CubとSRと

ただの日記

何故、ツーリングを

2020年01月11日 | バイク 車 ツーリング
 「何でツーリングをしたくなるんだろうねぇ」
 これは以前に書いている。
 そう、そぞろ神が憑いたからだ。道祖神の招きにあったからだ。

 いやいや、「春立てる霞の空に白河の関越えん」、なんて、目的地も時期も関係ない。目的地や時期なんて浮気の言い訳みたいなもんだろう、本質はそこじゃない。

 ただ、単純に一枚の絵が浮かぶ。
 それは目的地か途中か、は関係ないけれど、間違いなくバイクに乗って、のことで、つまり、傍らにはバイクがある。
 そこにそれなりの旅装の自分がいる。当然、現実の自分より百倍もカッコいい。
 そのむちゃくちゃカッコいい自分がバイクに乗って、その世界に入っている、という絵を実現させたい。片雲の風には誘われるけれど、漂泊の思いは、さほど、ない。

 そんなだから、所詮、ツーリングの中身なんて「どうでもいいこと」なのかもしれない。帰って来てメモみたいな日記つけたって、百倍もカッコいい自分はいなかったのを確認した後なんだから、結局はどうでもいい中身、いずれ忘れてしまうのだ。
 
 ・・・でも、性懲りもなく、帰って来た途端に、片雲の風に誘われるんですけどね。そして何日もしない中に、またカッコいい自分をバイクと共に絵の中に置きたくなる。
 で、「カッコいい自分」、は置いといて。大事なのはバイク、なんですよ、やっぱり。
 何故、「バイクと共に」一枚の絵の中に入りたいのか。
 それはバイクに乗るのが「楽しい」から。
楽しくないところに「カッコいい自分」を置いたって、楽しくもなんともない。

 「快適」なのではない。ただ「楽しい」からだ。
 「楽しい」だけのことなんだから、「別段どうでもよい」。メモなんか、日記なんか、要らない、「楽しい」だけなんだから。
 で、「その時『楽しかった』、だけでいいじゃないか。何をわざわざ書き留めて置くことがあるのか」と思うのだけれど、「背伸びせずにどうする。カッコつけなくてどうする」、とも思うんです。
 それに勿体ないんじゃなかろうか。「楽しかったこと」の中身を、「何が楽しかったんだろう」と「考えてみることの楽しさ」を捨ててしまって、「楽しかったこと」をいつか忘れ去ってしまうのは。
 「楽しかった」と思うのは終わってからに決まってんだから、「あれが楽しかった」「これが楽しかった」と何度でも思い出す糸口はあった方が良いでしょう?
 そうなると、これは行程表よりは「日記」が良い。思い出し方にいろんな面ができるから。
 
 一人、僅か二時間余りの出雲往復で、誰と言葉を交わすこともなかったし、連休中のこと、人出を思って、出雲大社に参拝したわけでもなかった。 
 当然、観光客で混雑する神門通りに足を踏み入れたわけでもない。
 最近、力こぶを入れて宣伝している「出雲ぜんざい」を食べたわけでもない。
 羽根屋の蕎麦も、どうせ満員だろうから、と食べに行かなかった。
 本当に往復しただけで、何一つ、これといったことはない。
 「別段、どうでもいいツーリング」だった。
 「でも、楽しくなかったか?」「楽しかった。」「何が?」「乗ってるのが。風にあたってるのが。」

 風が冷たくなかった。行き来するバイクが結構いた。みんなそれなりに「旅の顔付き」をしていた。
 道の駅「キララ多伎」の海寄りにSRを停めたら、いつの間にか海風が随分強くなっていて、
 「同じ島根なのになぁ。三瓶に向かってたら、どんな風が吹いてたろう」
 、なんて思った。

 海沿いの道を走っていたら、道の駅で姿を見掛けたバイクが二台、追いついてきた。
 ゆっくり走りたいし(ゆっくりしか走れないし)、と先に行くよう合図をしたら、追い抜きざまに型通りの礼のハンドサイン。
 山口の西端らしいナンバープレートを見て、
 「8時前に出たのかな?250みたいだけど、最近はタイヤが太くなったなぁ」
 と感心し、SRのタイヤが細すぎるんだ、と可笑しくなり。

