谷」に入ってみたけれどもススキのしげみが大きすぎて何も見えない。ここには大きなヤマウドの株があるはずなのだがまったく確認できない。



その後ひまじんさんと合流しワラビを採っていくがどこもあまり生えていない。それでも長時間彷徨った甲斐がありおかずにするには十分な量を確保してヤマウドポイントへ。
この季節の不順さはヤマウドにも影響していないかと心配したけれども、ヤマウドは大きくなりすぎていないよい芽を採ることができた。
まだまだ季節のはしりなのだろうけれども先客はすでに入っている。去年の枯れた茎を目安に株を探すが、そこはすでに一度盗られた気配がある。しかしヤマウドの生命力はすごいもので数日で次の芽が出てくるようである。




僕は勝手に「処女株」と呼んでいるが、今シーズン初めて掘り出されたあろう株はこの一株くらいだった。こういう株を見つけることができる眼力が悟りを開いたと言うのであろうが、まだまだその境地には達することができない・・。



その後、ひまじんさんの案内でコシアブラを豪快に採って今年も春の最後のミッションを無事に終えることができた。



今回もひまじんさんにはお世話になりました。ありがとうございました。


山菜を採っていていつも思うのであるが、今でこそ春の味だとかあの苦みがデトックスに効果があるのだとか言っているけれども、遠い昔、それこそ縄文の時代、その前から、飢えをしのぐことができる唯一の食材ではなかったかと思うのだ。前の年の秋に十分な収穫がなければ冬の間は飢えていなけれならない。ひょっとしたら、そこで命を落とした人もいただろう。寒い季節を乗り越えてやっと食べるものにありつける、それがワラビであり、ヤマウドであったのに違いない。

僕が今、ここに生きているということはその縄文時代、いやいやもっと古い時代から生き延びてくれたひとが居てくれたからにほかならない。そういった春を待ちわびる心が僕のDNAにも刻みこまれているのである。
だから、やはり山菜をいただくときはそういった先人の心を思いながら食べなければならないと思うのだ・・。

と、言いながら、山菜は普通以上に美味しい。この季節しか食べることができないと思うとなおさら美味しく感じる。先人の心を思わなくても美味しいものは美味しいのだというのが今年の春の結論だ。
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加太沖釣行

2019年04月23日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:中潮 7:58満潮
潮流:6:23転流 8:50上り0.9ノット最強 11:25転流
釣果:ボウズ

今日は転流時刻が午前6時23分ということは釣りをしている間ずっと動いているじゃないか。おまけに中潮だからそこそこ流れもあるあだろうと思いこみをしていて潮の速度までは見ていなかった。このブログを書いているときに気が付いたが、最強の潮流速度がなんと0.9ノット。確かに今日は潮が動いていなかった。午前9時過ぎの中の瀬戸がこの状態だ。



しかし、科学の力は凄い。どうしてこんなことを予測できるのだろうか・・?


今日は午前5時に出港。少し薄曇りの空模様なので朝日が強烈なオレンジ色に見える。

 

朝一はほとんど潮が動いていないはずだと大和堆ポイントからスタート。下り潮がまだ残っているようで南に船が流されていく。30分ほどやってみたけれども、アタリはない。すると淡路島方面が気になる。昨夜、そろそろ寝ようかと思っていた頃、Tさんが電話をくれた。その会話の中で、紀淡海峡の淡路島寄りのところ、由良の瀬戸でテッポウ仕掛けを引っぱるとサワラやサバが釣れているというのだ。淡路島というと、洲本まではよく行くようになったが、沖ノ島を越えて由良の瀬戸まで行くとなると心理的には相当遠いような感じがして、話には聞いていたが行ったことがなかった。地図を見てみると、実際のところは洲本の方が遠いのであるが南を見るとはるかかなたまで海が広がっているというところがその心理的遠さの要因だ。



しかし、夕べ話をきいたばかりで、おまけに風も波も潮流もない。これは淡路島からのA.T.フィールドを突破し久々のテッポウ仕掛けを試す絶好の機会だ。

本線航路を越えると確かにたくさんの船が仕掛けを引っぱっている。中には大きなサワラを上げている船もあった。淡路島の街がはっきり見えるところまで接近したけれども僕には残念ながらアタリがない。重くて長い仕掛けなのでいったいどのくらいの深さまで仕掛けが入っているのかがわからない。



