世の中では「ちょいわるオヤジ」が人気だそうで、某デパートでは「ちょいわるオヤジにモテるためのコーディネイト福袋」も売り出したそうです。
なんか、行き過ぎではないですか?
そこそこマッチョな体に第3ボタンぐらいまで開けた仕立てのいいシャツ。ロロ・ピアーナのカシミアのジャケットにアルマーニのジーンズ、足元はヴェルルッティの靴ですか?
「ちょわるオヤジ」になれると錯覚して、買いに走るおじさまたち、景気回復に貢献されて本当に結構です。
さて、ある語学学校のテレビCMの中に「ちょいしゃべ」っていうのがありました。
ちょっとした一言を使えるようになりましょう。そうすれば「生きた外国語(英語)」を使えた気になります・・・ってことでしょうね。
以前、フランス語を始めて2年目ぐらいのときに、知り合いの知り合いで、フランス語を公用語とするアフリカの方と話す機会がありました。
私が言葉に詰まって「Comment dirais-je...(何ていったらいいのか・・・)」とふと口に出したら、「”コマン ディレージュ”だって」と、先方は「そんな言い方も知ってるの?」ムードの反応でした。
でも、わたしにとっては、そこでいっぱいいっぱいの状況だったのです。
本当に「ちょいしゃべ」でいいんですか?
ちょいしゃべだけでは、自分の言いたいことなんて、言えないでしょ?
自慢じゃないですけど、わたくし、フランス語で相槌うつの得意です。
「へぇ」とか「ほんとに?」とか「それで?」とか、話す相手がますます話せるように相槌うてます。
でも、自分の言い表したいことは30%も言えてないんです。
毎回ジレンマストレスフラストレーションのトリプルアクセルです。
生きた英語(語学)を操るために、まずはネイティブ相手にとにかく喋る機会を多く持つことをよしとする傾向がありますよね。
日本の英語教育は文法から入るからダメなのだ、ってよく言われています。
でもでも、ある程度文法をきっちり叩き込んだ頭でないと、ちゃんとした外国語は話せないのではないかと思います。
今読んでいる本「英語のたくらみ、フランス語のたわむれ」の中に次のようなくだりがありました。「本で読めるものはある程度聞き取れる、聞き取れた部分のいくらかは話せる」
文字で読んで、分からない部分を自力で調べてある程度納得して頭に入れる。そして、別の機会に自力で調べた表現を偶然耳にして意味が取れる。するとそれを今度は自発的に運用してみようと思い、してみる。そして自分の中に本当に根付くのだと思うのです。
たくさんの文章に当たって、たくさんの表現を仕入れることがまずは必要なのですよね。
でも、ただ黙々とフランス語の文章と辞書とノートの世界に埋没してはダメなのですよね。話すということは、舌と口の口の周りの筋肉を動かすことなのです。
スポーツ選手が筋トレをするように、フランス語を喋る、口の周りの筋トレも必要なのです。野球の選手が黙々と素振りをするように、簡単な文章を口を使って声に出すことも不可欠だと思います。
つまりは万遍なく努力せい!ということですね。
まずは頭で仕入れて頭で理解、そして頭と筋肉で運用運用、ですね。
なんか、行き過ぎではないですか?
そこそこマッチョな体に第3ボタンぐらいまで開けた仕立てのいいシャツ。ロロ・ピアーナのカシミアのジャケットにアルマーニのジーンズ、足元はヴェルルッティの靴ですか?
「ちょわるオヤジ」になれると錯覚して、買いに走るおじさまたち、景気回復に貢献されて本当に結構です。
さて、ある語学学校のテレビCMの中に「ちょいしゃべ」っていうのがありました。
ちょっとした一言を使えるようになりましょう。そうすれば「生きた外国語(英語)」を使えた気になります・・・ってことでしょうね。
以前、フランス語を始めて2年目ぐらいのときに、知り合いの知り合いで、フランス語を公用語とするアフリカの方と話す機会がありました。
私が言葉に詰まって「Comment dirais-je...(何ていったらいいのか・・・)」とふと口に出したら、「”コマン ディレージュ”だって」と、先方は「そんな言い方も知ってるの?」ムードの反応でした。
でも、わたしにとっては、そこでいっぱいいっぱいの状況だったのです。
本当に「ちょいしゃべ」でいいんですか?
ちょいしゃべだけでは、自分の言いたいことなんて、言えないでしょ?
自慢じゃないですけど、わたくし、フランス語で相槌うつの得意です。
「へぇ」とか「ほんとに?」とか「それで?」とか、話す相手がますます話せるように相槌うてます。
でも、自分の言い表したいことは30%も言えてないんです。
毎回ジレンマストレスフラストレーションのトリプルアクセルです。
生きた英語(語学)を操るために、まずはネイティブ相手にとにかく喋る機会を多く持つことをよしとする傾向がありますよね。
日本の英語教育は文法から入るからダメなのだ、ってよく言われています。
でもでも、ある程度文法をきっちり叩き込んだ頭でないと、ちゃんとした外国語は話せないのではないかと思います。
今読んでいる本「英語のたくらみ、フランス語のたわむれ」の中に次のようなくだりがありました。「本で読めるものはある程度聞き取れる、聞き取れた部分のいくらかは話せる」
文字で読んで、分からない部分を自力で調べてある程度納得して頭に入れる。そして、別の機会に自力で調べた表現を偶然耳にして意味が取れる。するとそれを今度は自発的に運用してみようと思い、してみる。そして自分の中に本当に根付くのだと思うのです。
たくさんの文章に当たって、たくさんの表現を仕入れることがまずは必要なのですよね。
でも、ただ黙々とフランス語の文章と辞書とノートの世界に埋没してはダメなのですよね。話すということは、舌と口の口の周りの筋肉を動かすことなのです。
スポーツ選手が筋トレをするように、フランス語を喋る、口の周りの筋トレも必要なのです。野球の選手が黙々と素振りをするように、簡単な文章を口を使って声に出すことも不可欠だと思います。
つまりは万遍なく努力せい!ということですね。
まずは頭で仕入れて頭で理解、そして頭と筋肉で運用運用、ですね。