 こんなことがみんな「楽しかった。」別段どうでもいいことばかりだ。
 けど、このどうでもいいことを「楽しい」と感じるテンションの高さで、ツーリングの間は物事を見ているわけだ。良く言えば、全ての物事を積極的に、肯定的に見る姿勢を、この時は確かに持っている。

 その時に見つけ出したことを書きとめて置けば。
 そして、いつか読み返した時に、その感覚を思い出すことができれば。
 書いて置かなければ「その感覚」を思い出す可能性は激減する。

  ツーリングに限らないなぁ~~。 


2014.05/19

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ショートショートツーリング (中身はありませんのでよろしく)

2020年01月11日 | バイク 車 ツーリング
 年が明けて寒さが緩んだら、ツーリングに出ようと思っていた。日帰りしかできないけど、それはまあ、仕方がない。
 出発するのは9時半を過ぎるし、帰って来るのは4時、まででなきゃいけないんだけど、それもまあ、仕方がない。

 寒さが緩んだら今度は「PM2,5が収まったら」、となった。
 そうこうするうちに、黄砂で景色はおろか毎日洗車をしても車が黄土色の靄がかかったようになり始めた。シートを掛けているのに、バイクも白くなっている。
 車やバイクの汚れは洗えばいい。けど、ツーリングに出たら黄色く霞んだ景色とは、一日付き合わなけりゃならない。景色は雨が降らなきゃ洗えない。

 毎日車を水洗い。そして五月になる。

 神戸から戻ってくると呪いたくなるような天気が続く。
 土日が好天で、出掛けられる筈の月水金は雨か雨模様。
 そうこうするうちに梅雨に突入してしまった。

 そして七月下旬の今日。
 久し振りだから、とのぼせたか、調子に乗って夜更かしをしてしまった。
 十二時までに更新する予定だった日記がえらく手間取り、結局寝たのは三時過ぎだった。
 「もしかしてダメかも・・・」

 七時に起きたものの頭がぼんやりしてるし目もショボショボする。
 朝食の片づけをして、洗濯物も干し、さて、どうしよう、と考えた。
 既に十時近い。それにバイクに乗るには最悪の状態で、まだ頭が半分寝ているような感じだ。

 決心した。まずは寝よう。午後からになってもいい。近場でもいい。とにかく出るだけは出ることにしよう。
 目が覚めたら十一時半だった。

 近場も近場。ドラッグストアに行ってスポーツ飲料を買って来る。それだけにする。予定変更だ、大幅修正だ。
 「これならただの買い物じゃないか!」
 けど、買い物もツーリングも気の持ち様だ。

 ここ二、三日の好天で、少し頭が痛い。熱中症の気があるのかもしれない。
 九時半過ぎに出るつもりだったのが、現実は午後二時をだいぶ過ぎて出発。
 四時までには帰ってなきゃならないから、一時間半余りの「買い物ツーリング」。
 頭が痛いし、この暑さだ。長距離はとにかく無理だ。何より時間がない。
 それなら早寝して置きゃ良いものを、ということなんだけれど、「覆水盆に返らず」。

 それがキックアームに体重をかけ、踏み込む。一発で掛かる。
 そうなると頭の痛いのを一瞬で忘れてしまった。

 予定通り、ドラッグストアまで20分足らず。大回りで石見銀山の方を回って帰って来た時、頭の痛いのはすっかり消えていた。風に当たったせいだろう。
 でも、もしかして物事に取り組む時の気持ちが、頭痛を消したのかもしれない。
 色々な事柄を見る時の姿勢とも通ずるのかな?と思ったりする。
 「是非を問う」とまではいかずとも、軽く是々非々を言う。それは冷静な、客観的な物の見方のように見えるけど、そこにはまず、批評眼のつもりの批判眼がある。そのくせ、自ら取り組もうという強い意志はない。裁判・審判の目だからしょうがない。
 当然、自身の働きかけはないから、向上、もない。それが証拠に是々非々を言いたいがためにツーリングに出るやつはない。

 仕方なし、車で行ってたら痛みは取れてなかったかも。
 いや、そもそも車でなら、出てなかったろう。

 2014.07/23

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不便を買う

2020年01月11日 | バイク 車 ツーリング
 車を新たに買ってから三週間近くになる。
・・・・・・・・
 五年ほど前、入院した時、或る人から
 「新しいことを始めたら?車に乗るのもいいかも」
 と、提案をいただきながら、一年間、ほったらかしにしていた。
 勿論、主因はこれ→「金がないから」、だ。