おまけにこの仕掛けは隣の幽霊船の元のオーナーさんからもらったものなので相当古い。ピンクのビニールも色あせてしまっている。まあ、タナはともかくこの仕掛けをなんとかせねばなるまい。魚が釣れていることを確認したのだからまた参戦したいと思うのだ。

潮流が最強時刻を迎えたのでふたたび高仕掛けで中の瀬戸を攻めてみる。最初の画像のとおり、加太の海は長いこと不調で今日もやっぱり釣れていないのか帝国軍の艦船は皆無だ。転流時刻を待たずに潮が止まってしまったようで、北風に押されて南に船が流れてゆく。
これでは釣れる気がしなくなってしまう。ここで最後の切り札。安心のガシラ釣りに切り替えたけれどもこれも不発。アタリはあれどもベラばかりだ。真鯛は元々渋いと聞いていたので今日は高仕掛けに使うため青イソメを買ってきていた。その残りを使ってガシラも釣ろうと考えたのだが、虫エサにはベラの方が食いつきやすいのだろうか。おまけにやたらと飲み込まれる。ガシラも1匹だけではおかずにならないのでお腹を上にしてバケツの中に浮かんでいたけれどもまだ息があったので放流した。なんとかトンビの攻撃をかわして海底に戻っていったようだ。

なんとも締まりのない釣行になってしまった。港に帰って碇のロープを引き上げるとロープにくっ付いてきたヒトデのひとつが四角形・・。う~ん、今日の不調の元凶はきっとこの四角形のヒトデの呪いではなかったのだろうか・・。クローバーなら四つ葉は幸運なのだろうが、本来5本のものが1本欠けているというのはどうも気持ちが悪い。



この呪いはきっと強烈だ。元号が変わってもこの呪いは解けないのではないだろうか・・。

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船底塗装

2019年04月20日 | Weblog
今日はちょっと早い目の小船の船底塗装だ。ちょっと早いといっても去年の秋は台風のせいでエンジンが壊れてしまい一巡してちょっと遅いという意味だ。

ワカメを採りに行っているときでもまったく船が走らなかった。少しでも早く船底をきれいにしておかないと使い物にならない。

今日も潮の満ち干を使っての陸揚げだ。
満潮時刻は午前6時32分。大潮なので少しゆっくりでもいいだろうと午前7時に家を出発し午前8時に作業を開始。



潮が引くまでもう少し時間があるので船具屋にシンナー買いに行くと、以前ずっと船のメンテナンスをしてもらっていたS鉄工のベテランエンジニアの爺さんが部品を買っていた。長らくご無沙汰しているのでちょっと気まずいが知らんふりをするのもなんなのであいさつをすると、「お~、久しぶりやな~。エンジンは4PH-PHTやったな~。古なって部品がなくなってきてるから故障せんように乗りや~。」と嫌味なの親身なアドバイスなのかわからないようなことを言う。
そんなことを言われるとなんだか本当に壊れそうな気がしてしまう。そんなことを言わないでくれよ~。

港に戻り午前10時に完全に陸上に上がりそこから一気に作業を加速。相当カキが付いていると思っていたけれどもカキというより、藻類がべったり付いているという感じだ。それほど力も入れずにずるずる取れてゆく。



しかし、日頃からキーボードしか叩かないしごとをしているせいだろう。すぐに指の皮がめくれてしまった。



なんとも情けない。それでもちょうどお昼頃に作業を終えることができた。



家に帰って「なつぞら」を見てから再び港に戻り潮が満ちてくるのを待つ。今週も天陽くんにやきもちを焼く泰樹さんが光っている。
午後3時に港に到着したが船が海水に浸かるまではまだまだ時間がある。それまでコーヒーを飲みながら本を読んでしばし一服。



午後4時10分、船尾が海水に浸かり始めた。船をコロに乗せて進水。
塗りたての船は怖いほどの快走を見せる。



さて、どこに釣りにいってやろうか・・・。



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加太沖釣行

2019年04月16日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:中潮 4:23満潮 10:24干潮
潮流:4:31 上り2.8ノット最強 8:18転流 11:07下り2.3ノット最強
釣果:ガシラ 7匹

