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2024.03.28 昨日は、退院後初めての診察日でした。

昨日は、退院後、初めての診察日でした。
状況が状況だったので、先生には、視力の回復の可能性について、むりかもしれない、
覚悟しておく様にと言われましたが、お陰さまで、杞憂に終わりそうです。
手術前よりも、若干よく見えるようにおもいます。感謝と驚きです。

<今回の私の目の状況>
今回突然、目の病気になったのを説明すれば、相当長くなります。
昨秋から続く、仕事上の外国人のよる詐欺被害とその対応、事務処理、警察への報告、
おまけに昨夏のパソコン処分にともなう、不手際により、データ消失(年賀状宛先
データなど消失、その対応策)、続いて、確定申告事務、その間に、8年前に亡くなった
親友の形見にようやく額をつけて喜んでいたら、それを失ってしまった。
大阪へ神戸へ、懸命の捜索の日々。

その頃から、右目の白目の外側が痛くなった。
この箇所は、子供の頃、目の中に小石が入り、子供なので、擦っていまい、数ヶ月の間
眼帯生活をしたときの傷だと思われる。
この箇所は、定年退職後、コンピューターグラフィックの技術習得に格闘した際には、
無理をすると痛んで、仕舞いには、嫌な頭痛となるのは度々であり、この痛みは、自分
の弱点として既視感があるので、今回は、又かと思って甘く見ていた。
その右目の白目の外側が痛いまま、やることをやっていた。
ついに激痛となり、頬骨まで痛くなったので、隣の眼医者に行った。

隣のビルの目医者では、痛い方の右目の黒目が、左の黒目の倍の大きさになっていると、
写真を見せられ、驚いた。
先生は、もし眼圧が高ければ、どこの眼科に緊急搬送するべきかと焦ったが、眼圧が
高く無かったので、その必要はなかったと言われ、そのまま帰った。

しかし、目は痛く、続いて土日だったので、休日明けを待って、県立病院で診てもらおう
と思い、月曜日に電話したら、紹介状がなければ、初診料が七千円必要とのことであった。
そこで、友人のミエちゃんに電話すると、彼女は信頼している眼科があるとのことで、そこへ連れて行ってもらった。
この先生は、私の眼圧が68もあると、大変驚かれて、すぐ、兵庫医大の眼科へ連絡
されて、二人でタクシーで病院へかけつけた。
私は目を使う仕事をしているので、眼圧には気を付けていた。21以下であることが
絶対であることも知っていたので、驚く。
病院では、今から、すぐ手術だと言われた。(その時点で、眼圧77だった。)
執刀医の先生は、手術室の前で、私に諄々と話された。「こんなに長く高眼圧に晒され
ていたので、神経がぼろぼろに傷んでいる可能性がある。
その場合は、手術をしても、視力が出ないことも覚悟して置く様にと言われた。
(つまり失明?)

その日に手術、翌日も入院して、その翌日に、妹と姪が車で迎えに来てくれて帰宅した。

そして、1週間後の昨日は手術後最初の検診日、その前夜に家で、片方ずつの目で見て
みると、何と、手術した右目のよく見えていること!
手術前よりも、若干くっきり美しく見えている様にさえ思った。信じられない。

昨日は、先生は、何と言われかしらと期待した。
先生は、まだ、「視野の検査」をしてみないと何とも言えないと言われた。
緑内障では、視野を失うらしい。
来月の半ばに、視野の検査を受けることになった。

今回のことは目の使いすぎではなく、プレッシャーで、気持ちが休まることのなかった
半年間の疲れが、子供の頃に傷めた、私の一番の弱点、古傷の右目に出てきたのだと
思う。
長くプレッシャーにさらされると、これは当然のことであったと思っている。
今回、自分の呼吸が少し浅くなっているのを感じた。
あ、これはいけないと思った。
もう少し、年相応に、穏やかにゆったりと生活をする様、心かけたいと強く反省した。



以上、私の今回の目の病については、この様な顛末でした。
これからは、身体を無理することは、やめたいとおもいます。
皆様には、大変ご心配いただき、本当にありがとうございました。
今後とも、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
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