 それが或る時の事。
 父に付き添って大きな病院に行った。
 思った以上に時間がかかり、その日の患者の最後になってしまった父が、診察を終えて病院を出たのは午後五時をだいぶ回っていた。
 駅に着くと列車がない。特急なら六時過ぎにある。懐は厳しいけれど、それに乗るしかない。ローカル線も真っ青の本線だから、それを外したら家に帰れなくなってしまう。

 ところがここで新たな問題。帰ったとしても駅から家までのタクシーがない。
 その時間には地元のタクシーは既に営業所を閉めている。流石に90歳にもなると健脚だった父も駅から歩いて帰ることは厳しい。
 この時は途中の駅で降りて、駄目でもともとで駅前のタクシー会社に行ったら、何時でも電話してください、と言ってくれて家まで頼むことができた。
 しかし、「もはやこれまで」、と思った。

 「免許だけは持ってるんだから、中古車を買って乗るか」
 車の免許は二十年近く前に取った。ただし、教習所を出てからは車のハンドルに触れたことは一度もない。この先は既に日記に書いているので、繰り返さないけれど、気が付いたら三年半。

 中古車の鈴木ツインでそこら中を走り回った。
 と言っても、家を空けることはできないから、神戸までの往復が最長だけれど。それでも片道四百数十キロ。四、五回は繰り返しただろうか。
 段々慣れてきて、でもそれと並行するように「手元不如意」は重なってきて、持っていたバイクは一台、また一台、と手放さざるを得なくなってきた。
 XJR1300、BMW1100RS。同じくR80。結局残ったのは通勤バイクのSR400。
 これはもう手放すわけにはいかない。手放したって、家計の役に立つまでのものにはなりそうにもない。

 さて、面白がってツインに乗っていたのだけれど、何か変だ。
 とにかくおもちゃみたいなツインが珍しいのだろう、通りがかった女子中高生が「きゃ~!かわい~い!」、なんて言ってくれると、還暦過ぎたじいさんだって、悪い気はしない。反対に「なに!?あれ~ぇ!?」と言う声が聞こえてきても、腹立ち半分、可笑しさ半分で聞き流せる。
 「おもちゃだ」「ちょろQだ」「ぜんまい仕掛けだ」などと自虐ネタにもなる。
 従姉から「野菜をあげようと思っても、大根三本しか入らんねぇ~」、なんて言われたって、「そんなことはない。五本は入る」と返すことも楽しみだった。

 けど、何かが変だ。乗っていて楽だし、楽しいんだけれど、30分も経つと飽きてくる。段々慣れるにつれて時間も伸びていったけれど、一時間も乗っていればやはり飽きてきた自分が居る。何故なんだろう。

 で、やっと気が付いたのは、「屋根があるから」、ということだった。便利だから、だった。何しろ、雨具が要らない。
 しかし、この便利のせいで、風に表情がなくなる。気が付いたらグローブと長袖シャツの間だけ、薄黒く日焼けをしていた、なんてことはもう起こりそうにない。ヘルメットのシールドを叩きつける雨のせいで、夕方から夜の走行は恐怖そのもの、なんてこともない。
 便利の御蔭で、快適さのおかげで、雨風・寒暖・夜の闇等を「辛い」、と思う以上に、走っていて「楽しい」と感じる気持ちが埋もれてしまい、薄れてしまって、一時間ほどでそういうことを、全く何とも思わない無感動な自分になっている。だから楽しくないんじゃないか。

 必要に迫られて買った車だけれど、また、必要をはるかに超える便利さを与えてくれたけれど、その「便利」さと引き換えた「不便さ」には、辛さと一緒に「楽しさ」もあったのだろう。

 「オープンカーに乗ろう」。あれなら雨風・寒暖・夜の闇・閉所の圧迫感がなくなる。
 新車が来て三週間。間違いなく不便さを買ったものだ、と思う。
 屋根がないと日焼けをする。帽子が飛ばされそうになる。荷物が積めない。

 だから昔、バイクに乗り始めた頃ほどではないけれど、還暦過ぎた爺さんは今、にやにやしながら車に乗っている。


2015.04/16
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