今日は決して悪い条件の日ではなかった。しかし高仕掛けには一回もアタリがなくてロスタイムを30分過ごして午前11時30分に終了。

転流時刻が午前8時なので上りの潮は少し攻めたいと思ってできるだけ早く出港したかったけれども、ノートルダム寺院の火災のニュースを見ていたら出港が午前5時過ぎになってしまった。



しかし、夜明けが早くなった。「春眠暁を覚えず。」と言うが、そりゃ、こんなに夜明けが早いと目が覚めた時には暁はとうに過ぎているわな・・。

潮はすでにゆるくなってきているのでできるだけナカトに近づいて勝負だ。



ときおり魚探には反応があるけれどもアタリがない。そして転流時刻を待たずに潮は止まってしまっている雰囲気がある。そうならガシラ釣りに変更だ。ここ数回は虎島の際でそこそこ釣果があったので今日も虎島だ。ちょうどナカトシタまで来ているのですぐの距離だ。ポツポツアタリを拾っていたが、転流時刻のはずが潮が下り始めた。
今日のエサは貧乏人の救世主、ラ〇ーの鮮魚売り場で買った二枚おろしのサバだったのだが、これがひどい代物だった。ドリップがたっぷり漏れていて身割れもひどくて仕方がないので塩をたっぷり効かせてやったら硬くなりすぎたのだろうかなかなか食い込みが悪くて難儀してしまった。僕的には、これ、人間が食うのか?と訝しく思ってしまった。エサにも物足りない。



北風がそこそこ吹いているかもしれないがだんだん底が取れなくなってきたので地の島の北側に移動。



しかしここでもアタリがない。魚探には反応があるけれどもあの反応はノイズなのだろうか。なにしろ自分で取り付けたものだからよくわからないのも仕方がない。
最後は帝国軍の船団の中に特攻を敢行したけれどもやっぱり玉砕して午前11時半に終了。



天気予報ではかなり気温が高くなるということであったが、釣りをしている間はずっと北風が吹いていてけっこう寒くておまけに花粉症になってしまったのだろうか花水とくしゃみが止まらない。
今日のなっちゃんの名言は、「絵を描くことが楽しいと働くのも楽しくなる。」だ。
しかし僕は釣りをすることが楽しくても働くことは楽しくない・・。僕はなっちゃん以下だ・・。

なんとも締まりのない1日であった。
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「ウニはすごい バッタもすごい - デザインの生物学」読了

2019年04月15日 | 2019読書
本川達雄 「ウニはすごい バッタもすごい - デザインの生物学」読了

読み終わって奥付をみてみると、この本の著者は、「生物学的文明論」の著者であった。あまり堅苦しくない文章の書き方は一般人向けで読みやすいがどうもすぐに眠くなって読み切るのにかなり長い日数がかかってしまった。

無脊椎動物のすごさを礼賛しているのだが、確かにその体の構造や生きるための戦略について、どうして自然にこんなものが出来上がってきたのかということに驚く。

クラゲの刺胞は管状の構造がコン〇ームのようにめくれながら150気圧の力で発射されるそうだ。そんな精密で強力な構造が0.02㎜の中に納まっている。
また、昆虫の外殻はクチクラという物質で、それがベニヤ板のように繊維の方向が直角に交わって積層された構造で強化されているそうだ。おまけに関節はそのクチクラをちょっとだけ柔らかくして動きやすくしている。
まだまだある。巻貝は対数関数を使った比率で体を大きくしてゆき、ウニやヒトデの体が五角形なのは、その先祖であるウミユリがエサとなる海中の浮遊物を捕まえるとき、どの方向からも効率的に捕まえられるのが五角形の放射状に腕を伸ばす時なのだそだ。これなんか、幾何学の応用だ。
ハエが毎秒100回以上羽ばたけるのは筋肉では疲れるのでバネのような構造が備わっているからだそうだが、これは物理学の知識が必要だ。

まさしくこの本のタイトルのとおり、この世に存在している生物はすべて「すごい」。
こういうものがどうして自然に生まれて進化してきたのか。それが不思議でならない。多分、人間がどれだけ様々な謎を解けたとしてもこれだけは解くことができないのではないだろうか。
最初から最後まで驚きの連続の本であった。



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田辺湾釣行

2019年04月12日 | 2019釣り
場所:田辺湾 塔島
条件:小潮 4:26干潮 9:32満潮
釣果:チヌ 47センチ以下 6匹 ガシラ、オウモンハタ



今日は年に1回の乗っ込みチヌを狙う田辺湾への釣行の日だ。
渡船屋さんも働き方改革をおこなったのだろうか、一番船の出船が午前5時半になっていた。去年よりも1時間遅くなっている。渡船が出港する頃にはすでに薄明るくなっていた。去年までなら真っ暗なときに出港していたのでえらい違いだ。




また、高速のインターチェンジが家の近くにできたので出発時間はかなり遅くて済む。



しかし、その早朝からアクシデントというほどでもないけれどもトラブルが発生した。僕はどこに行くにも何をするにもよく忘れ物をする。だから、釣りに行く日には前の日から準備をして、出発までに準備したもののおさらいをしてなんとか忘れ物がないように心がけているのだが、直前になってウキのケースを入れ忘れていることに気がついた。出発予定時刻まであと5分。これには焦った。日ごろからものを片付ける習慣がないのでどこを探しても見つからない。もう、道具箱に入っている寝ウキ(僕はふつう、ヘラウキにヒントを得た自立式のウキを使っている。根ウキは波のある日は使いにくいのだ。)を使うしかないとあきらめかけたのだが、ふと、玄関の靴箱の横を見てみると去年の10月に釣行したときのままそこに置かれたままになっていたケースを発見した。これでことなきを得たけれども、出発時刻を10分も過ぎてしまった。午前3時40分に家を出て、スーパーに寄ってみなべのサービスエリアでウ○コをして午前5時20分頃に港に到着。すでに船頭は護岸に現れていた。新しいインターチェンジができていなければアウトだったかもしれない。

さて、今日はどこに行くか。釣り客はものすごく少なく6人だけだ。どこでも選び放題という感じで昨日の船頭の話では昼から吹くよと言うものの、港内はべたなぎ。もともと湾内の磯を考えていたけれども、この様子では沖磯でも十分やれると思い塔島を選んだ。しかし、結果としては今日は湾内の方が釣果がよかったようなのでこれもある意味失敗だったかもしれない。ただ、独占状態の磯はこれはこれで気持ちがよい。



風もなく、うねりは少しあるものの潮もゆっくり流れる程度で釣りやすい。



釣りを開始してまもなくエサ取りが現れた。そして最初のアタリは午前7時頃。小さいながらも今年初のチヌだ。季節は乗っ込みだが、魚体を見ているとそれほどお腹も張っていなくて乗っ込みにはまだ間があるみたいな感じだ。ここも季節の進み具合がおかしいのか、スカリを入れておくプールにも海藻が生えていない。例年ならこのプールの半分くらいはホンダワラみたいな海藻で埋められているのだが・・。




その後も忘れたころにアタリが出るという感じで少しずつ数を稼いでゆく。しかし相変わらず型は小さい。そして10時を回ったころアタリが増えてきた。チヌの後でボラ、そしてサンノジとにかく大きな魚が集まってくることはいいことだ。

 

画像のサンノジを上げたあとに強烈なアタリ。この磯では年なしチヌに合わせて、走られて道糸が引き出されないようにドラグを完全に締めてハリスも切られないように2.5号から3号を使っている。一気に走られた。ドラグが効かないから竿をのされてしまい、ベイルをフリーにしようとした瞬間、バチンッという音とともにベイルのローラーのところから道糸が切られてしまった。
いままで長いこと釣りをしてきたがこんな糸の切れ方をしたのは初めてだ。いきなり走ったのでチヌではないと思う。おそらくは画像くらいのボラのすれ掛かりかとは思うけれどもそれでもあそこまで力が強いとは思われない。なんとか姿だけでも見たかったというものだ。
魚がウキをつけたまま30メートルはあるであろう道糸をつけたままで海底で走り回ったせいだろうか、それからアタリがぱったりと止まってしまった。次のアタリは12時を回った頃だった。チヌ、ヘダイ、チヌときていい感じだ。持って帰る魚が多すぎても困るので鉤を飲み込まれていないチヌと入れ替えてスカリの中の魚をセーブする。
次の見廻り時刻は午後2時。家に帰って魚をさばく時間を考えるとつらいものがあるのでその便で帰ろうかと思うけれどもせっかくの年1回の釣りだし、やっぱり最終の4時まで粘ろうと見廻りの船を見送ったけれども、その頃から西の風が強くなって釣りにならなくなってきた。



朝の天気をみて船頭の言葉を侮って聞いてしまったけれども、やっぱりあの人たちの空を見る目はまったく正確だ。
ウキを外して道糸を底に這わせて風と潮の流れを避けようとしたけれどもそれも無駄なほど風が強い。
これではダメだと釣りをあきらめて釣った魚をさばいて帰ろうと考えた。鱗と内臓を落として帰るだけでも家での作業がかなり楽になる。
魚をさばき始めると頭上が騒がしくなってきた。鳥たちはなんとも目が効くようで魚を狙い始めたようだ。取り出した鰓や内臓を磯の上に放り投げてやるとすかさずトンビがそれをさらってゆく。日差しはあるのでその影が磯の上を動き回って少し怖くなる。

持って帰る魚の数としてはこれが限度だろう。僕は美味しい魚だと思うのだが、世間では臭いが強くてあまり好まれていないようなので近所に配ろうにもこっちもちょっと気が引ける。しかし、煮つけも刺身も十分美味しい。特に水がきれいなところで釣り上げたチヌは絶品とは言わねども、かなりいい線をいっていると思うのは僕だけなのだろうか。


渡船屋の釣果情報では去年と違って今年はチヌが釣れている。イカはダメなようでそのせいもあるのだろうけれども今日の釣り客が6人という理由は渡船代の値上げというのも大きな要因なのではないだろうか。今年から沖磯と湾内の渡船代がそれぞれ500円アップして4,500円と4,000円になった。
自動車道路がしかも無料ですさみまで延びて客が少なくなったので単価を上げようと考えたのかもしれないがそれはきっと逆効果だったのだろう。南紀の渡船代はいまでもほとんどが4,000円。フカセ釣りに限っていえばもっと雰囲気のある釣り場はいくらでもある。田辺からすさみまでは20分ほどの行程になってしまえばみんなそっちの方に行ってしまうだろう。値上げをするなら対策としてポイント券か何かを発行して既存の顧客をしっかりつなぎ留めるべきではなかったのだろうか。
僕の顔を見ても、「久しぶりやな~。今年は爆釣やで~。」って言ってくれるくらいだから相当客足は少なくなっているのだろう。こんなに声をかけてくれたのは初めてだ。
まあ、イカが釣れ始めてゴールデンウイークが始まるとそんなことも杞憂に終わるのだろうと思うけれども、僕のテクニックはここ田辺でのガラパゴステクニックなので敬遠することができない。渡船代が高くなってもここに通うことになる。ただ、釣り客が少なくなってくれることは大歓迎だ。



来年はぜひ年なしを釣り上げたい。
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山菜採り

2019年04月09日 | Weblog
去年も4月9日に最初の山菜採りに行っていた。その時、コゴミはすでに大きくなっていたので今年の気温の推移だとちょうど今頃が採り時ではないかと予定を立てた。
いつも山菜採りでお世話になっている森に暮らすひまじんさんの話では生石山の山菜はまだまだ芽を出していないとのことだったが、もう、気持ちの方が先行してしまっているのでとりあえず行きますとメッセージを残し夜明け前に家を出た。

まずはひとりで高原を彷徨ってみたけれども、ひまじんさんの情報のとおり、まったく何もない。ごく小さなワラビを2、3本摘んでみたけれども、これでは埒が明かない。そして今年は山焼きをやらなかったのか、やたらと枯れすすきが残っている。僕が勝手に「王家の谷」と呼んでいる、ワラビはもとより、ヤマウドやゼンマイ、タラノメもあるその谷が見えない。

 

ここは高原の南の斜面にあたるのでひょっとしたらヤマウドのはしりも見つけることができるのではないかと思ったが甘かった。約1時間半高原をウロウロしたけれども何も収穫がないままひまじんさんのお宅で薪ストーブを前にしてコーヒーをいただく。

ただ彷徨うだけだったが、北風の強かった今日、春霞が払われ遠くに我が港を望む光景はこれはこれで絶景である。



そして今日の朝の高原の気温は摂氏2℃。桜の花の蕾もまだまだ固いままだ。



その後、今日の本命であるコゴミの調査に向かった。
ひまじんさんの助手席に座りいつものポイントを目指す。さて、コゴミは芽を出してくれているだろうか。高原の様子から不安な気持ちで恐る恐る藪に入ってみたところ、あるある。それもまだ芽を出したばかりの柔らかそうなコゴミが生えている。



ひまじんさんとホイホイ収穫してポイントを後にする。
道中は桜が満開。去年の記憶がないのだが、これだけきれいだといくらなんでも覚えているだろうから、多分かなり散っていたのかもしれない。と、いうことはちょうどこの辺りの桜が満開の頃にコゴミも採り頃を迎えるのかもしれない。

  

そこは来年、検証してみよう。

高原では、これほど何もなければひょっとしてフキノトウは採り頃ではないのかと思って探してみたけれども、フキノトウというのは時間差で生えてくるものでもなく一気に芽を出すようで、どこもこんな感じに大きくなってしまっていた。



そこは最後の執念で日当たりの悪い所を探し回り、なんとか食材になりそうな芽を少しだけ確保し、今年もフキ味噌を作ってみた。



ここ2年は産直市場で買ったものを使ってフキ味噌を作っていたけれども、今年は買いそびれてフキノトウの味を味わえないのかと思っていたけれども、これも幸運のうちか、それともテングサ同様神様の啓示か、春の味を味わうことができた。
そう思うと今日は今日で良き日になったのではないかと思うのである。

ひまじんさん、今日もお付き合いいただきましてありがとうございました。そしてお世話になりました!
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「Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男」読了

2019年04月08日 | 2019読書
佐々木健一 「Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男」読了

最近日本でも竜巻が発生したというニュースが聞かれるようになったが、そんなニュースによく出てくる、「フジタスケール」という竜巻の強さの基準を作った人がこの本の主人公だ。そのほか、ダウンバーストという、竜巻の中で発生する強力な下降気流を発見した。ダウンバーストはかつて原因不明の航空機の墜落事故を起こしていたのだが、その主人公、藤田哲也が発見したことで空の安全が格段に向上したことで、アメリカでは非常に有名な気象学者だそうだ。
1989年に気象界のノーベル賞と言われる、「フランス国立航空宇宙アカデミー金メダル」という賞を受け、アメリカでは、「Mr.トルネード」と呼ばれているそうだが、残念ながら、早くにアメリカに渡って研究していたことと、アメリカ国籍を取っていたことや竜巻の被害が少なかった日本ではそれほど有名ではないのだ。


著者はNHKのディレクターで、藤田哲也のドキュメンタリーを制作した。そして、その内容に新たなものを加えてこの本を書き下ろしたということだ。

かっこよくいうとひたむきな、そして下世話にいうと風変りなその生きざまをたくさんの関係者の証言をもとに浮き彫りにしている。

著者がインタビューした人たちの多くは、藤田のことを”天才”と表現している。そして天才とはえてしてわが道を行くものだ。藤田の場合は気象の急激な変化による航空機事故を一時も早く失くしたいという思いから学会への論文の発表の作法や研究室の運営では周囲との軋轢が少なからずあったらしい。
それでも、仲間との夕食のあとでも早くに座を抜けて研究に没頭するほどの姿勢と、数々の成果を上げるその姿に周りは圧倒されるのである。

実際の社会の中でも、それが成果を上げているかどうか、周りから悪口を言われているかどうかは別にして、とにかく自分の、よく言えばポリシー、悪く言えばただの思い上がりをぐいぐい表に出す人たちのほうが頭角を現しやすいということを今頃になって感じるのだ。
そういう人は多分、藤田のように自分のやっている仕事に確信をもっている。中身のあるなしにかかわわらず・・・。どちらにしても自分に自信のない人間は社会、会社のなかで埋もれていくしかないのだ。

そしてもうひとつ、朝ドラの「なつぞら」の出演者、草刈正雄演じる柴田泰樹の、
「我慢せず言いたいことを言う。言わないと生きてゆけなかった。言える相手があるということは恵まれている。」という台詞に会社の中での自分の居場所を確保するために自信を持たねばならないという理由を思い知らされる。藤田も晩年の講演で、「恥ずかしがらず、言いたいことを言いなさい」と言っていたそうだ。そうしないと自分の地保を築けない。しかし、それも自分の考えに自信が持てないとそうそう言えるものではない。

会社のなかで我が家のようにふるまえる人を羨ましいと思う。ぼくはどこに居てもいつも外様であるという感覚がぬぐい去れない。それは自分の自信のなさにつながると思うのだが、そこには泰樹さんのなつに語りかける言葉にその真実を思い知らされる。
「それはお前が搾った牛乳から生まれたものだ。よく味わえ。ちゃんと働けば、必ずいつか報われる日が来る。報われなければ、働き方が悪いか、働かせる者が悪いんだ。そんなとこはとっとと逃げ出しゃいいんだ。
だが一番悪いのは、人がなんとかしてくれると思って生きることじゃ。人は、人を当てにする者を助けたりはせん。逆に自分の力を信じて働いていれば、きっと誰かが助けてくれるものじゃ」

何か他人の意見に流されている、他人の言うことに唯々諾々としたがってしまう。そういう自信のなさがすべてに起因しているのである。
藤田は不屈の精神の持ち主で、何かをするときは全力で取り組む人だという評価だったそうだが、どうやったら今の、今までの仕事にそんな不屈の精神で臨めるかということがわからなかった。逃げ出す勇気もなかった。

しかし、どう考えても僕にはそういう生き方はできそうにもない。だから役満で上がることができずに和了となってしまったのである・・。

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加太沖釣行

2019年04月06日 | 2019釣り
場所:加太沖
条件:大潮 6:52満潮 12:59干潮
潮流:7:53 上り1.9ノット最強 11:02転流
釣果:カスゴ 1匹

前回は悲しいかなボウズだったので今回もボウズというのは許されない。と、思っていたのだが、一文字の切れ目を抜けた途端にえらいうねりが入っている。
空はほぼ快晴なのだが、海の状態はあまりよくなようだ。



朝のうちは北風という予報だったが、紀ノ川沖を抜けるまではなぜだか南からの風が吹いていた。一昨日まで読んでいた本がダウンバーストを発見した気象学者の話だったのでこのまま南の風が強くなってくると家に帰れなくなってしまうのではないかと不安な気持ちで田倉崎沖を目指した。やっぱり田倉崎を過ぎるとうねりと風が強い・・。

今日の船団はテッパンポイントの少し南にできていた。



僕もその船団に混ざって釣りをスタート。時間的にはアタリが出てもおかしくないのだが、アタリがない。と思いきや、仕掛けを上げてみるとハリスが切れていた。



これはきっとサゴシの仕業にちがいない。多分仕掛けが落ちているときに食ってきたのだろう。まったく感触はなかった。しかし、これで魚がいるということはわかった。前回よりも少しはモチベーションが保てる。

そしてアタリはちょくちょくある。しかしパ~ンと弾かれてビニールが引きちぎられるようなアタリで食い上げて来ない。やっと魚が掛かったのは午前8時頃だっただろうか。ぎりぎりのの時合のタイミングだ。
今日は潮が止まるまで頑張ってみようと考えていたので午前8時半を期に大和堆ポイントへ移動。



ここは潮が緩んできても少しは流れがあるだろうと思ったのだが、魚探の反応がまったくない。これでは無理だと再び元の船団の中に移動。
直後にアタリがあるもやっぱり食い上げてこない。

この時点で西の風が強くなってきた。傭兵を乗せていない帝国軍も帰投し始めている。僕も長居はできないと午前9時半に終了。


おかげで帰宅してから「なつぞら」を見ることができた。
広瀬すずちゃんもかわいいが、草刈正雄がこれまた渋くてすこぶるカッコいい。カッコよすぎる。僕の名前もおなじ“マサオ”なのであるが、どうしてこんなに落差があるのかと情けなくなる・・。

大和堆ポイントとテッパンポイントで、僕の船の横にずっとウミネコさんが浮かんでいた。よくわからないが、ひょっとして同じウミネコさんなのだろうか。

 

僕の傍に浮かんでいても何ももらえるものはないのだが、食べ物の臭いでもしていたのだろうか?


港への入り際、今年も章魚頭姿山の桜が満開になっていた。



免税証がないので給油はできないが、せっかくなので帰宅してから山に登ってみた。



ここからの桜の眺めが目下のところ一番きれいではないかと思っているのだ。


そして今日の獲物は定番になりつつある清蒸にしてみた。



この料理は裏切らない。
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